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吐露
しおりを挟むそれからギルフォードさんは、あの戦から帰ってきたディーラムさんとその恋人さんとの、劇的な再会の話をしてくれた。
なんでも、三年前からずーっと、身分差から結婚を彼女の家族に反対され続けてて、戦の前にようやく許しが出たばかりだったらしい。
結婚する前から未亡人になるかと思ったと恋人さんは大泣きするは、君を残しては死んでも死にきれなかったとディーラムさんが彼女を固く抱きしめるは、まだ帰還してる途中の街中の道の上だというのに、大騒ぎだったそうな。
へええ、あのいつも穏やかで冷静でてきぱきしてるディーラムさんが、そんなお熱いことを。人は見かけによらない――ううん、人に歴史あり、だなあ。
なんだかしみじみしていると、ギルフェールドさんが続けた。
『ディーラムが彼女と再会できたのは、貴女のおかげだ』
私がモルガン帝国の軍を叩きのめして敗走させたから、ディーラムさんは帰ってこられたとギルフェールドさんは言う。
完全に負け戦で、生きて帰れる可能性は万に一つもなかったんだと。死ぬのがわかっていて、それでも、退くわけにはいかなかったんだと。
どうしてもそんな部下たちを救いたかった。だから、私には感謝している、とギルフェールドさんは再び礼を述べた。
たとえ、私が心を痛めているとしても、それは私のせいではない。罪はすべて、リスタリア王国と自分たち騎士団にある。だから。
『泣くな』
低くて柔らかい声が、ますます涙腺を刺激する。
泣くな、って、泣かせてるのは誰よー。弱ってるところにそんな言葉は反則でしょ。あー、なんだかもう気持ちがわやくちゃで、わけわかんない。
『命の恩人を泣かせたら、ディーラムに叱られる』
怖いほど整った顔がほんのすこし困った表情になる。
すごいレア。その微妙に情けない顔があまりに似合ってなくて、涙ぐんでるにも関わらず、つい笑みがこみ上げた。
『だめ。ディーラムさん、困らせる、いけない。恋人さん、心配する』
『大丈夫だ。もうすぐ結婚だから、なにが起きても今はへらへらしているさ』
あと100日程度で結婚式なんだって。だから今はディーラムさん無双らしい。あまりに舞い上がりすぎてて、無駄に独身者のヘイトをためてるらしいんだけど、それさえすべて幸せバリアで跳ね返しているそうな。
結婚式か。いいな。幸せなのって、いいよね。
この世界の結婚式ってどんなんだろ。でもきっと、いろんなものが華やかで綺麗なんだろうな。
たどたどしくそう言うと、ギルフェールドさんは柔らかい声で、私も参列できるよう取りはからってみようか、と言ってくれた。
うわ、出てもいいの? 嬉しいなあ。
私、結婚式ってあんまり出たことないんだよね。喪女な自分に縁遠いのは当然として、友達も結婚ラッシュにはまだ間があるし。大学を出て二年、って、ようやく仕事のおもしろさがわかってくる頃だしね。
ただ、幼なじみで、短大卒の亜弥――昔から、夢は可愛いお嫁さん、って言ってた彼女だけは、就職してすぐに銀行マンの彼氏をつかまえて、もうすぐ結婚するんだって言ってた。
私が印刷会社で仕事してるから、招待状とか席次表とか、そんなのの相談にのってね、ってこのまえ電話で相談されて――。
――亜弥の相談、のれないのかな。
亜弥の結婚式、出たいのにな。
もう、亜弥に、会えないのかな――。
『亜弥に――会いたい』
今まで必死に押し込めてきた言葉が、ぽろり、とこぼれた。
亜弥だけじゃない。
離れて暮らしてたけど、実家のお父さんお母さん、喧嘩ばかりしてた弟、田舎のお祖父ちゃんとお祖母ちゃん、仲のよかったいとこたち、学生時代から腐れ縁の友達、会社の先輩や同期や、叱られてばっかりだったけどちょっと尊敬してた上司――。
会いたい人はいっぱいいる。いや、もう一度会いたい人ばっかりだ。あっちにいたときは、小言ばっかりで面倒だ、と思っていた相手でさえ、今となっては、私のことを心配してのお節介なアドバイスだったとわかる。
私は心が貧しくて、普通に暮らしてたときはあふれるほど与えられていたそれを素直に受け取ることができなかった。確かに、中には悪意も意地悪もあったけど、同じくらい優しさだって存在したはず。
なのに、もう、お礼も言えない。
感謝も、優しさへのお返しも、顔をみることさえ、もう出来ないかもしれない。どうしてあれほど、与えられる優しさに無自覚でいられたんだろう。
『――帰りたい』
口にしたら、自分が崩れそうで、これまで言えなかった言葉。
『私、帰りたい、です』
あっちにいたときの後悔を繰り返さないように、こっちで親切にしてくれる人たちにはきちんと向き合おうと思ってた。いつまた、あっちに戻ってもいいように。
これまで、帰りたいと口にしなかったのは、なんとなくまだ実感が湧かなかったこともある。今のこれは夢で、いつか目が覚めたらもとの世界にいるんじゃないか、って。それに、帰りたい、って駄々こねてメイドさんたちを困らせたりしたら、待遇が悪くなるかも、って打算も。
けど。
いちばん大きな理由は、口にしてしまったら、本当に帰れなくなってしまいそうな気がしたから。
自分が、異世界にいるという事実を心が認めてしまったら、この世界に捕らわれてしまうような気がしたから――。
でも。
暗闇のせいなのか。とことんまで心と身体が弱ってたからなのか、意外にギルフェールドさんが聞き上手だったのか、そのすべてかもしれないけど、口から漏れた言葉は、もう止まらなかった。
『帰りたい、帰りたい、会いたい、お母さん――』
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