巻き込まれた脇役は砂糖と塩と共に

田舎

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2章 脇役と不死の王龍

王竜の帰還

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竜が帰りたがってる。
なんで、こんなことを思ったのかは分からない。

ただ記憶の中の、幼い真里亜がそうだった。
卒園したばかりの妹は、先生に『おうちの場所が分からない』と嘘を吐いてごねた。それで仕事が多忙な両親の代わりに、いつも俺が迎えに行った。

『おにいちゃん!』

迎えのタクシーを呼んでくれてるんだ、帰れないはずがない。
それでも真里亜は目に涙をためて待っていた。

小さな嘘だ。わがままと知っていて、喜ぶ妹に手を差し出して一緒に歩く。

ーーーあの竜は、幼い頃の真里亜と同じだ。
誰か大事な……家族の迎えを待っているんじゃないのか?




「飛竜でも土竜でもない。ずっと遠い海から来たんだ。とても強くて逞しくて、百年以上も王として君臨した」

俺の近くで、誰かの儚げな声が囁いている。
ときに傲慢過ぎるところもあったけど、弱者を虐げることはしなかった。たくさんの人々に慕われて愛されてた。
やがて、多くの吟遊詩人に謳われた。

(なんだろ?この、どんどん溢れてくる気持ちは)

竜は、いつも陽気に笑っていたんだ。
音楽と料理と美酒。夜通し仲間と火を囲んで笑う、そんな光景が脳裏に浮かぶ。
人も竜も精霊も関係なく手を取り合う。あたたかな姿は、いつかユリアに読んだ御伽話みたいだった。

楽しそうだ。
俺が体験したわけじゃないのに、 「彼」は愉快だと笑い、故郷を離れたことを後悔しちゃいない。


「それくらい好きで、大好きだった仲間達と一緒にいたくて、彼は―――人間を愛してる」

深く、と。
視界を開けば、ゼアロンさんと一緒にあの小さな光の玉が舞っていた。
鈴の音で、美しく、さみしそうに。

「ゼアロンさん、この子も精霊さん?」
「ああ。……しかし、"歌う精霊"とは初めてみたな。俺にも海や不思議な光景が見えていた」
「この子は俺を助けてくれたんです。そっか、君はずっと訴えてたのか」

竜を助けて欲しいって。
俺が、ユリアと契約した時もそうだった。
ユリアがオズさんにずっと苛々してたのは、俺の心理的なものが原因だった。
契約を解除してからユリアは落ち着いたけど、そばにいるだけでも精霊は人に影響されて、人も影響される存在なのか。

「王龍は、海に帰りたがってる」

人がいつか土に還るように、あの竜は海で……と。

『……しかし、どうやって?』

それが問題だ。
肝心の方法だよね……案が浮かばない。がっくりと頭を落とすとぽんっとゼアロンさんに優しく励まされた。
それと歌う精霊さんだ。リンー・リンッと鳴く声は穏やかで、緊張感を解してくれる。

瘴気の塊だ。どこかの海に転移するわけにもいかない。とっくに体は滅んでいて、助かる見込みはないと分かっている。

でも、ただ倒すだけじゃダメだ。
竜の心を、なにか救える方法だけでも……。


「シオウ。知っての通り不死の王龍は私の討伐対象だ、何があっても倒したい」
「……はい」
「それでも、君は何を願う?君は巻き込まれただけだ。それでも彼を帰したい、救いたいとどうして思う?」
「…………」

確かにそうだよ。でも不死の王龍、ドラゴンゾンビ、なんであんな姿になったのかは誰も知らないんだよね。
人間を愛していた、大好きだった。
最期は相当人間を憎んだらしいけど、……あんな痛々しい姿になっても一つの場所を守ってる。
なら、俺の答えは決まっている。

「あんなにボロボロなのにお墓を守ってるなんて、可哀想だ。それに……伝えてあげたい言葉があるんだ」

俺は、竜の生態は知らないけど……。
きっと、お墓の主も願ってるはずだ。

「そうだ!さっきの映像みたいに海に返さなくても、見せることはできないかな…?」
『不死の王龍はすでに視力を失っている。心もなく、体が動いているのは瘴気が原因だ』
『労力に見合うものは何もないぞ』

それでも、歌う精霊さんが救ってほしいと願ってる。
目の前には哀れな竜。
俺も助けてあげたいし、なにより頼れる存在がそばにいる。


「一つだけ提案があります。それで、どうにかできるかは分かんないけど、みんなの力を貸してください」


シオウの言葉に、全員が耳を傾けた。


「”彼”に、まだ救える心があるのならば、私は騎士として敬意を払おう」



 ◇   ◇   ◇ 




鼻は削れ落ち、幾度も血反吐を吐いた。
声帯は溶けて消え、視界は延々と闇の中を彷徨う。

片翼はまだ癒えない。

あの忌々しい騎士に切り落とされたせいだ。

それでも… 誰かを… 
懐かしさを探すように王竜は闇を彷徨い、暗い瞳をこらす。



ーーーーーーどれだけ待ったか。


なにを 待った?


