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元奴隷(騎士)×コミュ障受けシリーズ
再会
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「お久しぶりです、ウィル様!」
半年ぶりに見たノルンには傷一つなかった。穏やかな声と、いつもと変わらない朗らかで慈愛に満ちた微笑みが俺を見据えていた。
だけど俺になにが言えた?
『久しぶり』、『元気だった?』、『誰かに酷いことされてない?』。そんな質問ができるはずがなく、その場で泣き崩れてしまった。
”兄上じゃなく、俺が死ねばよかったのに…!!”
「―――――っ、」
言葉が出ないかわりに跪くのはズルい。
いくら俺が悔いて謝って、それで変わる過去も存在しない。無様な俺の謝罪なんて無意味なのだ
「ウィル様…!」
それでもノルンはすぐさま前領主の息子へ駆け寄ろうとした。
けど、その足は【止まれ】の低い声が出す命令に反射的に止まった。
「旦那の前で、はしたないですよノルン?」
「…っ」
「私も、同郷の者同士の再会に水を差すつもりはありません。ですが、二人とも言動には注意してください。屋敷だけでなく故郷まで火の海にしたくはないでしょう?」
”ではノルン。しばらくしたら迎えに来る。”
敬語のないルシウスの言葉遣い。パタンと扉が閉まる音と静まり返る部屋の中で、コツコツとウィルへと近づく彼女の足音があった。
「…ウィル、無事で本当によかった」
「……いいことなんかない…っ!俺みたいな役立たずが生き残ったって…、父上も、母様も、あに、っ…」
ノルン…
愛した人を亡くしただけでなく、生まれる子どもは憎い敵が父親となる
それだけならまだしも、もし子の父親がルシウスでなく他の男だと周囲に知られたら一大事だ。彼女は「処女証明」の誓いを破っていたことを咎められて死刑になる。
そんなのはあんまりだ。
彼女は何の罪も犯しちゃいないし、早まった真似をせずルシウスに逆らいさえしなければ生かしてもらえる、きっと!
だから俺は、今日の再会まで必死にルシウスに媚びを売って機嫌を取って、ようやく今日この再会が叶った。
「ノルン、お願いだ……」
「ウィル様、聞いてください。おそらく彼はどこかで知っていたのでしょう、私とラヴェトの関係を。真っ先にルシウスの遣いが私の家に来たくらいですから。私は……彼の庇護がなければ、この子を産むことも出来ないまま処刑されてました」
時期領主である兄の子を身籠っていたことがルタ国にバレれば何をされたか分からない。
それも全部、ノルンからの返事(手紙)で分かっていたことだ。
「大丈夫だ。ルシウスは俺でさえ生かしてくれてるんだ。ノルンのことだって…」
「………いいえ、それは無理でしょう。だって私、奴隷になんかなりたくありません」
――――――――――
冷たい言葉の氷牙に、心臓が撃ち抜かれた気がした
それはそうだ。
俺だって奴隷になりたいと思ってこうなったワケじゃない。
だけど、…ノルンを死なせたくない
「……っ、」
ウィル、と優しく呼ばれて、目を見開いた。
だって彼女は綺麗に笑っていたんだ
「確かにルシウスは慈悲深い方です。けれど私の答えは変わりません。私は、後継者を産む気はないのです」
「の、る・…・」
「ウィル。領主様の努力だけではいずれ故郷が終わってしまうことを領民達はみんな察していました。それ以前に、長年の戦で疲れ切ったゼノンに戦力など残ってなかったのです。それくらい貴方も分かっていたでしょう?」
「……」
「私の魂はあの方の所へ…けれど、この子まで道連れにはできません。この子は…」
「ノルン……」
「許せない。あの男さえ来なければ、静かに死んでいく平穏でも幸せがあったのに…… そんな風に一生恨んで腐っていくより、私は……ラヴィを覚えているうちに逝きたいのです」
どうか許してください、と……
兄の愛称を口にする時だけ、聖母のような眼差して…
穏やかにノルンは、もう日常に戻れないのだと教えてくれた
* * *
「ウィル様、今日はいつになくお疲れの様子ですね」
「………」
「けれどいつもより食べてくださった、私はそれが嬉しい」
「教えてよルシウス。俺は………生かされたのか?」
父さんの目的は分かった。
けど、金剛蚕の知識がほしかった、なんてものは―――ほんとうに俺を生かす理由だったのか?
