竜神様の番

田舎

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2 「番」とは?(人間視点)

人間のリオは十九歳の青年である。
栗色の髪と、同じ色の瞳を持つ――小さな村で生まれ育った、普通の村人。
それなのに、竜人の「ナガレ」様は突然現れた。


『お前は、俺の番だ』

数名の従者を引き連れて、「結納金」だ「貢物」だと言い金目の物を持って村へとやってきた。
長い黒髪は夜を溶かしたように深く、瞳は満月のような金色。
それだけならば人間の美丈夫と見紛えるかもしれないが、その頭には――竜人の証である二本の角が伸びていた。

はじめて見る、上等な白い絹と宝珠に金貨―――。
村人たちは宝に目を輝かせ、そして……状況を一切理解できていないリオから、両親は目を逸らした。


こうして人間のリオは、何も知らないまま連れてこられた。

「番」とは何か、
「竜人」とはどんな生き物か、
「空界」と呼ばれている、空に浮かぶ島がどこに存在していて、
リオが今後どんな生活を送るのか……なんの説明もない。


「リオおにいちゃん…!」

まだ幼い弟の手を引き剥がされる感触が、まだ消えない。


* * *


天空に浮かぶ島は、一つの大国ほどの広さがあった。
幸い、ここでの日常生活は地上とさほど変わりなかったが、「空」という環境に応じたためだろう。家畜も野菜も地上とはどこか見た目が違っていた。
ナガレ様が住んでいると言った「巣」―――それは巣と呼ぶよりも城だった。

半ば無理やり連れてこられたリオは、すっかり塞ぎ込んでいた。


(そろそろ季節の変わり目だ。風邪なんて引いてないかな……ちゃんと食べてたらいいけど)

病弱で甘えっこな弟のために山で薬草を探すのはリオの役割だった。
ナガレ様が沢山のお金をくださったから、きっと前より元気だと信じたいが……。
そんな鬱々とした空気を察したのか、ナガレ様は『地上の風景を映してくれる』という摩訶不思議な池を教えてくれた。
―――望む場所を映し出す池は、弟の日常を見せてくれた。

リオは毎日、池のほとりから離れたがらなかった。
直接弟に手を差し伸べてやることは出来なかったけれど……見守ってきたある日。
たまたまリオのつけていた髪飾りが頭から滑り落ちた。

「‥‥あっ、!」

ぽちゃんと、池に落ちた小さな髪飾り。
するとそれは――――池の中にではなく、リオの弟の足元に落ちた。

こうして偶然にも池に何かを落とせば、映し出している場所に送られるのだとリオは知った。
それからのリオは、こっそりと薬草や菓子などを落とした。

ほんの僅か。
目を盗んで、誰にも気づかれない程度に。
薬草も盗む必要はない。なにせ池にある庭には、雑草のごとく生えているのだ。

弟は最初こそ戸惑っていたが、それが兄からの贈り物だと理解したのだろう。
水面に映る姿は、日を追うごとに変わっていった。
咳は減り、肉がつき、笑う回数が増えた。

それが、たまらなく嬉しかった。


(よかった!もうすっかり元気になった)

同じ薬草でも性能が違うのだろう、ここの薬草はよく効いてくれた。
もしかすると完治したのだろうか―――と、リオの心は満たされた。

だからこそ、


『地上を見るのはやめろ』


竜人様に、低く、静かな声でそう告げられたとき、リオの心は凍りついた。

見られていたのか。
気づかれていたのか。

きっと叱られるに違いないと覚悟して、震えていたのに―――
竜人様はリオの行為を咎めなかった。

『あの池を気に入っていたようだが、お前の居場所はここだ。それと移動範囲が広すぎる』

行動範囲が広すぎる…とは自覚がなかったが、竜人様や誰かの目を盗んで、許可をもらうことなく薬草を弟に送っていたのだ。
とても軽いが、竜人様からの罰だと思い、リオは受け入れた。