記憶などあるものか

あるのは この地を訪れる者を許せない憤怒。



その理由さえ覚えてはいない。




『ーーーーーォォオオオー』



声も、音も、なにも届きはしない


しかし、奇妙な空気だ。

風に舞う空気の中に、何か違う ニオイがあることに気づく。



【誰だ】


ーーー それは、若い男。

土地を汚す、人間の気配だった。



「俺はサトシオウです。貴方の名前は?」



王竜は、たじろぐ。


あぁ、なんという愚かさか。

いままでも"我の領海"には、不埒で野蛮な人間どもが押し寄せてきた。
王の力と庇護を欲して、軽々しく契約しようなどーーー…!


【我は気高き、海の覇者であるぞ!】


即座に踏み潰してやろうと前足を振り下ろした瞬間、風魔法に阻まれた。

ドンッ

地面に崩れ落ちる巨体。
なぜだ。どうも足に力が入らない……と王竜は自分の体を見た。見てしまった。




「オオオォォォオオー!!!」



地を鳴らす咆哮は、嘆きと絶望だった。



あぁ なんということか…

あぁ…… 


己の醜い姿を嘆いた。
瘴気の闇に堕ち、とっくに肉体は腐り果ていた。その苦しみを何十百、何十と繰り返してなおーー……


人間は、静かに口を開いて告げる。




甘利 宗士郎かんり そうしろうだ」


「君が、いつも守ってくれた」


【宗士郎……?】


リンッと、響き渡る鈴の音。
そして、

ポッ、ポッツー。
空から雫が落ちてきた。
濃い瘴気が邪魔をして雨など降らぬ土地に、異例の雨。
森一帯を覆うほどの雨雲は、わずかに潮のにおいを含む。



ーーーーーー竜は、再び咆哮した。


怒りでない、嘆きでもない


なぜ、忘れていたのだろう。と


竜は天を見上げた。
その鱗は腐敗の影を受けつつも、かつての深い青がところどころ煌めく。
羽根の端が破れても光を反射し、まるで水面に揺れる光のようだった。


【宗士郎…  あぁ……そうだった 】


とても美しいセイレーン達が歌う、海だった。
我は海の覇者、暴君として君臨していた。
それが……たった数年、人間らとともに旅をした。
海に最も愛おしい存在を、残したまま……。


なぜ、忘れていたのだろう。


歓喜の咆哮は力強く、優雅で、威厳に満ちた。それは過去の「王」としての美しさを感じさせる。

だが……優しい雨に打たれて、体はぼろぼろと崩れ落ちる。

それでも顔を上げ、鼻先から浴びる雨粒を感じる。



『誓った、……また……宗士郎と、会う為に』

あやつが姿を消した場所に、いつしか同じ匂いがする不思議な形をした石塊が現れた。
それを、友の墓標と知り……心に決めた。


なぜ、忘れていたのだろう。


…… この場所を護ると誓った。



あぁ… そうだ

まだ、友との再会を果たせてはいない。



「いままで、ありがとう。それと…ごめんなさい、貴方を傷つけるつもりはなかったんだ」


「ありがとうございました」


ほんの少し手を伸ばせば殺せる、弱い、弱すぎる人間だ。

しかし、もういいのか?


『ーーもういいのか、宗士郎』


いつまでも待つと約束したのに
ここに、お前を一人にしてしまう。

「ソレ」の顔は、記憶の面影とは似てはいない。
しかし、目の前の人間
シオウは笑って、「いいよ」と言う。

笑った顔が、あまりにも似ていた。



「『海(うち)に帰りましょう』」



リン……と、歌う声がしたとき、ようやく終わりを悟った。


王龍は安らかに目を閉じ、静かに頭を地面に伏せるように下げた。
自分の急所を晒し、終わらせてほしいと切望する姿を。


光の見えない目で、確かに光を見た。



ひかり輝く 銀色を

















何も見えない



しかし、光を見た


仲間のあきれた笑い声を、そして、懐かしい海を。

リンッ……

聞こえた音に振り返れば、


両手を伸ばす 愛しいセイレーンが



『おかえりなさい、王よ』


ああ、レイ。
そこにいたのか。



王は、いま帰還した。





 



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