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リュトと甘いもの
北の国へ来た兎種のΩ・リュト。
長い耳にふわふわの尻尾、小柄な体躯ということもあってか、城の使用人たちにも殊のほか可愛がられていた。
『リュト様、焼き菓子をどうぞ』
『こちらも本日届いた蜂蜜菓子でございますよ』
次々と差し出される菓子類にリュトはぱっと顔を輝かせる。
耳がぴんと立ち、尻尾が小刻みに揺れる。
「わあ……いいんですか?」
「もちろんですとも」
けれど、たくさん貰ってもすぐには食べきれない。
残りは巣穴――すなわちクローゼットへ持ち帰り、宝物のように大切に隠しておくのだ。
「ふぁあ……おいしい~…!」
夜中、こっそり取り出して、一口、二口、三口。
ぷく、ぷく。
ぴっぴ。
頬を緩め、目を細め、幸福を噛みしめる。
しかし、そんな生活を続けていれば当然――。
虫歯が、できた。
◇
「セーヴェル王、どうかお堪えください。リュト様は重症ではございません」
「……なに?」
診察室の外。
冷たい石壁と薬品の匂いが満ちる廊下で、セーヴェルの声は低く落ちた。
待合椅子に座るリュトを膝に抱えたまま、王は微動だにしない。
治療が怖いのだろう。腕の中のリュトは、小さく震えている。
「今日の治療が終われば食事に支障が出ることはないでしょう。他にも小さな虫歯はありますが、少しずつ良くしていきましょう」
「……」
ぴ、ぴぃ……
怯えきった気配が腕越しに伝わる。
「怯えているではないか」
リュトはセーヴェルの外套をぎゅっと掴んで離さない。
全身で恐怖を訴えているのが分かる。
「す、すみません……王様、オレは……」
「リュト様も心配なさらず。痛みのないよう麻酔は十分に致します」
「は、はい……」
びくびくしながらも素直に頷くリュト。
その様子に、セーヴェルの眉間の皺が深くなる。
「頑張った褒美は――」
「ダメです。甘いもの禁止です」
白狐のハインが即座に遮断した。
「………」
「………」
白熊と白狐の無言の対峙。
その腕の中で、兎が小さく縮こまる。
◇
「――王様!」
治療を終えたリュトが耳をぴんと立てて、ぱたぱたと駆けてきた。
「平気か」
「はい!麻酔のおかげで全然痛くありませんでしたし、先生もとてもお優しい方でした!」
ほっと息を吐くセーヴェル。
だがハインは見ていた。
リュトが終始王の手を握りしめていたこと。
そしてセーヴェルが歯科医へ向けていた無言の圧を。
――『絶対に痛くするな』
守銭奴のハインが特別報酬を出したほど、あの歯科医には同情せざるを得なかった。
後日。
王の執務室。
今日も暖炉の火が静かに揺れ、羊皮紙の匂いが漂っている中、
「……ハイン」
「はい」
「夕食には焼き林檎のパイを」
「まだ甘味は控えてください」
「一口くらいならば」
「ダメです」
即断である。
と、そのとき。
こんこん、と控えめなノック。
「―――王様、入ってもいいですか?」
扉が開き、リュトが顔を覗かせる。
虫歯が治った報告と、治療費の相談に来たらしい。
黄金の国で医者にかかれば高額だ。リュトはずっと、痛みの不安より請求額のほうで怯えていたらしい。
その費用の話については、簡潔にハインが説明をしてくれた。
「それよりリュト。もう痛みはないか?」
「は、はい! 寝る前に甘いものは食べてませんし、王様のご指導のおかげで歯磨きも上達しました。ほら」
見てください!と、リュトは口を大きく開けた。
小さな口腔。
白い歯。
赤い舌。
――喉の奥まで。
「はっ!?」
その瞬間、セーヴェルは椅子から滑り落ちかけ、ハインは静かに顔を覆った。
「口を閉じてください、リュト様。口腔環境の改善は喜ばしいことですが、セーヴェル王が保ちません」
「え?でも、ちゃんと磨けるようになりました…」
しょん、とリュトの長い耳が垂れる。
悪気はない。
ただ王様に、褒められたかっただけ。
その純粋さが、セーヴェルの理性をさらに削った。
「……だめだ」
セーヴェルは低く呟く。
「ハイン、頼む。今すぐ焼き林檎パイの用意をしろ」
「ですのでまだ甘味は」
「許せ、今回ばかりは」
―――でなければ、どうにかしてしまいそうだ。
それに、“焼き林檎”という単語に反応して耳と尻尾を小刻みに揺らしているリュトがいる。
「甘いのは俺だ」
――――――――――――――――――
リュトの歯磨きの成果ひとつで、
