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9 十字砲火
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翌日、お慶は使用人たちに空の荷車を引かせて京へ向かった。
隊に残ることを、土方はお慶を懸命に説得したがダメだった。
二ヶ月前、夫の喜太郎が病死していたのだ。
決して病弱ではなかったが、六十五才と言う年齢からいっても心臓病による突然死は避けられなかったのだ。
お慶が店を差配していたからこそ、長崎からスペンサー百挺を店の品物として運ぶ危険なこともできたのだ。喜多郎が健在なら決して許さなかっただろう。
お慶が去って土方は、服装を完全洋装に改めた。斎藤や大石など希望者にも、古着ではあるが洋装させた。薩長軍が今回の戦さのかなり以前から、全軍が洋装であることを知っていた。
洋装の方が動きやすく、機動力に富んでいた。何より銃の扱いに適していた。
土方は夜通し、連発銃であるスペンサーを使った新戦術を考えていた。
現在、旧幕軍は総督松平定敬の元に、一万数千が二隊に別れて薩長軍と戦っていた。一隊は宇治川堤上の伏見街道を東進し、もう一隊は鳥羽街道北進していた。鳥羽側の人数は今も膨れ上がっていると聞く。だが、装備がゲベール銃ではほとんど戦力にならない。
伏見に会津隊と共に新選組がいる。
明日は京から南下して来る薩長軍と旧幕軍との間に、本格的な激戦が展開するのは必至である。薩摩主力は伏見に、長州の主力は鳥羽にいる。
まだ土方は薩摩軍しか見ていない。薩長軍の主力武器はスナイドル銃で、旧幕軍はゲベール銃である。
新選組のみが最新式の連発銃スペンサーを手にしたことを、敵味方ともにまだ知らない。
これを利用すべきだ!薩摩はゲベール相手の戦いを想定している。
「今夜、味方軍から離れよう」と土方は決めた。指揮官たる総督の了解なしの単独行動は、軍法会議ものである。現場で銃殺されても仕方ない敵前逃亡行為だ。
だが、種子島のように、筒先から火薬と弾を入れるゲベールの戦いの道連れになるのはごめんだ。深夜、百五十名の隊士に北進を命じた。永倉、斎藤たちは突然の命令に驚いた。完全な軍規違反だ。
しかし、全員が土方の命令に従った。スペンサーは百挺しかない。隊士は百五十名。銃は百名に持たせ、残り五十名は予備兵とする。薩軍と激戦となって百名の中で負傷者や死者が必ずでる。
その時、予備兵はそれに代わってスペンサーを持って戦う。それまでは伝令や土方直属の兵として温存する。
北進する旧幕軍、南進する薩摩軍。遭遇するのはどこか。難しい判断だった。伏見方面軍と鳥羽方面軍、いずれかで戦闘が始まればそれを合図に両方面軍の戦いが始まる。
土方は薩摩軍の砲撃を受けた伏見奉行所北側高台にある、龍雲寺と言う古刹に目をつけた。ここだ!ここに陣を張れば、旧幕軍本陣を眼下に一望できる。
土方は寺の背後の山に五十名、寺横の墓地に五十名の銃手を配した。山の指揮は斎藤、墓地の指揮は永倉がとる。薩摩軍主力が到着し、旧幕軍へ砲撃を開始するまで絶対に姿を見せるなと厳命した!
土方自らは予備兵五十名とともに、境内にある塔頭へ潜む。
斎藤、永倉隊の攻撃が功を奏し、敵が総崩れとなった時は抜刀して敵陣へ斬り込む。薩摩軍の数は恐らく五百を下るまい。
全ては両隊のスペンサーの威力にかかっている。明け方までに三隊は配置につき、まんじりともせずに朝を迎えた。もし、薩摩軍が龍雲寺に本陣をおかず前進したら、作戦は崩れる。その時はどうする!