知識を語り合うことはなかったけど、兄ならばそれくらい知ってたはずなのに…
「賢い方でした。おそらく遅かれ早かれルタの騎士達が私を奪還しに来るは想定されていたのだと思います」
「俺を助けたのは、父上の願い?」
「いいえ。旦那様はラヴェト様を遺してウィル様を連れて逝くおつもりでした。そして私も了承しておりました」
「……別に、どっちかを生かす理由もなかったろ」
「どちらか一人くらいは、私の憂さ晴らしの為に生かしても良いと思ったのです」
お前は、どうしたってゼノンの貴族に好き勝手されたのだから手土産くらいは欲しかったと?
お前の為の玩具…
それでも――――――…選ばれたのは有能な兄上だったはずなのに…。
「なんでお前は、俺を選んだの?父上は兄上にしろって言ったんだろ?」
「間違えたのですよ。あの炎と煙の中で、私は対象を見誤ってしまった。まぁ私にはどっちでもよかった事ですので」
「………」
お前が間違えなかったら、ノルンと兄上は今頃一緒にいられたんだろうか。
そうだな… 少なくとも温情を与えたはずだろ。
だって役に立ってない俺ですら生かされてんだ
「ありがと、ルシウス・…・、おれを、助けてくれて・……」
それが間違えでも、……、 おれは言えなかった
だって思い出したくもない
炎の中は、熱かった、怖かった
苦しくて、どっちに行けばいいのか分かんなくて――、灰を吸って泣くしかできなかった。
―――――――――母様と兄上は、もっと苦しかったはずなのに
「ルシウス、くるしい、つらい…、さびしい…、さびしいよぉ」
そしておれは、なにをこれ以上失うんだ?
どうすればいいのか分からなくって両手を伸ばせば、ルシウスは黙って抱きしめてくれた。
「ウィルさま…」
「うぇっ、う゛、っ゛、ぁ、あ、あああ―――――――――――――」
憎い相手に縋りつくしかないのに
…… 声にならない感情が 苦しくて痛くって
今すぐ心臓を止めて欲しかった。
―――――――――――――――――――
「ウィル様」
いつもより弱弱しい寝息。
それでもいつもより頬に血の気があるのは、ノルンに会わせたからだろう。
「大丈夫です、彼女が死ねば誰も貴方を責めはしない。どこにも責める人間などいません」
あの女が一番思っているはずだ。
どんなに気丈に優しく振舞ったところで、彼女はすべてを呪っている
約束通りルシウスは席を外しはしたが、ドア越しに聞き耳を立てている優秀な部下達がいた。
万が一くだらない私怨などでウィルに襲い掛かるようなことがあれば、一太刀でルノンの首は落ちていたであろう。
(……私は奪うだけだ)
全員を助けたかったなど、叶わない。叶うはずがない。
(ルタも大国とはいえ中身はとっくに腐敗した国だ。もしも、ご主人様や奥様達が生き残ったところで娯楽の為に公開処刑でしたでしょう。力のない私には無傷で手に入れる手段がありませんでした)
全員を生かす手段があったら……なんてのは、後でならいくらでも思いつく絵空事だ。
「………るし、…、」
「どうしましたか?」
頬を伝う、綺麗な透明の涙をそっと拭う。
たった一度、誰かの温情にや家族という存在に触れただけで変わってしまえるほど、ルシウス自身も脆かった。
「ルシウス、…… 、」
「えぇ、私がすべてを与えましょう、奪いましょう。貴方を傷つけるモノはすべて消しましょう」
いくらでも刃を振るって血の雨を降らせるのに………
ウィル様は、それを望まない。
「貴方は私のことだけを、想えばいいのです」
いまは貴方の為に、この首を落とせない事すら煩わしい
半年ぶりに見たノルンには傷一つなかった。穏やかな声と、いつもと変わらない朗らかで慈愛に満ちた微笑みが俺を見据えていた。
だけど俺になにが言えた?
