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知識
しおりを挟む東の塔へ行ってみたい――。
ディーラムさんの結婚式が終わった後、私が思ったのはそれだった。
そりゃあさ、怖くないって言ったら噓になるけど。
人一人亡くなったところだし。ある意味私のせいで死んじゃったともいえなくもない相手だし。
呪われたらどうしよう、みたいなうすら寒さは否めない。
あー、でも、違うか。
お話に聞くライラアーレ姫が、私のことを恨んでるとは思えない。
逆に、召喚しちゃってごめんなさい、って謝られそうな気がする。
なんとなく薄気味悪く感じてしまうのは、ライラアーレ姫が亡くなったことを、悲しんだり悔やんだりしてる人たちの負の感情が、まとわりついているような気がするからかもしれない。
けど。
どんなに背筋がぞわぞわする場所だったとしても。
ライラアーレ姫が最期を迎えた地。
別の世界から人間を召還し、一国の軍隊を壊滅させるなんてとんでもないエネルギーを生み出す元凶となった、まさにその場所。
この世界とあの世界とを繋ぐなにか手がかりが残されていたとしても、おかしくないと思うんだ。
ただ、問題は。
私が東の塔に行ってみたい、とお願いしたところで、たぶん綺麗さっぱり無視されるだろう、ということ。
なんのために? と問い詰められそうだし、ライラアーレ姫が亡くなった場所って知ってるってバレたら、レスターさんに迷惑がかかりそう。
でも、絶対一度は行ってみないといけない気がする。私のサイドエフェクトがそう囁いてるのだ(ゴーストでもスタンドでも灰色の脳細胞でも可)。
さーて、どうするかなー。
*
考えに考えた結果、私、お勉強を増やすことに決めました。
勉強なんてこれっぽっちも好きじゃないけど、背に腹は代えられない。知識はあればある方がいいに決まっているし。
よーするに、私がこのお城の中をうろうろしてもおかしくない理由を仕立て上げればいいんですよ。
こっそり抜け出して一人で塔を見に行くことも考えたけど、部屋の扉の向こうには常に護衛の騎士がいる。秘密には無理。聖女の威光を振りかざして、無理やり突破できないこともないかもしれないけど……その後の空気を考えるとねえ。今以上に締め付けが厳しくなるのはちょっと勘弁してほしい。
レスターさんに頼めばワンチャンあるかもしれないけど、他の人にバレないはずがないし。彼に迷惑をかけるのは嫌だし。
で、お勉強。
今は言葉しか習ってないから、すべてこの部屋で事足りてしまう。
でも、もっと違うことを習おうとしたら?
例えば、乗馬。
これはさすがに、部屋の中では無理だよね。どうしたって、部屋の外へ出ることになる。
習わせてくれるかどうかはわかんないけど、言ってみる価値はあると思うんだ。
乗馬だけじゃなく、この国の料理が知りたい、代わりに私の国の料理を教える、で、厨房へ行けるかもしれないし、もっと知識をつけたいから図書室へ、でもいい。
いちばん可能性がありそうなのは、歴史と建築、宗教関係だと思う。
この国の歴史が知りたい、宗教が知りたい――これは、この国で生きていくうえでは、自然に湧き上がる欲求だと思うの。
で、歴史を学んでいけば、当然この城の成り立ちとか、建築様式とかに触れることが出てくるでしょう? 宗教もしかり。聖堂の内部がどうなってるか知りたい、って言ったら、実地に連れて行ってくれるんじゃないかな。
王宮内見学ツアーも、無理じゃないと思うの。うん。
そりゃあ、厳重に人払いのうえ、取り巻きいっぱい、護衛いっぱいだけとは思うけど、まずはこの目で実際に見ることが大事。
よーし。がんばるぞー!
*
レスターさんにもっとおべんきょしたい、とお願いしたら、すぐに話を通してみてくれたみたい。
スタイン先生が、分厚くて大きな歴史の本を携えて現れた。
うわ、本。
こっちの世界来て、初めて見たよ、本。
みんな石板とか紙石とかしか使ってないから、ひょっとしたら存在しないのかと心配になってたじゃんかー。
見たところ、羊皮紙で出来てるっぽい。表紙には金銀を使った装飾に、宝石がはめ込まれてて、これだけでひと財産。実用品というより、美術品とか芸術品みたい。本は貴重品、というのが、一目でわかる代物だった。
よく、人を撲殺できる分厚さ、というけど、この本では人は殺せないなー。重すぎて振り回せないもん。厚み三十センチくらいあるんじゃないの?