名案はなかった。作戦は読みが外れるのが常である。むしろその方が多いだろう。その時はその時だ。その時こそ、土方の指揮官としての真の能力が問われる。
早朝、薩摩軍先遣隊が伏見街道を南下して来た。一時、龍雲寺にとどまったが、わずかな守備兵を残してさらに南下をする。読みは外れた。土方はすぐに伝令を走らせ、斎藤隊は薩摩軍本隊の後方を、永倉隊は離れた真横をそのまま追尾することを命じた。
新しい作戦が土方の脳裏に閃いた。後方と真横からの薩摩軍への十字砲火だ。敵は新式の大砲五門を引いている。前後を旧幕軍と土方隊に挟まれれば、動きが止まる。
突然、鳥羽方向で砲声がした。鳥羽で戦端が切られたのだ。薩摩軍本隊は龍寺へ引き返し、境内に陣を張った。五門の大砲を並べ、眼下の旧幕軍に狙いをつける。
土方は方針を変えなかった。寺の境内には五百の薩摩兵が密集している。すぐさま伝令を走らせ、作戦通り斎藤隊に後方の薩摩軍の攻撃を命じた。永倉隊は斎藤隊の銃撃によって起きる薩摩軍の混乱を待つ。
態勢を立て直し、薩摩軍が反撃に移る時が永倉隊の出番である。五十名の銃手が六度の射撃で、三百発を薩摩軍へ撃ち込む。真後ろと横からの十字砲火である。狭い境内で薩摩軍にかわす手はない。大虐殺が始まる。
斎藤隊のスペンサーによる銃撃が始まった。五十超の一斉射撃は、土方も度肝を抜かれるほど凄まじい迫力だった。眼下の敵へ全てを集中していた薩摩軍は、完全に虚を突かれた。対処法はなかった。
撃ち返そうにも、銃は単発のスナイドルである。混乱が極みに達した頃、真横の墓地に潜んでいた永倉隊が暮石を盾に射撃を開始した。龍雲寺の境内を出れば、旧幕軍が待っている。薩摩軍は進退極まった。
土方の十字砲火作戦が完全に図に当たったのだ。斬り込みの突入をすべく土方は兼定を抜き放ち、予備兵すべてがそれにならった。
隊に残ることを、土方はお慶を懸命に説得したがダメだった。
二ヶ月前、夫の喜太郎が病死していたのだ。
決して病弱ではなかったが、六十五才と言う年齢からいっても心臓病による突然死は避けられなかったのだ。
お慶が店を差配していたからこそ、長崎からスペンサー百挺を店の品物として運ぶ危険なこともできたのだ。喜多郎が健在なら決して許さなかっただろう。
お慶が去って土方は、服装を完全洋装に改めた。斎藤や大石など希望者にも、古着ではあるが洋装させた。薩長軍が今回の戦さのかなり以前から、全軍が洋装であることを知っていた。
洋装の方が動きやすく、機動力に富んでいた。何より銃の扱いに適していた。
土方は夜通し、連発銃であるスペンサーを使った新戦術を考えていた。
現在、旧幕軍は総督松平定敬の元に、一万数千が二隊に別れて薩長軍と戦っていた。一隊は宇治川堤上の伏見街道を東進し、もう一隊は鳥羽街道北進していた。鳥羽側の人数は今も膨れ上がっていると聞く。だが、装備がゲベール銃ではほとんど戦力にならない。
伏見に会津隊と共に新選組がいる。
明日は京から南下して来る薩長軍と旧幕軍との間に、本格的な激戦が展開するのは必至である。薩摩主力は伏見に、長州の主力は鳥羽にいる。
まだ土方は薩摩軍しか見ていない。薩長軍の主力武器はスナイドル銃で、旧幕軍はゲベール銃である。
新選組のみが最新式の連発銃スペンサーを手にしたことを、敵味方ともにまだ知らない。
これを利用すべきだ!薩摩はゲベール相手の戦いを想定している。
「今夜、味方軍から離れよう」と土方は決めた。指揮官たる総督の了解なしの単独行動は、軍法会議ものである。現場で銃殺されても仕方ない敵前逃亡行為だ。
