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6 竜馬斬撃

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土方が竜馬に会ってから三日後、
幕府は大政奉還を決行し薩長同盟がいよいよ現実味を帯びて来た
土方は近藤、会津藩との対応に忙しく、竜馬のことはすっかり総司に任せていた。

近藤の部屋を出て自室へ戻ろうとすると、
廊下に総司がいるのに気づいた。
総司は激しく咳き込んでいる。

「総司」
土方は呼びかけた。
こんな時間になぜここにいる。

竜馬の警護はどうなってる。
「ああ、土方さん」
総司は激しい咳をしながらやっと答えた。

病気が進んでいる、と思った。
「竜馬さんは今夜、人に会うので行けないんです。
町方に見張りさせていますから、大丈夫です」

「そんなことより、お前の体だ!寝ていろ!」
「彼にもしものことがあっら、
土方さんが頼んだことも駄目になるなんですよ」

その通りだった。
スペンサー騎兵銃二百挺!
それが新選組の命運を決める。

土方は人の手に自分の運命を委ねたことがない。
竜馬には、どうしても生きていてもらわなければ困る!
それは総司も痛いほどよくわかっていた。

「竜馬は今夜、誰と会うのだ」
「陸援隊の中岡慎太郎と言ってました」
土方は呻いた。

「まずいな。倒幕の急先鋒だ!」
「土蔵では寒すぎるので、
母屋の二階へ移るとも言ってました」

「それは、もっとまずい!!」
土方は呟いて玄関へ向かった。
「どこへ行くんです!」

「近江屋だ!竜馬がやられる!」
一緒に急ぎながら言う総司。
「中岡は竜馬と血盟の友です!まさか彼が!!」

「中岡は血の気の多い男で、敵を作ると聞いている!
竜馬を狙うやつらは、中岡を道連れに海援隊と陸援隊の潰す絶好の機会だ!」
「しかし、腕の立つこの二人を相手にするのは大変ですよ!!」

「お前は居合の怖さを知らぬ!母屋の二階はおそらく六畳間だ。
火鉢を間に竜馬と中岡は、向かい合って座る。侵入者が居合遣いの手練れなら、
二人を同時に一瞬で仕留めるのは造作もないことだ!」

「まさか・・・!」
「立ち合いではない居合は、こんな時にためにある!
座ったままの二人を同時に斬る居合の技はごまんとある!
恐らく竜馬は、ビストルを抜く暇もあるまい!」

「俺、これから行きます!!」
「駄目だ!俺が行く!」
土方の声より先に、総司が玄関を飛び出す。

「総司!!待て!」
総司の姿が暗闇に消える。
「どうした!」

振り向くと、背後に近藤が立っている。
「総司がどうした!」
「いや、なんでもない。竜馬の護衛です」
近藤が憤懣やるかたないように呻く。

「我々が公武合体を模索し、徳川の生き残る道を探している最中に、
慶喜公は先手を打つように大政奉還を強行した!
岩倉、西郷、木戸らはほくそ笑んでいる!」

「これからどうなるんです」
「薩長と旧幕軍の戦闘だ!大阪・京が戦場になる」
土方がつぶやく。
「今、竜馬に死なれては困る!!」

総司は必死で、暗い五条通りを走っていた。
咳き込むたびに、なんども熱いものがこみ上げてくる。
まずい!大喀血したら昏倒する。

それでも総司は、走るのをやめなかった。
竜馬の命だけでなく、土方さんの夢がかかっている!
新選組の将来がかかっている!

走るのをやめるわけにはいかない!
突然、火のように熱いものが喉を上がってきた。
咳とともに、大量の鮮血が総司の口からとばしり出た。

息が詰まった。
よろめきながら民家の塀にすがった。
限界だった。

もう一歩も歩けなかった。
意識を失いながら、塀にすがりついたまま崩れた。
「竜馬・・・!」

近江屋を訪れた十津川郷士と名乗る男は、巧妙だった。
居合の技にも長けていた。音もなく竜馬と中岡の居る部屋へ入って正座し、
「坂本先生、お久しぶりです」と丁重に二人に声を掛けた。

男は竜馬の顔を知らぬのだ。
竜馬が男を見る。
「はて、どなたかな!」
こいつが竜馬だ!

男の左手が刀の鯉口にかかると同時に、
右膝を立て電光石化刀を水平に抜き放つ。
居合の基本中の基本型である。伸びた二尺三寸の刀身が竜馬の眉間を深く割る。

間髪を容れず、体勢を立て直す間を与えず竜馬を追い、
踏みこみざま二の太刀を竜馬の右袈裟へ入れる。
両方とも致命傷である。

竜馬は自慢のビストルを懐から出す間も無く、なすところなく崩れ落ちる。
狭い部屋での居合の脅威に竜馬も中岡も無知だった。居合とはこんな時のためにある。
この間数秒!全ては一瞬だった。男が部屋へ入って来た瞬間にに二人の運命は決まったのだ。

一歩遅れて部屋へ入ってきた男が、中岡を斬撃する。
竜馬が生の最後の瞬間を迎えた頃、
総司は五条通りの民家の塀の前で自ら喀血した血の海の中で昏倒していた。

竜馬に託した土方の夢は潰えた。






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