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61.光の糸

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「僕と勝負しないか? 三葉みつばさんを賭けて」

 沈黙のティールームで細められた碧眼は、笑っているようで笑っていなかった。
 彼女の名前を出されて軽くあしらう理由が、おれにはない。

「よっぽど死にたいんだね」
「能力は使わないよ。僕らが傷つけ合って悲しむのは、三葉さんだ」
「……おれたちが直接闘うわけじゃないって?」
「そう。勝負の方法は、どちらがより深く三葉さんを愛せるか、だよ」

 なんてアバウトな勝負なんだろうね。

「アンタが目の色変えて口説いたところで、ふぅちゃんは簡単には落ちないよ」

 迫って落ちてくれるなら、あの手この手を使って悦ばせただろうよ、おれだって。

「重々承知しているよ」

 受け流されているようで、最後の一線だけは越えさせない。
 彼女を乱すたび、彼女の頬をつたう涙が、罪悪感を覚えさせるから。
 なにより手強いのは、ふぅちゃん。シモンもそれは理解していたみたいだ。

「それでも僕らは、彼女を愛さずにはいられない」

 投げたコインの裏表を当てるような、一瞬の勝負じゃない。
 シモンが持ちかけているのは、おれたちの生涯という舞台で、どれだけの想いを捧げられるのか。気が遠くなるほど長い、本気の勝負だ。

 ふいに、シモンが窓の外を見やった。
 まつげの影が落とされた碧眼は、窓枠にふち取られた純白のバラ園を見ているようで、見ていない。

六月むつきくん……僕はね、ひとを殺しすぎた。〝贖罪の審判〟を以って許されたとしても、過去は消えない。そんな僕が、ひとを癒やす力を手に入れた。これも天命なのだろうね」

 シモン――〝名取り〟の名手。
 おれより以前に、〝死神〟と呼ばれていた男。

「こんな僕でも誰かを救えるのだと、地獄の一件で気づけたよ。ありがとう」

 シモンがいなければ、ふぅちゃんは救えなかった。
 それは疑いようもなく、真だ。

「三葉さんが生きていることは、褒められない僕の生涯で、唯一誇れることだ。希望の〝命〟を、僕は残りの生涯をかけて愛したい」

 奪う側であった彼が、与えたいのだと言う。
 彼をそう突き動かすほどの存在であることを、彼女だけが知らない。

「だから、勝負しよう。僕らのすべてをかけて、三葉さんを幸せにしよう」

 蹴落として成り上がるんじゃなく、切磋琢磨して高め合う。シモンが望むのは、そういう勝負なんだ。

「……平和主義だね」
「六月くんのことも大好きだからね」

 愛するヒトがいて、ライバルさえも愛おしいだなんて。

「ヘンなひと」
「ふふ、おかげさまで」

 こんな愛のカタチは、知らない。まぶしくて、こっ恥ずかしくて、直視できない。
 そんな光の糸の先には、シモンがいる。ナナくんがいる。中心には、アナタがいる。
 ハズレなんてなくて、どの糸も、アナタにつながってる。

「……抜けがけしたら、スネるからね」

 迷う理由がどこにある?
 おれも手を伸ばすんだ、光の糸へ。
 おれが、おれたちが、アナタを愛し尽くすよ。

 ――二葉ふたば
 
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