沖田総司が辞世の句に読んだ終生ただ一人愛した女性の名とは

工藤かずや

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総司の死

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死はなかなか訪れて来てはくれなかった。
急ぐ旅でもなし、自然に任せることにした。
ミケに会いたかったが、それはひたすら我慢する。

痛くも苦しくも、辛くもなんともない。
労咳の最後ってこんなものなのか。
ただ俺の外見は、別人のようにひどくなっているはずだ。

まさに骨と皮。
外から来た者が見たら、生きてるのが奇跡だと思うだろう。
別にこんな体で、生きていたいわけではない。
死ねないだけだ。

ミケがなぜ死んだのか分からない。
労咳ではない。
猫に労咳はうつらない。

ふだんのミケと、最後まで変わりなかった。
それが哀れで、悲しい。
兆候は必ずあったはずだ。

だが、訴えも鳴きもせず、当たり前のように従容と死に就く。
猫はいつも、人知れぬ場所でひっそり死んでいく。
しかし、必ず愛する者に別れを告げに来る。

よほど注意していないと、それと気づかぬことが多い。
哀れでもあり、その潔さが羨ましい。
猫のようになれたらと思う。

彼らには、自分の死の時ががわかるのだろう。
苦しみも恐れも訴えもせず、ごく自然に受け入れる。
だから、ミケの死を悲しんではならない。

それが俺の覚悟だ。
生きているこの瞬間がすべて!
剣を握るせいか、俺には一瞬後の死に常に備えが出来ている。

生死一如!自分の死ばかりでなく、愛するものの死にも!
だから悲しまない。
取り乱すこともない。

寝ていて、夢うつつによくミケの声を耳にした。
ミケの泣き声には全て意味があった。
お腹すいたよ、寂しいよ、嬉しいな、一緒にいてよ、愛してよ・・・そんな意味だ。

俺にはそれが分かる。
彼女との会話がうれしかった。
あの甘い鳴き声が懐かしい!

もう一度聞きたいと思う。
息遣いを感じたい。
覚悟は出来ていても、切にそう思う。

あの愛らしい体を抱きしめたい!
あの意味深な目と、じっと見つめ合いたい。
寝ながらそんなことばかり考えていた。

子供の頃、年寄りが言っていたお迎えの時が迫っている。
食欲はまったくない。、
よく生きていられると、自分でも思う。

トメばあさんは、手をつけてない食事を無言で下げ、新しい飯を置いていく。
俺が何も食わなくても、不思議ではない状態にあるのだろう。
次第に、生と死の境がなくなっていく。

夜更けに目を冷ますと、目の前にミケが座っていた。
不思議でもなんでもなかった。
ただただ嬉しかった!

夢中で抱きしめた。
あの懐かしい匂いがした。
ああ、ついにその時が来たのかと、頭のどこかで思った。

誰かが来た。
入り口で草履を脱ぎ、枕元にどっかとあぐらをかいた。
驚いたことに近藤さんだった!

甲陽鎮撫隊がどうなったか知らないが、近藤さんはまだ死んでいないはずだ。
なぜここにいる!
気がつくと、山南、山崎、井上,藤堂、河合となんと伊東、芹沢までいる。
すべて死者だ。

呉越同舟、俺と剣を合わせたやつも一緒だ。
ここで俺は、近藤さんの死を認めざるを得なくなった。
土方さん、永倉、斎藤、島田らの姿はない。
生死紙一重の修羅のちまたで、今日も剣を振るっているのか。

斬る者も斬られる者もどうせ逝く場所が同じなら、なぜその修羅の虚しさに気づかぬか。
そう言う俺も、こうなったからこそ分かるのだが。
だから・・・この宴が嬉しい。

俺はミケを抱いてみんなを見回した。
本当に、全員が死者なのか。
なぜ、俺のところへ来てくれた。

・・・分かった!
俺が何よりもミケを愛したからだ。
人間の女とは縁がなかったが、ミケだけは心から愛した。

人を斬りながらもミケを愛した。
みんなに取って俺は人斬りだが、多分愛の人なのだ。
その強い強い愛にひかれたのだ。

全員が笑っている。
刀を持ってるやつなど一人もいない。
前世・現世は選べないが、来世は選べると輪廻転生を説いた書で読んだことがある。


これだけ人を斬った俺に、解脱は有り得ない。
なれば、俺はミケを抱いて来世は新撰組へ戻りたい。
刀は捨てる。

刀を持たずに新撰組で何ができるのか。

分からない。
分からないが、かつての仲間たちといたい。
それだけだ。

みんなといる夜更けのこの一瞬が、
未来永劫永遠の闇へとつながって行くのが分かる。
ミケと仲間、そしてかの人が・・・俺の人生のすべてと知る。

息のある内に、辞世の句をしたためておく。
「動かねば、闇にへだつや 花と水」

京の壬生にひっそりと咲く一輪の花八木邸女将お雅殿、
多摩、江戸、京都と水のように流れ歩いて戦って来た自分自身。
実の兄のように慕った土方さんにも告げなかった
愛とも呼べぬ淡い彼女への想いを、

せめて辞世に託して遺す。

沖田総司、今まさに二十六才の生涯を終えんとす。
誰にも看取られず、ただひとり死を迎える。
俺にふさわしい死だ。
不覚にも、涙が頬を伝う。
深い深い安堵が・・・心を満たす。

ああ、今一度五年前の壬生に戻れたら・・・お雅殿!


                              完
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