1 / 11
1 はじまり(竜人視点)
.
『お前は、俺の番だ』
―――竜人である「ナガレ」が、百年・二百年探してようやく見つけた番は、か弱く、短命で、何の力も持たない"人間"だった。
それでも、定められた運命の相手。
人間の返事など必要ない。金銀と絹を渡せば村人どもは喜んで―――ナガレの番である「リオ」を差し出す。
こうしてナガレは、人間のリオと強引に婚姻を結んだ。
人間の番に部屋を与え、衣を与え、食事も護衛も必要なものは全て揃えた。
番は、いつも静かだった。
話さない。
不満も言わない。
竜人のナガレが近づけば一歩引き、触れようとすれば身を固くする。
(番なのに、なぜそんな顔をする?)
そう不思議に思いながらも、竜人と人間は価値観が違うのだ。
「そのうち、慣れればいい」
「人間は弱い生き物だ」
そう切り捨てて、ナガレは番の心には歩み寄らなかった。
―――竜人の住処は地上ではなく、”空界”と呼ばれる天空に存在する島だ。
ナガレにより空界に迎えられたリオは、よく地上を見つめていた。
竜人にとっては痩せた土地でも、リオにとっての故郷だ。心残りがあったのかもしれない。
しかし、すでに彼のいるべきところは地上でもこの空でもない――竜人のもとだけである。
どんなに地上を見つめても、
どんなに地上に焦がれても、
しかし時折、番の頬に「喜び」の表情が浮かぶ。決してナガレの前に出さない、喜怒哀楽。
―――――その度にチリッと、心が騒ぐ。
「地上を見るのはやめろ」
低い声に、リオはぴくりと肩を震わせた。
それでも反論はしない。ただ、ゆっくりと視線を竜人へ戻す。
「……はい」
いつもの従順な返事が、どうしようもなく癇に障った。
竜人は歩み寄り、リオの顎を掴む。
力は抑えているはずなのに、一瞬痛そうに目を細めた。
「俺の城にいる間は、俺だけを見ろ」
「?」
「お前は俺の番だ。俺のもとにいれば、生きていける」
その言葉にリオの瞳は揺れた。
何か言いたそうに唇が開きかけてーー
しかし、リオは「はい」と返事をした。
【人間は脆弱だ】
風邪ひとつで倒れる、竜人にとってはかすり傷でも致命傷になる。
常に見張ってなければ、すぐ死んでしまう儚い生き物。
竜人にとって、安らぎである「番」を失うことは恐怖である。
番を対等な存在として扱い、共に生きる竜人もいる。
だが一方で、自分の"半身"とも呼べる存在を独占しようともする。
この竜人ナガレは、後者だった。
ナガレは、番であるリオに地上を見ることを禁じただけでなく、彼を城の奥の部屋に移した。
「あの、ここは…?」
「新しい住処だ」
日当たりはよく、小さいが石造りの壁に囲まれた庭もある。
草花は手入れされ、吹く風は穏やかだ。
外敵も、病も、余計な刺激もない。
常に見張りがつき、食事も医師もすぐ呼べるのだから
―――ひとりの人間が生きるには、理想的な環境だった。
「ここなら安全だ」
「………安全」
竜人の声には、疑いがなかった。
リオの目に映ったものは違うとも考えないで……。
それからの竜人は、とても穏やかだった。
リオは言われた通りナガレを見る。
質問をすれば答える。たまに地上の土産をもっていけば「ありがとうございます」と嬉しげに受け取る。
『リオ、来なさい』
口付けも、その先も……竜人を拒むことは一度もない。
リオも幸せなのだと思い込んでいた。
最初は怯えていただけ。
人間は環境に順応する生き物だ。自分に守られていると理解すれば落ち着く。
――そしてリオが城にやってきて三年後。
「……部屋の場所を変えてください」
珍しくリオから発言した。
いつも同じ風景で退屈なのだと言う。
リオが何かをナガレにねだるのはこれが初めてだった。
ナガレはそれが嬉しかった。
「少し気分を変えたくて……やはり無理なお願いでしょうか…?」
番の困ったような仕草に、竜人の胸が不意に熱くなった。
(望んでいる)
初めて番が、
こうしてもらいたいと要求をしている。
「そうか」
竜人の声は思いのほか柔らかでいた。
「わかった。南棟ならば日照も良く、庭も広い」
竜にとっては短い三年でも、人間には大きい。
それを知っていた竜人はすっかり絆されていた。
「ありがとうございます」
番の笑顔に勝るものはない。
彼は嬉しそうだった。
そして、そのうち番には「半永久の命」を与えるのだ。
もっと一緒に、穏やかな日々が流れていくのだとーー竜人は考えていた。
その朝も、いつも通りだった。
「夜に戻る」
そう告げると腕の中にいる番は、いつも通りうなずいた。
