竜神様の番

田舎

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1 はじまり(竜人視点)

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『お前は、俺の番だ』

―――竜人である「ナガレ」が、百年・二百年探してようやく見つけた番は、か弱く、短命で、何の力も持たない"人間"だった。
それでも、定められた運命の相手。
人間の返事など必要ない。金銀と絹を渡せば村人どもは喜んで―――ナガレの番である「リオ」を差し出す。


こうしてナガレは、人間のリオと強引に婚姻を結んだ。

人間の番に部屋を与え、衣を与え、食事も護衛も必要なものは全て揃えた。
番は、いつも静かだった。
話さない。
不満も言わない。
竜人のナガレが近づけば一歩引き、触れようとすれば身を固くする。

(番なのに、なぜそんな顔をする?)

そう不思議に思いながらも、竜人と人間は価値観が違うのだ。
「そのうち、慣れればいい」
「人間は弱い生き物だ」
そう切り捨てて、ナガレは番の心には歩み寄らなかった。


―――竜人の住処は地上ではなく、”空界”と呼ばれる天空に存在する島だ。

ナガレにより空界に迎えられたリオは、よく地上を見つめていた。
竜人にとっては痩せた土地でも、リオにとっての故郷だ。心残りがあったのかもしれない。
しかし、すでに彼のいるべきところは地上でもこの空でもない――竜人のもとだけである。

どんなに地上を見つめても、
どんなに地上に焦がれても、
しかし時折、番の頬に「喜び」の表情が浮かぶ。決してナガレの前に出さない、喜怒哀楽。
―――――その度にチリッと、心が騒ぐ。


「地上を見るのはやめろ」

低い声に、リオはぴくりと肩を震わせた。
それでも反論はしない。ただ、ゆっくりと視線を竜人へ戻す。

「……はい」

いつもの従順な返事が、どうしようもなく癇に障った。
竜人は歩み寄り、リオの顎を掴む。
力は抑えているはずなのに、一瞬痛そうに目を細めた。

「俺の城にいる間は、俺だけを見ろ」
「?」
「お前は俺の番だ。俺のもとにいれば、生きていける」

その言葉にリオの瞳は揺れた。
何か言いたそうに唇が開きかけてーー
しかし、リオは「はい」と返事をした。

【人間は脆弱だ】
風邪ひとつで倒れる、竜人にとってはかすり傷でも致命傷になる。
常に見張ってなければ、すぐ死んでしまう儚い生き物。

竜人にとって、安らぎである「番」を失うことは恐怖である。
番を対等な存在として扱い、共に生きる竜人もいる。
だが一方で、自分の"半身"とも呼べる存在を独占しようともする。
この竜人ナガレは、後者だった。

ナガレは、番であるリオに地上を見ることを禁じただけでなく、彼を城の奥の部屋に移した。



「あの、ここは…?」
「新しい住処だ」

日当たりはよく、小さいが石造りの壁に囲まれた庭もある。
草花は手入れされ、吹く風は穏やかだ。
外敵も、病も、余計な刺激もない。
常に見張りがつき、食事も医師もすぐ呼べるのだから

―――ひとりの人間が生きるには、理想的な環境だった。

「ここなら安全だ」
「………安全」

竜人の声には、疑いがなかった。
リオの目に映ったものは違うとも考えないで……。

それからの竜人は、とても穏やかだった。
リオは言われた通りナガレを見る。
質問をすれば答える。たまに地上の土産をもっていけば「ありがとうございます」と嬉しげに受け取る。
『リオ、来なさい』
口付けも、その先も……竜人を拒むことは一度もない。

リオも幸せなのだと思い込んでいた。

最初は怯えていただけ。
人間は環境に順応する生き物だ。自分に守られていると理解すれば落ち着く。
――そしてリオが城にやってきて三年後。




「……部屋の場所を変えてください」

珍しくリオから発言した。
いつも同じ風景で退屈なのだと言う。
リオが何かをナガレにねだるのはこれが初めてだった。
ナガレはそれが嬉しかった。

「少し気分を変えたくて……やはり無理なお願いでしょうか…?」

番の困ったような仕草に、竜人の胸が不意に熱くなった。

(望んでいる)

初めて番が、
こうしてもらいたいと要求をしている。

「そうか」

竜人の声は思いのほか柔らかでいた。

「わかった。南棟ならば日照も良く、庭も広い」

竜にとっては短い三年でも、人間には大きい。
それを知っていた竜人はすっかり絆されていた。

「ありがとうございます」

番の笑顔に勝るものはない。
彼は嬉しそうだった。
そして、そのうち番には「半永久の命」を与えるのだ。
もっと一緒に、穏やかな日々が流れていくのだとーー竜人は考えていた。




その朝も、いつも通りだった。


「夜に戻る」
そう告げると腕の中にいる番は、いつも通りうなずいた。

「……はい。お気をつけて」

柔らかな声と穏やかな笑顔。
何一つ、変わらない。

しかしこれが、
最後に見た番の顔だった。



ーーー夜。
竜人が番のいる部屋に戻れば
そこは静まり返っていた。

「……番?」

名を呼ぶが返事はない。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。

「……?」
机の上には一枚の紙があった。
番の気配に、指先がわずかに震えた。

(違う)

何かの間違いだ。
しかしそこには竜人との別れ……
【離縁】を願う言葉が綴られていた。

さらに城の外へと伸びる、痕跡はーー

「……地上かっ」

頭が理解するより早く、本能が叫んだ。

ーー逃げた。
ーー番が。
ーー自分から。


「戻れ……戻って来い……!」


今なら許してやると。

竜人の怒りに、
城の壁が鳴り、空気が軋む。


「……逃がすものか」


竜は、咆哮した。

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