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7 噂話
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―――離縁状を残し、竜人様のもとを去ってから二年。
弟を一目見たくて一度だけ、こっそり故郷の村へ足を運んだ。
心のどこかで、「金に目がくらんだ大人たち」だとリオは思っていた。しかし、村長はナガレ様から賜った貢ぎ物を正しく使ってくれた。おかげで村は以前よりずっと明るくなっていた。
そこで……元気に走り回る弟は、立派な村の一員となっていた。
しかし、ここに留まることはできない。
遠目から弟の姿を見た後、地方を転々と旅して回った。
これは、兄竜のハクレイ様が大金をくださったおかげだ。
無駄遣いをしないよう節約しながら、初めての海、そして船にも乗った。
それから高い高い山も越えて―――まるで旅人のような生活を送った。
しかし、行く当てなどリオにはない。
目的のない旅だった。
時々、大きな街に出向くと吟遊詩人や冒険者たちの噂話が耳に入る。
「おい。まだ青の谷で、竜が暴れ回ってるってよ」
「―――!」
路銀を無駄にできないと、酒場で短期間働いていたリオが聞いたのは、そんな冒険者たちの会話だった。
「青の谷だって? あそこは一ヶ月前に倒されたんじゃなかったか?」
「また別のだ。巨大で、凶暴化してるらしいぞ」
「ってことは番が”駆除”されて怒り狂ってんのか。竜は番を失うと自我がなくなるって話だからな」
―――竜は、「番」への愛が深すぎるあまり、愛に狂う。
空界に棲み処を持つ「竜」ではなく、地上で暴れ回る魔物化した生き物であっても、その性質だけは消えない。
だから―――竜を倒すときは慎重になり、「雌雄一体」でなければ被害が増す。
幸いにも、地上に住んでいる竜は、同種族以外の番は持たないのだが。
(………ナガレ様)
それでも不安だ。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
あり得ないと分かっているのに
―――こうした噂に上がる竜が、ナガレ様でないことを祈るしかない。
リオは、人間だ。
そして「番」であることより、寿命を選んだ。
ナガレ様の傍にいる資格を、自ら手放した。
(オレには、今さら気にする資格もない)
分かっている。
それなのに―――。
「青の谷」だ。
気づけば、足が向きを変えていた。
* * *
「青の谷」は遠かった。思いつきで向かえる場所でも、一日で辿り着ける距離でもない。
馬車を三回乗り継ぎ、夜を明かして……ようやく付近に辿り着いた頃には、空はすでに茜と深い青が混じり合っていた。
仕方がない。
リオも、これ以上の移動は危険だと判断し、街道沿いの宿場町で夜を明かすことにした。
「大部屋は満室だ。一人部屋ならいいが……」
「うっ……、分かりました」
青の谷に現れた竜を討伐するため、討伐隊や冒険者が押し寄せている。その影響で宿の料金は跳ね上がっていたが、空室があるだけでも奇跡に近い。
これが、リオが普段から節約を心掛けている最大の理由だった。
谷にいる竜が――ナガレ様ではないと分かっている。それでも、引き返すことはできなかった。
それに安全な旅をしなければ、支援してくれたハクレイ様にも申し訳ない。
『まいど。風呂もメシ代も込みだよ』
そう言われただけで、十分にありがたかった。
―――そして、食事のために宿屋の酒場へ向かったリオだが、
そこにあったのは、期待していたような熱気ではなかった。
包帯を巻いた腕。引きずるような足取り。
折れた武器に、壊れた武具。
冒険者たちの表情は暗く、
誰もが俯いたまま、酒杯を握り締めていた。
「ありゃ、やめておけ」
「近づくな」
「……聞いてた竜じゃない。化け物だ」
――『竜の討伐に失敗した』
彼らに話を聞くまでもなかった。
―――離縁状を残し、竜人様のもとを去ってから二年。
弟を一目見たくて一度だけ、こっそり故郷の村へ足を運んだ。
心のどこかで、「金に目がくらんだ大人たち」だとリオは思っていた。しかし、村長はナガレ様から賜った貢ぎ物を正しく使ってくれた。おかげで村は以前よりずっと明るくなっていた。
そこで……元気に走り回る弟は、立派な村の一員となっていた。
しかし、ここに留まることはできない。
遠目から弟の姿を見た後、地方を転々と旅して回った。
これは、兄竜のハクレイ様が大金をくださったおかげだ。
無駄遣いをしないよう節約しながら、初めての海、そして船にも乗った。
それから高い高い山も越えて―――まるで旅人のような生活を送った。
しかし、行く当てなどリオにはない。
目的のない旅だった。
時々、大きな街に出向くと吟遊詩人や冒険者たちの噂話が耳に入る。
「おい。まだ青の谷で、竜が暴れ回ってるってよ」
「―――!」
路銀を無駄にできないと、酒場で短期間働いていたリオが聞いたのは、そんな冒険者たちの会話だった。
「青の谷だって? あそこは一ヶ月前に倒されたんじゃなかったか?」
「また別のだ。巨大で、凶暴化してるらしいぞ」
「ってことは番が”駆除”されて怒り狂ってんのか。竜は番を失うと自我がなくなるって話だからな」
―――竜は、「番」への愛が深すぎるあまり、愛に狂う。
空界に棲み処を持つ「竜」ではなく、地上で暴れ回る魔物化した生き物であっても、その性質だけは消えない。
だから―――竜を倒すときは慎重になり、「雌雄一体」でなければ被害が増す。
幸いにも、地上に住んでいる竜は、同種族以外の番は持たないのだが。
(………ナガレ様)
それでも不安だ。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
あり得ないと分かっているのに
―――こうした噂に上がる竜が、ナガレ様でないことを祈るしかない。
リオは、人間だ。
そして「番」であることより、寿命を選んだ。
ナガレ様の傍にいる資格を、自ら手放した。
(オレには、今さら気にする資格もない)
分かっている。
それなのに―――。
「青の谷」だ。
気づけば、足が向きを変えていた。
* * *
「青の谷」は遠かった。思いつきで向かえる場所でも、一日で辿り着ける距離でもない。
馬車を三回乗り継ぎ、夜を明かして……ようやく付近に辿り着いた頃には、空はすでに茜と深い青が混じり合っていた。
仕方がない。
リオも、これ以上の移動は危険だと判断し、街道沿いの宿場町で夜を明かすことにした。
「大部屋は満室だ。一人部屋ならいいが……」
「うっ……、分かりました」
青の谷に現れた竜を討伐するため、討伐隊や冒険者が押し寄せている。その影響で宿の料金は跳ね上がっていたが、空室があるだけでも奇跡に近い。
これが、リオが普段から節約を心掛けている最大の理由だった。
谷にいる竜が――ナガレ様ではないと分かっている。それでも、引き返すことはできなかった。
それに安全な旅をしなければ、支援してくれたハクレイ様にも申し訳ない。
『まいど。風呂もメシ代も込みだよ』
そう言われただけで、十分にありがたかった。
―――そして、食事のために宿屋の酒場へ向かったリオだが、
そこにあったのは、期待していたような熱気ではなかった。
包帯を巻いた腕。引きずるような足取り。
折れた武器に、壊れた武具。
冒険者たちの表情は暗く、
誰もが俯いたまま、酒杯を握り締めていた。
「ありゃ、やめておけ」
「近づくな」
「……聞いてた竜じゃない。化け物だ」
――『竜の討伐に失敗した』
彼らに話を聞くまでもなかった。
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