沖田総司が辞世の句に読んだ終生ただ一人愛した女性の名とは

工藤かずや

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死地

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伏見奉行所へ入った俺は、奥座敷の一間を与えられた。
隣の部屋には、伏見街道で鉄砲で撃たれた近藤さんがいた。
至近距離から放たれた弾は、完全に近藤さんの右肩の骨を砕き、
将軍慶喜の御典医・松本良順が弾を摘出したらしい。

かなりの重症だった。
俺は一目見て、近藤さんは二度と刀を持てまいと思った。
口に出してはいないが、土方さんも同じ思いだろう。

これは新選組が根本的に変わることを意味する。
剣客の近藤さんが鉄砲弾ひとつで剣を握れなくなった。
俺はこれに、これからの新選組の運命を重ねた。

土方さんの言葉通り、鳥羽・伏見周辺はのどかで平和だった。
指呼の距離に、幕府軍一万五千、薩長軍五千が対峙しているとはとても思えなかった。

一月だと言うのに暖かい日がつづいた。
土方さんは同じ伏見奉行所内に本陣を構える会津、桑名、幕府見廻り組との連絡や会議に忙しかった。

俺は近藤さんの部屋へ入り込んでは、多摩の頃の話や京の見回りの頃の思い出をだじゃれ交じえて話して笑わせた。
近藤さんは肩の激痛にこらえながら、苦い顔で笑った。

近藤さんは話していても、京に残してきた女たちのことが気がかりのようだった。
名前を忘れたが、そのうちの一人は近藤さんの子供を身ごもり、出産が間近なはずだった。

使いを出すことなど、とても出来ない。
近藤勇の身内の者と薩長に知れただけで、女子供でも危なかった。
鳥羽の方角から砲声が聞こえてきたのは一月五日だった。

京へ向かおうとした幕府軍が、薩摩軍に阻止され戦端が開かれた。
土方さんは戦況は幕府軍が絶対有利だと話していた。
幕府見廻り組抜刀隊が果敢に敵陣へ斬り込んで奮戦し、敵は大混乱に陥っていると言う。

これこそ、まさに我々新選組と幕府軍が狙っていたものではないか!
乱刃の白兵戦に持ち込めば、勝てると俺も確信していた。
土方さんは止めたが、俺は一番隊を集め抜刀斬り込み隊を組織していた。

近藤さんが動けない今、俺がやるしかない。
俺は絶対に助からん労咳と言う病の死地にいる。
斬り込みに、これほど打ってつけの人間はいまい。

そう言うと、土方さんは露骨に顔をしかめた。
彼は、俺が病では死なないと思っているらしい。
近藤さんと土方さんは病では絶対に死なない。

だが、間違いなく俺は労咳で死ぬ。
これは宿命だ!
鳥羽での薩長軍の砲撃が、次第にも伏見にも着弾し始めた。

幕府軍は伏見奉行所の正門を開き、斬り込みの態勢に入った。
しかし、相手が見えない。
それほど台数は多くないはずだが、彼らのアームストロング砲は射程一里(約四キロ)以上ある。

まともに撃ち合ったら、とても相手にならない化け物だ。
だが、幕府軍にも洋式砲を装備した精鋭がいるはずなのだが、まったく撃ち返す気配がない。
いないのか。

薩長軍は射程の短い幕府軍の旧砲を狙い撃ちし、破壊して来る。
射程が短くとも、大砲の援護がなければ斬り込み隊は出撃できない。
俺は一番隊の残党十五人を集めて、正門前で待機した。

伏見ではいまのところ、幕府軍と薩長軍の力は互角だが、俺は高瀬川付近で薩長軍と交戦している幕府軍と高松藩軍の戦況が気になっていた。

そこで味方が崩れると、敵は一気に援軍として伏見へ押し寄せる。
均衡が破れれば、幕府軍は後退し、崩壊する。
俺はいらいらしながら、土方さんの出撃命令を待った。
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