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観柳斎暗殺指令
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昨年から工事にかかっていた、不動村の屯所がついに完成した。
これは巷間言われている西本願寺が新選組追い出しのために作ったものではなく、新選組が幕臣となることによって幕府が費用を拠出して建てたものである。
十万石大名の上屋敷に相当すると言われるくらい巨大豪勢なもので、局長をはじめ助勤幹部から伍長に至るまで個室がある。
俺も十畳間を与えられた。
寝て座るだけの部屋に、こんな贅沢なものはいらない。
庭さえ見えれば、四畳半で十分だ。
ミケのために、庭は絶対欠かせないが。
土方さんに呼ばれた。
行って見て、その部屋の豪華さに度肝を抜かれた。
控えの間つきで三間もある。
俺がしきりと部屋の中を見回していると、土方さんが言った。
「武田を斬れ」
聞こえないふりをして、俺は欄間を見上げていた。
「伊東らと合流しようとして失敗し、薩摩に泣きついたらしい」
また俺かよ!
どうして斉藤や永倉を使わない!
「不満なのは分かるが、俺の指示でやるとなると外の連中には任せられん」
「土方さん、自分でやったらいいでしよう。もう随分人を斬ってないはずだ」
土方さんは俺をにらんだ。
「総司、お前本気で言ってるのか!」
気持ちは分かる。
局長の近藤さんは容保や佐幕派の大名らとの会合で、連日二条城へ通い組の運営はすべて土方さんが仕切っている。
隊士の数も三百人近くに増え、もう壬生の頃の新選組とは違う。
土方さんが屯所を空けられないくらい俺もよく知っている。
だが、先日会津本陣で茨木たちを片づけたばかりであり、皮肉のひとつも言いたくなる。
それに武田観柳斎は新選組生え抜きの大幹部で、これを斬ると言うのはただ事ではない。
「俺に出来るくらいなら、頼みはせん!」
その通りだった。
それもよく分かっている。
だが、ミケの身にもなってもらいたい。
好きな俺が血の臭いをさせて戻って来る。
とても一緒に寝ることなど、できはないだろう。
これがつづくようなら、俺の元からミケは出て行くかも知れない。
折角居ついてくれたと言うのに。
「なぜ出来ない!理由を言え!場合によっては、命令不服従で隊規に問う!」
土方さんは本気だ。
俺も本気で言う。
「ミケが嫌がるからです」
一瞬、間があった。
「ミケと言ったな!なんだ、それは」
「俺の猫です」
土方さんは唸って腕組みした。
「猫か!・・・猫が嫌がるか」
俺が三毛猫を飼っているのを、土方さんは知っていた。
「血の臭いに敏感です。人を斬って来た日は、俺に寄り付かない」
土方さんがつぶやいた。
「そうか、それは問題だな」
俺は驚いて土方さんを見た。
そんなことを言うとは、夢にも思っていなかったからだ。
「任務の邪魔をする猫なら、俺が叩き斬ってやる!」
ぐらいのことを言われると思っていた。
俺は近藤さんや他の隊士のように、女遊びをしない。
彼らは見回りで斬り合いがあった後、きまって血の穢れを落とすと称して吉原で女を抱く。
土方さんは、それをよく知っている。
俺が人を斬った血の穢れは、ミケが癒してくれる。
ミケはそれほど俺に取って大切な存在なのだ。
「お前が何日か任務をする間、猫を八木邸のおかみに預かってもらおう。おかみは猫好きだし、きっと承知してくれる」
土方さんにも似合わない心遣いだった。
新選組鬼の副長ではなく、多摩の頃の彼を想いだす。
「俺がおかみに直接頼んでやる」
俺は武田の暗殺を、引き受けざるを得なかった。
武田は智に長けた男だ。
一筋縄ではいかない。
これは巷間言われている西本願寺が新選組追い出しのために作ったものではなく、新選組が幕臣となることによって幕府が費用を拠出して建てたものである。
十万石大名の上屋敷に相当すると言われるくらい巨大豪勢なもので、局長をはじめ助勤幹部から伍長に至るまで個室がある。
俺も十畳間を与えられた。
寝て座るだけの部屋に、こんな贅沢なものはいらない。
庭さえ見えれば、四畳半で十分だ。
ミケのために、庭は絶対欠かせないが。
土方さんに呼ばれた。
行って見て、その部屋の豪華さに度肝を抜かれた。
控えの間つきで三間もある。
俺がしきりと部屋の中を見回していると、土方さんが言った。
「武田を斬れ」
聞こえないふりをして、俺は欄間を見上げていた。
「伊東らと合流しようとして失敗し、薩摩に泣きついたらしい」
また俺かよ!
どうして斉藤や永倉を使わない!
「不満なのは分かるが、俺の指示でやるとなると外の連中には任せられん」
「土方さん、自分でやったらいいでしよう。もう随分人を斬ってないはずだ」
土方さんは俺をにらんだ。
「総司、お前本気で言ってるのか!」
気持ちは分かる。
局長の近藤さんは容保や佐幕派の大名らとの会合で、連日二条城へ通い組の運営はすべて土方さんが仕切っている。
隊士の数も三百人近くに増え、もう壬生の頃の新選組とは違う。
土方さんが屯所を空けられないくらい俺もよく知っている。
だが、先日会津本陣で茨木たちを片づけたばかりであり、皮肉のひとつも言いたくなる。
それに武田観柳斎は新選組生え抜きの大幹部で、これを斬ると言うのはただ事ではない。
「俺に出来るくらいなら、頼みはせん!」
その通りだった。
それもよく分かっている。
だが、ミケの身にもなってもらいたい。
好きな俺が血の臭いをさせて戻って来る。
とても一緒に寝ることなど、できはないだろう。
これがつづくようなら、俺の元からミケは出て行くかも知れない。
折角居ついてくれたと言うのに。
「なぜ出来ない!理由を言え!場合によっては、命令不服従で隊規に問う!」
土方さんは本気だ。
俺も本気で言う。
「ミケが嫌がるからです」
一瞬、間があった。
「ミケと言ったな!なんだ、それは」
「俺の猫です」
土方さんは唸って腕組みした。
「猫か!・・・猫が嫌がるか」
俺が三毛猫を飼っているのを、土方さんは知っていた。
「血の臭いに敏感です。人を斬って来た日は、俺に寄り付かない」
土方さんがつぶやいた。
「そうか、それは問題だな」
俺は驚いて土方さんを見た。
そんなことを言うとは、夢にも思っていなかったからだ。
「任務の邪魔をする猫なら、俺が叩き斬ってやる!」
ぐらいのことを言われると思っていた。
俺は近藤さんや他の隊士のように、女遊びをしない。
彼らは見回りで斬り合いがあった後、きまって血の穢れを落とすと称して吉原で女を抱く。
土方さんは、それをよく知っている。
俺が人を斬った血の穢れは、ミケが癒してくれる。
ミケはそれほど俺に取って大切な存在なのだ。
「お前が何日か任務をする間、猫を八木邸のおかみに預かってもらおう。おかみは猫好きだし、きっと承知してくれる」
土方さんにも似合わない心遣いだった。
新選組鬼の副長ではなく、多摩の頃の彼を想いだす。
「俺がおかみに直接頼んでやる」
俺は武田の暗殺を、引き受けざるを得なかった。
武田は智に長けた男だ。
一筋縄ではいかない。
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