『久しぶり』、『元気だった?』、『誰かに酷いことされてない?』。そんな質問ができるはずがなく、その場で泣き崩れてしまった。
”兄上じゃなく、俺が死ねばよかったのに…!!”
「―――――っ、」
言葉が出ないかわりに跪くのはズルい。
いくら俺が悔いて謝って、それで変わる過去も存在しない。無様な俺の謝罪なんて無意味なのだ
「ウィル様…!」
それでもノルンはすぐさま前領主の息子へ駆け寄ろうとした。
けど、その足は【止まれ】の低い声が出す命令に反射的に止まった。
「旦那の前で、はしたないですよノルン?」
「…っ」
「私も、同郷の者同士の再会に水を差すつもりはありません。ですが、二人とも言動には注意してください。屋敷だけでなく故郷まで火の海にしたくはないでしょう?」
”ではノルン。しばらくしたら迎えに来る。”
敬語のないルシウスの言葉遣い。パタンと扉が閉まる音と静まり返る部屋の中で、コツコツとウィルへと近づく彼女の足音があった。
「…ウィル、無事で本当によかった」
「……いいことなんかない…っ!俺みたいな役立たずが生き残ったって…、父上も、母様も、あに、っ…」
ノルン…
愛した人を亡くしただけでなく、生まれる子どもは憎い敵が父親となる
それだけならまだしも、もし子の父親がルシウスでなく他の男だと周囲に知られたら一大事だ。彼女は「処女証明」の誓いを破っていたことを咎められて死刑になる。
そんなのはあんまりだ。
彼女は何の罪も犯しちゃいないし、早まった真似をせずルシウスに逆らいさえしなければ生かしてもらえる、きっと!
だから俺は、今日の再会まで必死にルシウスに媚びを売って機嫌を取って、ようやく今日この再会が叶った。
「ノルン、お願いだ……」
「ウィル様、聞いてください。おそらく彼はどこかで知っていたのでしょう、私とラヴェトの関係を。真っ先にルシウスの遣いが私の家に来たくらいですから。私は……彼の庇護がなければ、この子を産むことも出来ないまま処刑されてました」
時期領主である兄の子を身籠っていたことがルタ国にバレれば何をされたか分からない。
それも全部、ノルンからの返事(手紙)で分かっていたことだ。
「大丈夫だ。ルシウスは俺でさえ生かしてくれてるんだ。ノルンのことだって…」
「………いいえ、それは無理でしょう。だって私、奴隷になんかなりたくありません」
――――――――――
冷たい言葉の氷牙に、心臓が撃ち抜かれた気がした
それはそうだ。
俺だって奴隷になりたいと思ってこうなったワケじゃない。
だけど、…ノルンを死なせたくない
「……っ、」
ウィル、と優しく呼ばれて、目を見開いた。
だって彼女は綺麗に笑っていたんだ
「確かにルシウスは慈悲深い方です。けれど私の答えは変わりません。私は、後継者を産む気はないのです」
「の、る・…・」
「ウィル。領主様の努力だけではいずれ故郷が終わってしまうことを領民達はみんな察していました。それ以前に、長年の戦で疲れ切ったゼノンに戦力など残ってなかったのです。それくらい貴方も分かっていたでしょう?」
「……」
「私の魂はあの方の所へ…けれど、この子まで道連れにはできません。この子は…」
「ノルン……」
「許せない。あの男さえ来なければ、静かに死んでいく平穏でも幸せがあったのに…… そんな風に一生恨んで腐っていくより、私は……ラヴィを覚えているうちに逝きたいのです」
どうか許してください、と……
兄の愛称を口にする時だけ、聖母のような眼差して…
穏やかにノルンは、もう日常に戻れないのだと教えてくれた
* * *
「ウィル様、今日はいつになくお疲れの様子ですね」
「………」
「けれどいつもより食べてくださった、私はそれが嬉しい」
「教えてよルシウス。俺は………生かされたのか?」
父さんの目的は分かった。
けど、金剛蚕の知識がほしかった、なんてものは―――ほんとうに俺を生かす理由だったのか?