* * *


庭があるおかげで空も、風もある。
清潔で、前よりも内装が豪華で、――――ただ扉が一つだけ。
それも内側から鍵をかけられてしまう。

新しい部屋は、大きな「鳥籠」だった。


そこで、リオが話せる者は限られていた。
食事を運ぶ者と護衛として立つ者だけだ。

みんなが「竜人様の番」を守るためにいるのだと口を揃えて言う。


――――「『番』とは、なんですか?」

初めてリオが問えば、使用人たちは誰もが目を輝かせた。

竜人にとって「番」は「宝」だ。
魂の片割れで、失えば生きていけない存在。

見つけてしまえば、二度と離れることはできない。

愛に生きて、
愛に呪われて、
――番のためにならば、狂ってもいい。

それを幸福だと思わせてくれる存在だと。


(……違う)

それを聞いたリオは胸の奥で、静かに首を振った。

(……竜人様は、間違えたんだ)

自分は、ずっと村で普通に生きてきた。
畑を手伝い、時間ができたら弟の薬草を探す。
リオは成人もとっくに過ぎていたので、そろそろ見合いをしなければ……そんなことを囁かれていた。

(オレは―――寂しいとか、一度も思ったことはありません)

竜人様の魂の片割れでもなければ、あの方を狂わせるほどの価値もない。
宝ではなく、そのへんの石ころなのだ。

しかし、リオが本心を語れば、彼らは血相を変えて慌てた。
人間ではない、「彼ら」だからこそ知っている。
竜人が怒れば、
空が裂け、大地が震える。
番の存在が、竜人にとってどれほど大きいかを。

「……今の発言は聞かなかったことにします。
それと――いいですか?旦那様には、決して言わないように」

『確実に逆鱗に触れます』、と忠告されてしまった。
リオだけが、人間だけが―――「運命」を感じることができないとは知らずに。


* * *


(……息が、苦しいよ)

清潔な部屋も、毎日整えられた生活も、使用人たちの優しい対応も。
すべてが、竜人様のための世界だ。当たり前だけれど。

自分はその中心に置かれた、【人間の番】という壊れやすい置物にすぎない。

必要なのは「番」という存在のみで、リオでなくてもいい。
そう考えてしまうのは当然だった。

(……それでも、弟を助けてくれたお礼はしなくちゃ)

こんなオレでも「番」として必要としているのであれば……。
たとえそれが勘違いや間違いだったとしても、人間と竜人は寿命が大きく異なる。
人間のリオは間違いなく、竜人様より先に死ぬ。

――――だから自分の人生は、ナガレ様に捧げてもいいと思っていた。


なのに、


「人間の寿命を伸ばす方法、ですか? ありますよ。“竜石”を使うのです」

毎日の健康診断。
ただの世間話からだったはずなのに―― 淡々とした声で医師はリオの疑問に答えた。

「それを使えば、貴方はナガレ様とほぼ同じくらいの命になります」
「え、」

思わず動揺の言葉が零れたが、医師は「なるほど」とにこやかに頷いた。

「番様は人間ですからね、それで悩まれていたのですか?」
「それは、その、……」
「良いことですよ、多くの番様が気にする問題ですから。竜人様も、もう少しすれば竜石の話を持ち出す頃でしょう」
「おれ、は……っ、」

祝福する医師の目に、リオは何も言えなかった。


(竜石を使う……?)

人間であることを捨てて、竜人様と同じ時間を生きる……?
俺が、本当は求めていた「番」とは違うかもしれないのに。

『竜人の番として当然の道ですよ』

医者は言ったが―― 望んでいない。
番も、寿命も、ここにいることも……何一つ、リオの意思ではなかった。

なのに「番」だと、喜んで祝福する。

リオの気持ちなど、誰も聞かない――。


ただ、人の寿命を伸ばしてやることが、
善であり、正解であり、
竜人様の語る「愛」なのか。


(いいや……竜人様は悪くない。誰も悪意で言っているわけじゃない……)

これも、種族の違いだ。
常識と価値観の、大きな「ずれ」。


けれど、それが半永久的に続くなど、
今のオレにとっては耐え難い未来だった。
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