「……はい。お気をつけて」
柔らかな声と穏やかな笑顔。
何一つ、変わらない。
しかしこれが、
最後に見た番の顔だった。
ーーー夜。
竜人が番のいる部屋に戻れば
そこは静まり返っていた。
「……番?」
名を呼ぶが返事はない。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
「……?」
机の上には一枚の紙があった。
番の気配に、指先がわずかに震えた。
(違う)
何かの間違いだ。
しかしそこには竜人との別れ……
【離縁】を願う言葉が綴られていた。
さらに城の外へと伸びる、痕跡はーー
「……地上かっ」
頭が理解するより早く、本能が叫んだ。
ーー逃げた。
ーー番が。
ーー自分から。
「戻れ……戻って来い……!」
今なら許してやると。
竜人の怒りに、
城の壁が鳴り、空気が軋む。
「……逃がすものか」
竜は、咆哮した。
『お前は、俺の番だ』
―――竜人である「ナガレ」が、百年・二百年探してようやく見つけた番は、か弱く、短命で、何の力も持たない"人間"だった。
それでも、定められた運命の相手。
人間の返事など必要ない。金銀と絹を渡せば村人どもは喜んで―――ナガレの番である「リオ」を差し出す。
こうしてナガレは、人間のリオと強引に婚姻を結んだ。
人間の番に部屋を与え、衣を与え、食事も護衛も必要なものは全て揃えた。
番は、いつも静かだった。
話さない。
不満も言わない。
竜人のナガレが近づけば一歩引き、触れようとすれば身を固くする。
(番なのに、なぜそんな顔をする?)
そう不思議に思いながらも、竜人と人間は価値観が違うのだ。
「そのうち、慣れればいい」
「人間は弱い生き物だ」
そう切り捨てて、ナガレは番の心には歩み寄らなかった。
―――竜人の住処は地上ではなく、”空界”と呼ばれる天空に存在する島だ。
ナガレにより空界に迎えられたリオは、よく地上を見つめていた。
竜人にとっては痩せた土地でも、リオにとっての故郷だ。心残りがあったのかもしれない。
しかし、すでに彼のいるべきところは地上でもこの空でもない――竜人のもとだけである。
どんなに地上を見つめても、
どんなに地上に焦がれても、
しかし時折、番の頬に「喜び」の表情が浮かぶ。決してナガレの前に出さない、喜怒哀楽。
―――――その度にチリッと、心が騒ぐ。
「地上を見るのはやめろ」
低い声に、リオはぴくりと肩を震わせた。
それでも反論はしない。ただ、ゆっくりと視線を竜人へ戻す。
「……はい」
いつもの従順な返事が、どうしようもなく癇に障った。
竜人は歩み寄り、リオの顎を掴む。
力は抑えているはずなのに、一瞬痛そうに目を細めた。
「俺の城にいる間は、俺だけを見ろ」
「?」
「お前は俺の番だ。俺のもとにいれば、生きていける」
その言葉にリオの瞳は揺れた。
何か言いたそうに唇が開きかけてーー
しかし、リオは「はい」と返事をした。
【人間は脆弱だ】
風邪ひとつで倒れる、竜人にとってはかすり傷でも致命傷になる。
常に見張ってなければ、すぐ死んでしまう儚い生き物。
竜人にとって、安らぎである「番」を失うことは恐怖である。
番を対等な存在として扱い、共に生きる竜人もいる。
だが一方で、自分の"半身"とも呼べる存在を独占しようともする。
この竜人ナガレは、後者だった。
ナガレは、番であるリオに地上を見ることを禁じただけでなく、彼を城の奥の部屋に移した。
「あの、ここは…?」
「新しい住処だ」
日当たりはよく、小さいが石造りの壁に囲まれた庭もある。
草花は手入れされ、吹く風は穏やかだ。
外敵も、病も、余計な刺激もない。
常に見張りがつき、食事も医師もすぐ呼べるのだから
―――ひとりの人間が生きるには、理想的な環境だった。
「ここなら安全だ」
「………安全」
竜人の声には、疑いがなかった。
リオの目に映ったものは違うとも考えないで……。
それからの竜人は、とても穏やかだった。
リオは言われた通りナガレを見る。
質問をすれば答える。たまに地上の土産をもっていけば「ありがとうございます」と嬉しげに受け取る。
『リオ、来なさい』
口付けも、その先も……竜人を拒むことは一度もない。
リオも幸せなのだと思い込んでいた。
最初は怯えていただけ。
人間は環境に順応する生き物だ。自分に守られていると理解すれば落ち着く。
――そしてリオが城にやってきて三年後。
「……部屋の場所を変えてください」
珍しくリオから発言した。
いつも同じ風景で退屈なのだと言う。