知識を語り合うことはなかったけど、兄ならばそれくらい知ってたはずなのに…
「賢い方でした。おそらく遅かれ早かれルタの騎士達が私を奪還しに来るは想定されていたのだと思います」
「俺を助けたのは、父上の願い?」
「いいえ。旦那様はラヴェト様を遺してウィル様を連れて逝くおつもりでした。そして私も了承しておりました」
「……別に、どっちかを生かす理由もなかったろ」
「どちらか一人くらいは、私の憂さ晴らしの為に生かしても良いと思ったのです」
お前は、どうしたってゼノンの貴族に好き勝手されたのだから手土産くらいは欲しかったと?
お前の為の玩具…
それでも――――――…選ばれたのは有能な兄上だったはずなのに…。
「なんでお前は、俺を選んだの?父上は兄上にしろって言ったんだろ?」
「間違えたのですよ。あの炎と煙の中で、私は対象を見誤ってしまった。まぁ私にはどっちでもよかった事ですので」
「………」
お前が間違えなかったら、ノルンと兄上は今頃一緒にいられたんだろうか。
そうだな… 少なくとも温情を与えたはずだろ。
だって役に立ってない俺ですら生かされてんだ
「ありがと、ルシウス・…・、おれを、助けてくれて・……」
それが間違えでも、……、 おれは言えなかった
だって思い出したくもない
炎の中は、熱かった、怖かった
苦しくて、どっちに行けばいいのか分かんなくて――、灰を吸って泣くしかできなかった。
―――――――――母様と兄上は、もっと苦しかったはずなのに
「ルシウス、くるしい、つらい…、さびしい…、さびしいよぉ」
そしておれは、なにをこれ以上失うんだ?
どうすればいいのか分からなくって両手を伸ばせば、ルシウスは黙って抱きしめてくれた。
「ウィルさま…」
「うぇっ、う゛、っ゛、ぁ、あ、あああ―――――――――――――」
憎い相手に縋りつくしかないのに
…… 声にならない感情が 苦しくて痛くって
今すぐ心臓を止めて欲しかった。
―――――――――――――――――――
「ウィル様」
いつもより弱弱しい寝息。
それでもいつもより頬に血の気があるのは、ノルンに会わせたからだろう。
「大丈夫です、彼女が死ねば誰も貴方を責めはしない。どこにも責める人間などいません」
あの女が一番思っているはずだ。
どんなに気丈に優しく振舞ったところで、彼女はすべてを呪っている
約束通りルシウスは席を外しはしたが、ドア越しに聞き耳を立てている優秀な部下達がいた。
万が一くだらない私怨などでウィルに襲い掛かるようなことがあれば、一太刀でルノンの首は落ちていたであろう。
(……私は奪うだけだ)
全員を助けたかったなど、叶わない。叶うはずがない。
(ルタも大国とはいえ中身はとっくに腐敗した国だ。もしも、ご主人様や奥様達が生き残ったところで娯楽の為に公開処刑でしたでしょう。力のない私には無傷で手に入れる手段がありませんでした)
全員を生かす手段があったら……なんてのは、後でならいくらでも思いつく絵空事だ。
「………るし、…、」
「どうしましたか?」
頬を伝う、綺麗な透明の涙をそっと拭う。
たった一度、誰かの温情にや家族という存在に触れただけで変わってしまえるほど、ルシウス自身も脆かった。
「ルシウス、…… 、」
「えぇ、私がすべてを与えましょう、奪いましょう。貴方を傷つけるモノはすべて消しましょう」
いくらでも刃を振るって血の雨を降らせるのに………
ウィル様は、それを望まない。
「貴方は私のことだけを、想えばいいのです」
いまは貴方の為に、この首を落とせない事すら煩わしい
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