聖女と騎士

じぇいど

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縁談

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『まあ、それでなにをお勉強なさっていらっしゃるんですの?』


 トリスティーア様が小首を傾げながら尋ねる。
 ううう、可愛い。お人形さんみたい。可愛い。尊い。はー。
 

 恒例の貴族令嬢とのお茶会。
 今日は天気があまりよくないので、外ではなくお部屋の中で。
 お勉強を増やしても、今さらお茶会やめました、ってわけにはいかないからね。
 5日に一日くらいのペースで、相変わらず続けている。


『この国の歴史と、産業、それに神学を』


 このお茶会、今となっては、私の言葉の練習が目的、というより、貴族たちへのガス抜きがメインっぽい。聖女との接点を保つという意味でね。
 私も、護衛騎士やメイドさんたちからは知りえない情報をさりげなく引き出すのに使ってるとこあるし。
 ライラアーレ姫のことも、このお茶会がなければきっとまだ知らなかった。


『聖女様は勤勉でいらっしゃるのね』


 リシュリーズ様が、優雅にお茶のカップを持ち上げながらそう言った。
 金髪のゴージャス美人。この人がいるだけで、部屋中がぱっと華やかになる印象がある。


『いえいえ、そんな。この国のこと、なにも知らないので、恥ずかしいです』
『でもさすが聖女様と思ってしまいますわ。わたくし、お勉強など大嫌いですもの』


 キサルーニャ様が首を大きく振って力説する。
 彼女は、以前のお茶会で、私を王宮の外へ連れ出そうとした疑いが持たれてる、取扱注意のご令嬢。
 なんかね、兄弟に、すっごい女たらしがいるんだって! 私なんか一口でペロリらしいよ!
 お菓子あげるっていわれてもついてっちゃいけないよ、って言ってたのはイッシュさん。お菓子なんかでつられるもんですか。お酒ならちょっと考えるけど。


『そんなにお勉強三昧ざんまいで嫌になりませんの? 私だっらすぐ逃げ出してしまいそう……ああ、でも、聖女様はこの王宮から出ることを許されていらっしゃらないんでしたっけ?』
『そうなんですの? わたくし、てっきり、ご招待に応じてもらえないだけなのだとばかり……。じゃあ、シャンサンズ公園もリシュリーズ植物園もお出でになったことはございませんのね?』
 

 キサルーニャ様の台詞に、マリルアトラ様が目を見開く。
 確か、ご自宅に珍しいお花が植えてあるんだっけ。うーむ、場所のチョイスといい、園芸好きとみた。お花の話、詳しくしてみたいなー。


『ということは、劇場にも宝飾店にも? 今人気の茶房にも? それは、また……』


 ディセレネ様がかすかに眉をひそめた。
 

『さすが聖女様、まるで修道女のような厳格な暮らしをなさっておいでですのね。息がつまりませんこと?』


 つまりますとも!!!

 って、大声で言えたらすっきりするだろうなあ。


『これでもけっこう好きにさせてもらってるんですよ。だからほら、皆様ともこうしてお茶を楽しんでいられるわけですし』
『それは、聖女様が王宮以外の暮らしをご存じないから、満足なさってるんではなくて?』
『そうですわ! 一度外へお出になってみれば、きっとおわかりになりますことよ! どれだけご自分が不自由な暮らしを強いられていらっしゃるのか』


 うーん、キサルーニャ様、どうしても外に連れ出したいみたいだなあ。

 それに、ディセレネ様。

 キサルーニャ様の発言に隠れがちだけど、彼女の発言を引き出してるのは、ディセレネ様のように思える。


 あー面倒くさいなー。
 ここはもう、なにも気づいてないふりしてお馬鹿な聖女たんのふりしてたほうがいいかしら。
 私はわざと小首をこてん、と傾げてみせる。


『不自由な暮らし、とおっしゃいますが……三食温かいものが食べられて、ふかふかの寝床と雨露しのげる部屋があって、寝る間も惜しんで働かなくてもよくて――これのどこが不自由な暮らしですの? 世の中には、働かなくても暮らしていける人なんて、ほんの一握りだと思いますけど』


『ええ!?』
『まあ!』
『……そうですわね』


 令嬢たちの反応は五人それぞれで、驚く人、眉をひそめる人、顔をしかめる人、うなずく人、なにか考え込む人――。
 あー、今の台詞で、私に対する好感度が激変したかも。私の方も、だけど。

 
 キサルーニャ様が、不満を表明する。


『……働く、など、下々のすることでしょう?』


 まあ、階級制のある貴族令嬢としては、それが一般的な考えだよねえ。

『ジェーン・エア』とかなんかの19世紀の英国物語を思い出す。
 むしろ貴族令嬢は働いたら負け、というか恥なんだったっけ? 唯一許された職業が老婦人の話し相手コンパニオンだとか、そんな遠い記憶がよみがえってくる。没落貴族のお嬢さんの選べる職業が家庭教師ガヴァネスだとか、でもそれは一段低くみられるとか。 


