北国の王は運命のうさぎが愛おしい

田舎

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 王様からの贈り物




北の王・セーヴェルは、静かに悔いている。
まだ兎種のΩ――リュトを、北の国へ連れ帰ってしまったことを。


「……はぁ」

いくら彼が『運命の番』であっても、していいことと悪いことがある。
―――分かっている。
だがセーヴェルは、考えるより先に行動してしまった。
今のところリュトは「運命」など自覚していないようだが、それは北の国へ連れてこられた精神的重圧《ストレス》のせいだとセーヴェルは考えていた。
それにリュトの出生だけでなく、今まで発情をしたことがないことも書類で確認してある。


か弱い兎種だ。きっと、まだ親元で暮らしたかっただろう…。

それでも…… 黄金の国で、リュトを見つけたあの瞬間だ。

セーヴェルは、一目で心を奪われた。

リュトと同じ空間にいるだけで心が落ち着き、満たされる。
守りたい。愛したい。
――泣かせたくない。

「……泣かせたくない、か」

ギシッと、執務室の静寂の中、椅子の背もたれが軋んだ。

(いや、それは無理だろう)

思い出すだけで不愉快になる。生まれながら嗅覚が優れていたセーヴェルが反応したのは、リュトの前にいた騎士だ。その獣人から、”禁じられた薬物”の匂いを嗅ぎ取った。
オメガ性に、番の支配や従属を強めるために闇で使われるものだ。

―――その怒りで、つい… リュトがいる前で騎士を殴り飛ばしてしまった。


(……怖がらせた)

あの時のことを思い出して、ズンと心が重く沈む。
リュトは初めてαの威圧を浴びたのだろう。
かわいそうにその場で力を失い――気を失ってしまった。

「はぁ…」

兎種から見れば、デカいだけの、不愛想な――白熊だ。
もしもリュトが故郷である黄金の国へ帰りたいと願うならば、しょうがない。
すぐには無理でも、いずれ受け入れるつもりでいる。
が、

(嫌われたくない)

むしろ、仲良くなりたいと……柄にもなく、そんな思いばかりだ。

リュトの日々の様子は、ハインやメイドたちからも報告されている。
緊張させてしまうことを恐れ、セーヴェルは必要以上の接触を控えていたが、


『王様、明日……一緒に、ピクニックしませんか?』

―――分かっている。
立場の曖昧さに不安を抱えたリュトが、会話を求めているのだと。

それでも。

ほんの少しでいい。


――その時までは、そばにいてほしいのだ。








城の広い厨房で、リュトは微笑んだ。
やわらかなパンのサンドイッチに、クローバーのサラダ。
ニンジンのスープと、木の実の焼き菓子たち。

「あと、紅茶も用意しなきゃ」

どこに入れようかな、と大きなバスケットを前に首を傾げる。
短い尻尾が、嬉しさのままにぴょこぴょこと揺れていた。

「リュト様、今朝は一段とご機嫌ですね」
「はいっ! 今日は王様と外で食べるんです!」
「おや、そうでしたか」

昨日の昼、執務室でのことだ。
オレが勇気を出して誘うと、王様は優しく頷いてくれた。
嬉しくて……料理長さんにお願いして、特別に厨房の一角を借りたのだ。

「せっかくです、ハイン様も一緒にどうですか?」
「あ…。申し訳ございません。他に予定がありますので」
「そうですか…」
「天気も良いです。楽しんでくださいね」
「! ありがとうございます!」

王様と一緒に食事をするのは久しぶりなんだ。
何を話そうか楽しみで……昨夜からずっと胸が弾んでいた。

「きっと王様はたくさん食べますよね。これで足りるかな?お肉も、もっとあったほうが嬉しいでしょうか?」
「リュト様は、王のことをよく考えてくださっているのですね」
「えへへ」

おいしいと言ってもらえると、――王様に、笑ってもらいたいな。

ハインさんの助言を借りて、リュトの特製お弁当が完成した。



(はやくお昼にならないかな)


待ちわびる約束の時間が近づいた――その時。


ゴロゴロゴロ……

空が低く唸り、直後に雨が降り出した。


「……残念。ピクニックどころじゃ、なくなりましたね」
「リュト」

しょんぼりと耳を垂らすリュトに、セーヴェルは言った。

「あ、でも大丈夫です! お城の中でも、楽しいです!」
「そんなに肩を落とすな。いい場所がある」

「王様?」





巨大なガラスのドーム。
内部は暖かく、柔らかな光に満ちている。


「わぁ……! なんですか、ここは!?」

青々とした葉、花、草――
まるで植物の楽園だった。
雨を忘れるほどの、やさしい空間にリュトの心も浮き立つ。


「ずっと昔に、母が使っていた温室だ。今は使われていなかったが、お前のために整備させていた」
「……? オレのために?」
「ああ。リュトに、この場所を贈ろう」

――え!?

突然の言葉に、リュトの耳がぴくりと立つ。
そのまま固まり、次いで慌てて首を振った。

「え、えとっ……そんな…! こんな素敵な場所を頂くなんて…」

どう受け取ればいいのか分からない。
戸惑いと恐縮で、完全に狼狽えている。
その姿に、セーヴェルはわずかに視線を伏せた。

「気に入らなかったか?」
「と、とんでもないです! ここは土もよくて、ここに畑を作りたいくらいです!」
「ははは、そうか。気に入ったのなら、たまにでいい。遠慮なく使ってくれ」

城の敷地に畑など前代未聞だ。
それでもリュトならば、大切に使ってくれるだろうとセーヴェルは思った。

「ふふ。大事に、いっぱい使います! でも、こんなに素敵な場所を独り占めはできないので、みなさんも使ってくださいね」
「お前のためにと言っただろ…」

しかしリュトの目的は、それではない。
ぱっと顔を輝かせ、リュトは気に入った場所にシーツを広げて誘う。


「さあ、楽しいピクニックです!」
「ああ。楽しみだ」

バスケットの料理は、まだほんのり温かい。

温室の柔らかな光の中。
王と向かい合って座り、念願の昼食を頬張る。

その時間を、心の底から楽しんでいた。


――自分がここにいることが、
セーヴェル王にとってどれほど特別なのかも知らずに。



end
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