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3 二尺三寸一分和泉守兼定 ーお勢ー
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突然、その不安の原因に気づいた。
土方さんの刀がない!!
いつもは愛刀和泉守兼定の大刀が、床の間の刀架けにある。
それがない!
副長自慢の二尺三寸一分の業ものだ。
背中に戦慄が走った!
私はあわてて目で刀を探した。
なんと、兼定は副長の左脇に置かれていた。
私は総毛だった!
だってそうだろ!
お侍は敵と相対する時、刀を左に置くって言う。
それくらいは、賄い方の私だって知ってる。
私と豪志さんは敵か!
二人を斬ろうとしてんのか。
逃げよう!
けど、副長と私の距離は四尺もない!体が動かい。
副長が刀を抜いて手を伸ばせば、私に確実に届く。
体中から脂汗が吹き出した。
豪志さんの様子をうかがうと、平然としている。
笑顔さえ浮かべてる。
彼は脇差しか差していない。
斬り合ったら、土方さんにかないっこない。
なのに平然としている。
私はいま気づいたのだが、豪志さんは
部屋へ入った時からこの状況に気が付いていたはずだ。
なのに、なんで笑ってなんかいられるんだ!
お侍ってのは化けもんだ!
いつもは偉ぶらないし、
私たち賄いの人間と少しも変わらない。
なのに、刀とか斬り合いになったら普通じゃなくなる。
人を斬ることも斬られることも
なんとも思っちゃいない。
それが、お侍って人種の怖いところで、
私たちには絶対理解できないことだ。
まるで死ぬことを、台所で柄杓一杯の
水を飲むかのように簡単にやる。
犬だって猫だって、自分が殺されそうになったら
死に物狂いで抵抗するだろう。
いかに好きな飼い主にだって、生き死にの時は牙を剥く。
いつもの習慣事のように
冷静に死と向き合うのはお侍だげ。
土方さんが刀を抜いたら、
一瞬で二人とも生きてはいられない。
もう私は話どころじゃなかった。
土方さんの刀が気になって気になって、
顔面蒼白になるのが分かった。
けど、なぜ私らを斬るんだよ。
お武家のやることは、ほんと分からない。
「お勢の価値はそれだけではない」
上機嫌で副長はつづけた。
「文久三年月四月に、お勢の協力で賄い方が始まって以来、
元治元年六月九日の今日に至るまで、賄いの献立は七百種類を超えているはずだ。
同じ献立があるにしても数百種類はある」
おかしなことを言うね。
献立がどうかしたんかい。
「お勢の驚くべき力は、その献立のすべてを正確に記憶していることだ。
ただの一度も同じ献立が出て来たこちがない!」
そう言われりゃそうだけど、それがそんなに驚くことかい。
「それは凄いですね!!」
豪志さんが唸った。
「この稀有な記憶力は驚嘆に値する!会津が紹介してくれた賄い方だけのことはある!!」
いいから、その刀を早く何とかしてくおくれてんだよ!
褒められたってちっとも嬉しかない!
その刀、なんとか言ったね。
そうだ、和泉守兼定に尺三寸一分だった。
土方さん自慢の刀だ。
刀は武士の魂って聞くけど、
自分の魂で相手の命とってどうすんだい!
なんか、私ゃ腹が立って来た。
土方さんの刀がない!!
いつもは愛刀和泉守兼定の大刀が、床の間の刀架けにある。
それがない!
副長自慢の二尺三寸一分の業ものだ。
背中に戦慄が走った!
私はあわてて目で刀を探した。
なんと、兼定は副長の左脇に置かれていた。
私は総毛だった!
だってそうだろ!
お侍は敵と相対する時、刀を左に置くって言う。
それくらいは、賄い方の私だって知ってる。
私と豪志さんは敵か!
二人を斬ろうとしてんのか。
逃げよう!
けど、副長と私の距離は四尺もない!体が動かい。
副長が刀を抜いて手を伸ばせば、私に確実に届く。
体中から脂汗が吹き出した。
豪志さんの様子をうかがうと、平然としている。
笑顔さえ浮かべてる。
彼は脇差しか差していない。
斬り合ったら、土方さんにかないっこない。
なのに平然としている。
私はいま気づいたのだが、豪志さんは
部屋へ入った時からこの状況に気が付いていたはずだ。
なのに、なんで笑ってなんかいられるんだ!
お侍ってのは化けもんだ!
いつもは偉ぶらないし、
私たち賄いの人間と少しも変わらない。
なのに、刀とか斬り合いになったら普通じゃなくなる。
人を斬ることも斬られることも
なんとも思っちゃいない。
それが、お侍って人種の怖いところで、
私たちには絶対理解できないことだ。
まるで死ぬことを、台所で柄杓一杯の
水を飲むかのように簡単にやる。
犬だって猫だって、自分が殺されそうになったら
死に物狂いで抵抗するだろう。
いかに好きな飼い主にだって、生き死にの時は牙を剥く。
いつもの習慣事のように
冷静に死と向き合うのはお侍だげ。
土方さんが刀を抜いたら、
一瞬で二人とも生きてはいられない。
もう私は話どころじゃなかった。
土方さんの刀が気になって気になって、
顔面蒼白になるのが分かった。
けど、なぜ私らを斬るんだよ。
お武家のやることは、ほんと分からない。
「お勢の価値はそれだけではない」
上機嫌で副長はつづけた。
「文久三年月四月に、お勢の協力で賄い方が始まって以来、
元治元年六月九日の今日に至るまで、賄いの献立は七百種類を超えているはずだ。
同じ献立があるにしても数百種類はある」
おかしなことを言うね。
献立がどうかしたんかい。
「お勢の驚くべき力は、その献立のすべてを正確に記憶していることだ。
ただの一度も同じ献立が出て来たこちがない!」
そう言われりゃそうだけど、それがそんなに驚くことかい。
「それは凄いですね!!」
豪志さんが唸った。
「この稀有な記憶力は驚嘆に値する!会津が紹介してくれた賄い方だけのことはある!!」
いいから、その刀を早く何とかしてくおくれてんだよ!
褒められたってちっとも嬉しかない!
その刀、なんとか言ったね。
そうだ、和泉守兼定に尺三寸一分だった。
土方さん自慢の刀だ。
刀は武士の魂って聞くけど、
自分の魂で相手の命とってどうすんだい!
なんか、私ゃ腹が立って来た。
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