『働かざる者、食うべからず、という格言が私の元居た国にはありまして』
『失礼ですが、聖女様はそういう階級でいらっしゃったの?』


 これはディセレネ様。


『私の国には、階級というものが存在しません。昔はあったのですが、長い時間をかけて、なくなりました』
『階級が、ない……?』


 これには等しく5人が愕然とした表情をする。あー、刺激が強すぎたかな。


『はい。働いて、世の中をより良くすることが美徳とされます。ですから、裕福で働く必要がない者でも働いていますよ』
『では、どうやって下々の民を導いていますの? 階級がなければ、人々を従えるのは難しいでしょう?』
 
 
 リシュリーズ様が真顔で尋ねてくる。


『人々は従うのではなく、皆で協力して様々なことを決めます』
 

 あ。
 これ、やばいかも。


『皆で協力って……愚かな下々の者と?』
『私の国では皆文字が読めます。全員必ず学校へ入って勉強する義務もあります。愚かなままいることはありません』


 なんか話の流れがマズいほうへ向かってる気がする。

 このままいったら――王政の否定につながっちゃう。

 かといって、みんな平等共産主義! をここで広めるつもりも毛頭ないし。民主主義、資本主義を説明するにはいろいろ足りない。主に時間と私の残念な知識が。
 そもそも、王宮にお世話になってる身で、そこんとこ刺激したくないんだよ! 保身だよ!


 どうしよう、どうしよう、と慌てて思考をフル回転させて、なんとかふんわり着地させようとがんばってみる。


『みんなで働いて、思いやって、仲良くしてますよ』

 
 自分で言いながら髪を掻きむしりたくなる。
 わーなんて頭悪そうな発言! しかも嘘もりもり!


 しかし、どうやらそれが琴線に触れたらしい、マリルアトラ様が顔を輝かせて両手をぱちん、と打った。


『さすが聖女様のお国でいらっしゃいますね! 穏やかで素晴らしい聖なる国なのですね!』


 そういう宗教っぽいのに寄せるのも勘弁してほしかったんだけどなー。
 思わず目を泳がせる。
 と。
 透き通った笑みを浮かべるトリスティーア様と目があった。


『……さすが、ライラアーレ様が選ばれた聖女様でいらっしゃいますね』
『トリスティーア様?』
『ライラアーレ様が、よくおっしゃっておられました。……皆、同じ命なのだから、皆、仲良くできればいいのに、と』


 トリスティーア様は、私の視線に応えてそう呟く。

 ライラアーレ姫――。
 トリスティーア様、仲良かったのかな。
 

『聖なる国のお話、もっと聞かせてくださいませ!』
『いえ、マリルアトラ様、そんな、聖なる国というほどでは……』


 それより、目をキラキラさせたマリルアトラ様を止めるのに苦労した。
 なんか変なスイッチ押しちゃったかな。珍しいな、普段おとなしいマリルアトラ様が。
 いやまあ今回は自業自得だよね。次からはこういう地雷原の話題に足突っ込むのは全力回避しよう。

 と、心に決めたのに。 


『そういう素晴らしい聖女様を、やはり王宮に閉じ込めておくのはどうか、とわたくしは思いますのよ』


 キサルーニャ様が再び不穏な発言をかます。
 もーやーだー。危ない橋渡ってまで話題変えたと思ったのに、またこれかー。


『だから、閉じ込められているわけではないと――』
『聖女様の安全のためなんでしょう? それはお聞きいたしました。けれど、聖女様の騎士様はあのザイアス将軍なのでしょう? あの御方がついていらっしゃって、外へ出られないほどの危険はありえない、と思うのですけれど』
『ザイアス将軍は私の騎士だけではなくて、一軍を率いていらっしゃいます。ひどくお忙しいのに、余計なお仕事を増やすわけにはいきません』
『他の騎士を増やすのは? 聖女様の騎士を務めたいという者は大勢いると思うのですが』


 ディセレネ様までキサルーニャ様の発言に乗っかるなー!


『騎士を増やすつもりはありません』
『どうしてですの?』
『私はよいあるじになれるとは思わないので』

『よい主!』
『そんなことを考えて騎士の誓約を受けない姫君などおりませんわ!』
『さすが聖女様ですこと』
『……でも、それなら』


 キサルーニャ様が、ふと思いついたかのように、ぽん、と手を叩く。


『騎士、ではなくて、夫、ではいかがです?』


 ・・・それ、絶対思いつきじゃないでしょう。
 それ言いたくてタイミング図ってたでしょう!


『夫なら、妻を全力で守るのは当然のことですわ! それに、我が家なら、王宮と同じくらい厳重に聖女様をお護りできますことよ!』
『あの、キサルーニャ様』
『実は、私の兄が、聖女様に心を寄せておりまして。異なる世より招かれた乙女をお慰めしたいと』
『すみません、私、ちょっと気分が』
『妹のわたくしに恋心を打ち明けるほど、聖女様に焦がれておりますの。こうしてわたくしがお話させていただけただけでも、聖女様の素晴らしさはひしひしと伝わってまいりますわ。今度、正式に申し込みを――』

 
 だめだ、この子、止まらないよ! 

 
 私は、慌ててドレスの隠しからハンカチを取り出す。
 口に当ててじっと三秒。これが緊急の合図。
 気づいたメイドさんが、わらわらと駆け寄ってきた。


 聖女の体調不良。


 こうして、波乱のお茶会は幕を閉じたのだった。

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