『すごく重そうですね、スタイン先生』
『本当に重いですよ。普段は鎖付きで保管されていて、書見台で見るものですからね。持ち歩くことなんてありえませんから』
おおう、鎖付き鍵付き図書でしたかー。
たしか、元の世界では、五館だか六館だかの図書館にしか現存しないんだよね。いつか見に行ってみたい、と思ってたお宝と、こんなところで出会うのはなんか複雑だわー。
『けれど、歴史は私の専門外ですからね。聖女にうろ覚えの知識を教えるわけにはいきませんから』
なんかね、教師の人選にはもう少し時間がかかるんだって。
だから、それまでの繋ぎとして、専門外でもスタイン先生が教えてくれることになったらしい。
まあ、スタイン先生なら、私と会話するのも慣れているから、歴史の専門用語がばりばり出てきたとしても、なんとかなるだろう、という読みもあるそうで。
『すみません、お世話をかけます』
『その場合は、お世話になります、もしくは、お手数をかけます、と言ったほうがいいですね。……それで、聖女はどの程度の歴史が知りたいんですか?』
『どの程度、といいますと』
『簡単でさらっとでいいのか、じっくり詳細に学びたいのか――まあ、私では、この書物に書いてある以上の詳しい歴史は教えようがないのですが』
『えーと・・・私と同じくらいの齢の女の人が知ってる程度で』
『なるほど』
こうして私はスタイン先生に歴史を教わりだしたんだけど。
このリスタリア王国の歴史のいちばん初め、建国の頃のお話って、やっぱり神様絡んでくるのね。歴史っていうより、神話に近い感じ。
もともとこの世界には、神様がいっぱいいたんだって。
ところが、だれが一番偉いか神様同士の間で争いが始まり、血で血を洗う激しい戦いが続いた挙句、最終的に勝者となったのが、今この国で信仰されている唯一神――スフィールだそう。
あー、それで、スフィーダとかスフィードラムってわけね。思わず遠い目になっちゃう。
それからしばらくは、神や神獣や人や獣がみんな一緒に暮らしていたんだけど、だんだん大地が冷えて力を失っていって、神々には過ごしづらくなったので、神や神獣は別の世界へと去ってしまったらしい。
――別の世界?
確か、ライラアーレ姫が信じたおとぎ話の中でも、命と引き換えに国を救ってほしい、と神に祈ってた。
その結果、私が別の世界から召喚されたわけで。
これ、やっぱり、神様関係が関わってる?
歴史だけじゃなく、宗教関係も詳しく勉強した方がよさそうだな。メモメモ。
『歴史以外のことも、スタイン先生が教えてくれるんですか?』
『しばらくはそうなるでしょうねえ。力不足で申し訳ないのですが、人選に苦慮しているようなので』
『そんなに先生いないんですか?』
『逆です。聖女とお近づきになりたいという者が手を挙げすぎて大変なんですよ。聖女の教師役を務めたともなれば箔がつきますからね』
『箔がつく?』
『より高い評価が得られる、という意味です』
ふうん。こんななんちゃって聖女で申し訳ないですが。
ふと、いたずら心が湧いて、質問してみる。
『スタイン先生は私を利用しようとは思わないんですか?』
『私ですか? 上手に利用できるものなら、考えなくもないのでしょうが――私の能力には余ります。聖女に害をなす者として、あっという間に消されそうだ。貴女の騎士に』
スタイン先生は苦笑した。
『私は妻と子と静かに暮らしながら研究が続けられれば、それ以上のことは望みません。貴女と関わって、異世界の言語体系を知ることができる最高の位置にいるというのに、それを不意にするようなことをするはずがないでしょう』
言いながら、スタイン先生は、扉の前で護衛についているレスターさんを見て、小さく笑った。
『そうスタインが言っていたと、貴方の上官にお伝え願えますか? 私は聖女に対してなんの企みもないと』
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