上 下
7 / 21

7 鳥羽伏見の戦い前夜

しおりを挟む
慶応四年十二月十八日、二条城の帰り道で馬上の近藤は御陵衛士の残党阿部から狙撃された。
鉄砲はゲベールらしいが、至近距離であったため近藤は右肩を粉砕されると言う重傷であった。
阿部も焦っていたのだろう。

落ち着いて至近距離へ近づくのを待って狙撃していたら、近藤の命はなかった。
当時幕府側と薩摩はいたるところで小競り合いが行われ、新選組は伏見奉行の防備を命じられていた。
近藤は付き添いの小者の機転で奉行所へ戻れたが、瀕死の重傷だった。

新選組の指揮は土方が取り、近藤は治療のため大坂城へ送られた。
大坂城にはすでに寝たきりの総司もいた。
将軍容保は大坂城から全軍の指揮をとっていた。

なぜ前線へ出ない!土方は思った。
大将が来なければ兵の士気は上がらない。
辛うじて均衡を保っていた徳川と薩摩の関係が破れたのは、
江戸から援軍として送られた数千の兵が大坂に到着した時である。

薩摩軍がこの通過を阻止し、小競り合いとなった。
この小競り合いが一挙に広がり激化したのは、援軍が淀城への入城を強行したからだ。
薩摩軍は大砲で伏見奉行所を砲撃し、会津が応援に駆けつけた。

新選組隊士はゲベール銃を持っていたが、
これを使う者はほとんどおらず壬生時代以来の刀による斬り込みを繰り返した。
ゲベール銃の扱いを本格的に受けていなかったからだ。たとえ受けていたとしても、
所詮は射程が八倍も違うスナイドルの敵ではなかった。

しかし、この時点での新選組の負傷者数は少なく、本格的な戦闘が始まった淀城攻防戦で一気に死傷者が増大した。後方に布陣していた徳川軍本隊が、それに加わった。
激戦は富ノ森と千両松で行われた。

ここで新選組の戦死者は十四名を数え、井上源三郎はここで戦死した。
土方は歯ぎしりした。
スペンサー銃さえあれば!!
新選組、会津軍の死傷者はほとんどが薩摩軍のスナイドル銃によるものであり、
新選組は無益な斬り込みを繰り返しては敗退した。

しかし、それより手がなかったからだ。
攻め込まなければスナイドル銃と大砲の一斉射撃で圧倒され、身を隠すしかすべがない。
土方はこんな戦いは初めてだった。

そのために資金を始め、用意周到な準備をして来たのに、竜馬の横死で全てが無に帰した。
奉行所が薩摩軍の手に堕ちるのは時間の問題だった。
指揮所の土方の元へ隊士の榎本がきた。

妙な人間が、面会を求めて来ていると言う。
そんな者に心当たりはなかった。
すでに薩摩軍に破壊されている正門を避け、鳥羽側の門へ来ると何とそこには男装したお慶がいた。

「なぜこんな場所へ!」
驚く土方にお慶は言った。
「竜馬さんから頼まれたものを、お届けに参りました」

背後を見ると、何と京松坂屋の紋入りの包みを大量に積んだ荷車が並んでいる。
スペンサー銃だ!!土方は直感した。
竜馬は死の前に、すでに長崎のグラバーへ手配していたのだ!

だが、それをなぜお慶が!
「竜馬さんは、あくまで京松坂屋の荷として京へ送るよう申されました。薩摩長州の検問が厳しいですから」
そうか!そこまで竜馬は考えていたのか!

長崎から銃の移動なら、薩長が見逃すはずがない。
「しかし、代金は!代金は品物と引き換えのはずだ!」
「それも竜馬さんが手配されました。もし、自分が生きていたら、
その時は歳三さんから受け取ると、笑って申されました」

土方は唇を噛んだ。
何てやつだ!何てやつなんだ!!竜馬は最初に土蔵で会ったあの時点で、すでに自分の死を覚悟していたのだ!
「暫く私も、歳三さんとご一緒することになります」

「どう言うことだ」
「グラバーさんから、スペンサーの撃ち方を徹底的に教えられました。
この連発銃はこれまでないまったく新しい方式で、ゲベール、スナイドルなどとは操作法が異なります」

「頼む!俺と我が隊の者たちは、ゲベールさえ持て余していた」
笑うお慶。
「では、ここは会津様方に任せて、一旦木津川まで引きましょう。
あの河原でなら、存分にスペンサーの練習ができます」

土方の顔がくもる。
「いや、それはまずい!会津が持つまい!新選組がここを離れるわけにはいかない!」
「ではこういたしましょう。荷を運んで来た店の若い者たちが、会津様方とここの守りにつきます。
荷を木津川まで運ぶのは、新選組のた方たちの手で」

驚く土方。
「店の若い者たちと言っても、商人たちだろう。スペンサーを撃てるのか!」
「私とともにミスター・グラバーから訓練を受けております。お任せください!」

土方は内心舌を巻いた。
お慶がこれほど腹が座って居るとは!
土方は永倉、原田、斎藤を呼んで、今のお慶との会話を告げた。

彼らも驚嘆してお慶を見つめた。
新選組隊士全員が京松坂屋の荷車を引いて奉行所を出て、
代わりにスペンサー銃を手にした十人の法被姿の若者が配置についた。

薩摩軍の攻撃は熾烈を極めた。






しおりを挟む

処理中です...