リオが何かをナガレにねだるのはこれが初めてだった。
ナガレはそれが嬉しかった。
「少し気分を変えたくて……やはり無理なお願いでしょうか…?」
番の困ったような仕草に、竜人の胸が不意に熱くなった。
(望んでいる)
初めて番が、
こうしてもらいたいと要求をしている。
「そうか」
竜人の声は思いのほか柔らかでいた。
「わかった。南棟ならば日照も良く、庭も広い」
竜にとっては短い三年でも、人間には大きい。
それを知っていた竜人はすっかり絆されていた。
「ありがとうございます」
番の笑顔に勝るものはない。
彼は嬉しそうだった。
そして、そのうち番には「半永久の命」を与えるのだ。
もっと一緒に、穏やかな日々が流れていくのだとーー竜人は考えていた。
その朝も、いつも通りだった。
「夜に戻る」
そう告げると腕の中にいる番は、いつも通りうなずいた。
「……はい。お気をつけて」
柔らかな声と穏やかな笑顔。
何一つ、変わらない。
しかしこれが、
最後に見た番の顔だった。
ーーー夜。
竜人が番のいる部屋に戻れば
そこは静まり返っていた。
「……番?」
名を呼ぶが返事はない。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
「……?」
机の上には一枚の紙があった。
番の気配に、指先がわずかに震えた。
(違う)
何かの間違いだ。
しかしそこには竜人との別れ……
【離縁】を願う言葉が綴られていた。
さらに城の外へと伸びる、痕跡はーー
「……地上かっ」
頭が理解するより早く、本能が叫んだ。
ーー逃げた。
ーー番が。
ーー自分から。
「戻れ……戻って来い……!」
今なら許してやると。
竜人の怒りに、
城の壁が鳴り、空気が軋む。
「……逃がすものか」
竜は、咆哮した。
あなたにおすすめの小説
オメガなのにムキムキに成長したんだが?
未知 道
BL
オメガという存在は、庇護欲が湧く容姿に成長する。
なのに俺は背が高くてムキムキに育ってしまい、周囲のアルファから『間違っても手を出したくない』と言われたこともある。
お見合いパーティーにも行ったが、あまりに容姿重視なアルファ達に「ざっけんじゃねー!! ヤルことばかりのくそアルファ共がぁああーーー!!」とキレて帰り、幼なじみの和紗に愚痴を聞いてもらう始末。
発情期が近いからと、帰りに寄った病院で判明した事実に、衝撃と怒りが込み上げて――。
※攻めがけっこうなクズです。でも本人はそれに気が付いていないし、むしろ正当なことだと思っています。
同意なく薬を服用させる描写がありますので、不快になる方はブラウザバックをお願いします。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
最悪の婚姻から始まるただ一つの愛
統子
BL
最悪の婚姻だった。
皇太子の正室として迎えられながら、
与えられたのは祝福ではなく、冷たい部屋と拒絶だけ。
触れられることすら恐ろしく、
ただ静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。
けれど——
差し出された手は、思っていたものとは違っていた。
無理に触れない。
急がない。
ただ、こちらの様子を確かめるように、少しずつ距離を縮めてくる。
気づけば、隣に座ることが当たり前になり、
言葉を交わす時間が、夜の習慣になっていた。
触れられるたびに怖さは消え、
代わりに残るのは、離れがたい温もり。
これは、最悪の婚姻から始まった関係が、
やがて“ただ一人”へと変わっていく物語。
望まれなかったはずのはじまりが、
いつしか、何よりも大切なものになるまでの——
静かで、優しい、溺れるような愛の記録。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
弟と妹より劣る僕が自信家を演じてたら、部下にバレた件
ゆきりんご
BL
【重い感情を隠している年下敬語攻め×自己肯定感低い年上受け】
イリアスは職場で「優秀で顔もそこそこ良くて頼りになる上司」を演じているが、本当は自信がない。付き合っていた相手に振られることが続いてさらに自信をなくした。自棄になろうとしていたところを、気になっていた部下に止められて、成り行きで体の関係を持つことになり……?
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。