だが、種子島のように、筒先から火薬と弾を入れるゲベールの戦いの道連れになるのはごめんだ。深夜、百五十名の隊士に北進を命じた。永倉、斎藤たちは突然の命令に驚いた。完全な軍規違反だ。
しかし、全員が土方の命令に従った。スペンサーは百挺しかない。隊士は百五十名。銃は百名に持たせ、残り五十名は予備兵とする。薩軍と激戦となって百名の中で負傷者や死者が必ずでる。
その時、予備兵はそれに代わってスペンサーを持って戦う。それまでは伝令や土方直属の兵として温存する。
北進する旧幕軍、南進する薩摩軍。遭遇するのはどこか。難しい判断だった。伏見方面軍と鳥羽方面軍、いずれかで戦闘が始まればそれを合図に両方面軍の戦いが始まる。
土方は薩摩軍の砲撃を受けた伏見奉行所北側高台にある、龍雲寺と言う古刹に目をつけた。ここだ!ここに陣を張れば、旧幕軍本陣を眼下に一望できる。
土方は寺の背後の山に五十名、寺横の墓地に五十名の銃手を配した。山の指揮は斎藤、墓地の指揮は永倉がとる。薩摩軍主力が到着し、旧幕軍へ砲撃を開始するまで絶対に姿を見せるなと厳命した!
土方自らは予備兵五十名とともに、境内にある塔頭へ潜む。
斎藤、永倉隊の攻撃が功を奏し、敵が総崩れとなった時は抜刀して敵陣へ斬り込む。薩摩軍の数は恐らく五百を下るまい。
全ては両隊のスペンサーの威力にかかっている。明け方までに三隊は配置につき、まんじりともせずに朝を迎えた。もし、薩摩軍が龍雲寺に本陣をおかず前進したら、作戦は崩れる。その時はどうする!
名案はなかった。作戦は読みが外れるのが常である。むしろその方が多いだろう。その時はその時だ。その時こそ、土方の指揮官としての真の能力が問われる。
早朝、薩摩軍先遣隊が伏見街道を南下して来た。一時、龍雲寺にとどまったが、わずかな守備兵を残してさらに南下をする。読みは外れた。土方はすぐに伝令を走らせ、斎藤隊は薩摩軍本隊の後方を、永倉隊は離れた真横をそのまま追尾することを命じた。
新しい作戦が土方の脳裏に閃いた。後方と真横からの薩摩軍への十字砲火だ。敵は新式の大砲五門を引いている。前後を旧幕軍と土方隊に挟まれれば、動きが止まる。
突然、鳥羽方向で砲声がした。鳥羽で戦端が切られたのだ。薩摩軍本隊は龍寺へ引き返し、境内に陣を張った。五門の大砲を並べ、眼下の旧幕軍に狙いをつける。
土方は方針を変えなかった。寺の境内には五百の薩摩兵が密集している。すぐさま伝令を走らせ、作戦通り斎藤隊に後方の薩摩軍の攻撃を命じた。永倉隊は斎藤隊の銃撃によって起きる薩摩軍の混乱を待つ。
態勢を立て直し、薩摩軍が反撃に移る時が永倉隊の出番である。五十名の銃手が六度の射撃で、三百発を薩摩軍へ撃ち込む。真後ろと横からの十字砲火である。狭い境内で薩摩軍にかわす手はない。大虐殺が始まる。
斎藤隊のスペンサーによる銃撃が始まった。五十超の一斉射撃は、土方も度肝を抜かれるほど凄まじい迫力だった。眼下の敵へ全てを集中していた薩摩軍は、完全に虚を突かれた。対処法はなかった。
撃ち返そうにも、銃は単発のスナイドルである。混乱が極みに達した頃、真横の墓地に潜んでいた永倉隊が暮石を盾に射撃を開始した。龍雲寺の境内を出れば、旧幕軍が待っている。薩摩軍は進退極まった。
土方の十字砲火作戦が完全に図に当たったのだ。斬り込みの突入をすべく土方は兼定を抜き放ち、予備兵すべてがそれにならった。
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