北の国の王・セーヴェルが理性の臨界点まで追い込まれたそうです。
長い耳にふわふわの尻尾、小柄な体躯ということもあってか、城の使用人たちにも殊のほか可愛がられていた。
『リュト様、焼き菓子をどうぞ』
『こちらも本日届いた蜂蜜菓子でございますよ』
次々と差し出される菓子類にリュトはぱっと顔を輝かせる。
耳がぴんと立ち、尻尾が小刻みに揺れる。
「わあ……いいんですか?」
「もちろんですとも」
けれど、たくさん貰ってもすぐには食べきれない。
残りは巣穴――すなわちクローゼットへ持ち帰り、宝物のように大切に隠しておくのだ。
「ふぁあ……おいしい~…!」
夜中、こっそり取り出して、一口、二口、三口。
ぷく、ぷく。
ぴっぴ。
頬を緩め、目を細め、幸福を噛みしめる。
しかし、そんな生活を続けていれば当然――。
虫歯が、できた。
◇
「セーヴェル王、どうかお堪えください。リュト様は重症ではございません」
「……なに?」
診察室の外。
冷たい石壁と薬品の匂いが満ちる廊下で、セーヴェルの声は低く落ちた。
待合椅子に座るリュトを膝に抱えたまま、王は微動だにしない。
治療が怖いのだろう。腕の中のリュトは、小さく震えている。
「今日の治療が終われば食事に支障が出ることはないでしょう。他にも小さな虫歯はありますが、少しずつ良くしていきましょう」
「……」
ぴ、ぴぃ……
怯えきった気配が腕越しに伝わる。
「怯えているではないか」
リュトはセーヴェルの外套をぎゅっと掴んで離さない。
全身で恐怖を訴えているのが分かる。
「す、すみません……王様、オレは……」
「リュト様も心配なさらず。痛みのないよう麻酔は十分に致します」
「は、はい……」
びくびくしながらも素直に頷くリュト。
その様子に、セーヴェルの眉間の皺が深くなる。
「頑張った褒美は――」
「ダメです。甘いもの禁止です」
白狐のハインが即座に遮断した。
「………」
「………」
白熊と白狐の無言の対峙。
その腕の中で、兎が小さく縮こまる。
◇
「――王様!」
治療を終えたリュトが耳をぴんと立てて、ぱたぱたと駆けてきた。
「平気か」
「はい!麻酔のおかげで全然痛くありませんでしたし、先生もとてもお優しい方でした!」
ほっと息を吐くセーヴェル。
だがハインは見ていた。
リュトが終始王の手を握りしめていたこと。
そしてセーヴェルが歯科医へ向けていた無言の圧を。
――『絶対に痛くするな』
守銭奴のハインが特別報酬を出したほど、あの歯科医には同情せざるを得なかった。
後日。
王の執務室。
今日も暖炉の火が静かに揺れ、羊皮紙の匂いが漂っている中、
「……ハイン」
「はい」
「夕食には焼き林檎のパイを」
「まだ甘味は控えてください」
「一口くらいならば」
「ダメです」
即断である。
と、そのとき。
こんこん、と控えめなノック。
「―――王様、入ってもいいですか?」
扉が開き、リュトが顔を覗かせる。
虫歯が治った報告と、治療費の相談に来たらしい。
黄金の国で医者にかかれば高額だ。リュトはずっと、痛みの不安より請求額のほうで怯えていたらしい。
その費用の話については、簡潔にハインが説明をしてくれた。
「それよりリュト。もう痛みはないか?」
「は、はい! 寝る前に甘いものは食べてませんし、王様のご指導のおかげで歯磨きも上達しました。ほら」
見てください!と、リュトは口を大きく開けた。
小さな口腔。
白い歯。
赤い舌。
――喉の奥まで。
「はっ!?」
その瞬間、セーヴェルは椅子から滑り落ちかけ、ハインは静かに顔を覆った。
「口を閉じてください、リュト様。口腔環境の改善は喜ばしいことですが、セーヴェル王が保ちません」
「え?でも、ちゃんと磨けるようになりました…」
しょん、とリュトの長い耳が垂れる。
悪気はない。
ただ王様に、褒められたかっただけ。
その純粋さが、セーヴェルの理性をさらに削った。
「……だめだ」
セーヴェルは低く呟く。
「ハイン、頼む。今すぐ焼き林檎パイの用意をしろ」
「ですのでまだ甘味は」
「許せ、今回ばかりは」
―――でなければ、どうにかしてしまいそうだ。
それに、“焼き林檎”という単語に反応して耳と尻尾を小刻みに揺らしているリュトがいる。
「甘いのは俺だ」
――――――――――――――――――
リュトの歯磨きの成果ひとつで、
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