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10 アームストロング砲
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戦いが終わると、龍雲寺境内は薩摩兵の累々たる死体で埋まった。
酸鼻きわまる光景である。それでも百名近い薩摩兵が京へ逃げ戻ったらしい。
九州の雄藩薩摩を相手に、新選組の乾坤夷狄の大勝利である。
薩摩軍はかつてこんな屈辱的敗北を喫したことはあるまい。
土方は血刀を拭って納刀する。十人以上斬った。
逃げ腰の敵を斬るのは気が進まぬが、陣へ戻れば新たな兵として寄せてくる。
斬るしかなかった。
こう言う受け身の戦いでは、さすがの示現流もほとんどその電撃的な機能を失う。
やはりこの流派は、攻めに強いのか。
近藤がもっとも警戒するこの流派と、土方も一度立会ってみたいと思っていた。
戦況報告もしていないのに、眼下の伏見奉行所会津陣から使者が急行してきた。
「要件を問う!」と言うと使者は、ただ全軍即時撤退されよ!としか告げない。
土方は激怒した。土方隊はたったいま、薩摩軍を駆逐したばかりである。
使者は急ぎ天保山沖の開陽丸に乗船されたしと答え、
最後に小声でとんでもないことを口にした。
「薩摩は京にアームストロング砲を有しております!」
その一言に、土方はすべての状況を察した。
ここはアームストロング砲の有効射程三里(約十二キロ)内にある。
「了解した!」と答えざるを得なかった。
それを確認せずに戦闘状態に入った、こちらの失策である。
事情を知らぬ永倉、原田、斎藤らが、顔色を変えて使者に詰め寄った。
「どう言うことか!我が隊は大勝利なのに、賞賛の言葉一つなく退去せよとは何事か!」
土方は使者を返して三人に言った。
「命令どおり、すぐに撤退する!」
「いや、京へ上るべきだ!」
「即刻引き上げなければ全滅する!」
「納得できん!理由を聞こう、理由だ!!」
永倉も斎藤も本気で怒っている。
「このまま我が隊が京へ攻め込んだら、京へ行く着く前に全滅だ!」
三人は分からん!と言うように顔を見合わせた。
会津もアームストロング砲情報を今知ったのだ!
「薩摩軍の死傷者四百以上!我が隊の死傷者なし!いや、墓石で肘を擦りむいた若いのが一人いたか」
仕方なく土方は、撤退の理由を告げた。
「アームストロング砲と言うエゲレスの大砲を、薩摩は京の南端に数門持っている」
流石に斎藤も絶句した。
アームストロングを知っているのだ。
「アームストロング砲か!!」
怒りが消えていた。
「次はアームストロング砲で来る!我々にそれを避ける手がない!急がなければ全滅あるのみ」
まだ境内に残されている薩軍の砲を指す永倉。
「あれではないのか!」
苦笑する土方。
「あれは会津も持っているただの山砲。アームストロング砲の射程は三里(十二キロ)以上。京から直接ここを優に狙える。破壊力も脅威的だ!」
斎藤、うなづく。
「かつてアームストロング砲の恐ろしさを長州で見た!一発で数百人の大隊を吹き飛ばした」
「だからって、この勝ち戦さを捨てて逃げ出すのか!」
「アームストロング砲の存在を教えてくれたのは、会津の好意だ!あと数刻したら手遅れになる!」
無念そうに永倉がつぶやく。
「土方さんの初の隊長としての手柄が台無しだ!」
「慶喜公はすでに会津、桑名、彦根の藩主らとともに、昨夜富士山丸で三宝山沖を出航されたそうだ」
永倉の顔色が変わる。
「何ィ!!一万数千の将兵を置き去りにして、慶喜公はさっさと大阪を逃げ出したと言うのか!なんたる体たらく!なんたる恥知らず!!」
唇を噛む土方。
「重傷の近藤さんと危篤の総司も乗ってるそうだ」
永倉、怒りが収まらない。
「くそッ!薩長より先に死に物狂いで戦う将兵を置き去りにする慶喜公をぶった斬ってやりたい!」
「錦の御旗を立てられたら、俺たちは逆賊だ!慶喜公の気持ちもわかる」
「公家から渡された錦の切れ端を、竿の先につけただけだ!」
「それでも錦は錦だ!」
土方の命令一下、新選組は龍雲寺からの退去を開始する。
「このまま一気に三宝山沖まで走り、開陽丸に乗り込む」
土方と並んで走りながら斎藤が言う。
「薩摩が京にアームストロング砲を持ち込んでいるとは意外でしたね!」
「なら、この作戦はやるべきではなかった!こっちもアームストロングを持つのが先だ!」
「佐賀藩がアームストロング砲を作ったと言う噂がありますが、あり得ない!」
「うむ、エゲレス以外のフランス、アメレカ、ドイツ、オロシアの列強も総力をあげたが作れなかった!小手先の技ではなく、その国の基礎工業力の水準が問われる」
「かつて幕府はエゲレスに十基のアームストロング砲購入を依頼したが、にべもなく断られた」
「アームストロング砲はエゲレス工業技術力の最高峰なのだ!」
呻く土方。
「いずれ俺たちも、必ずアームストロング砲を持つ!!」
鋭い風切り音がして、アームストロング砲の第一弾が龍雲寺境内に着弾して炸裂する。
紙一重で龍雲寺を撤収する土方たち。
酸鼻きわまる光景である。それでも百名近い薩摩兵が京へ逃げ戻ったらしい。
九州の雄藩薩摩を相手に、新選組の乾坤夷狄の大勝利である。
薩摩軍はかつてこんな屈辱的敗北を喫したことはあるまい。
土方は血刀を拭って納刀する。十人以上斬った。
逃げ腰の敵を斬るのは気が進まぬが、陣へ戻れば新たな兵として寄せてくる。
斬るしかなかった。
こう言う受け身の戦いでは、さすがの示現流もほとんどその電撃的な機能を失う。
やはりこの流派は、攻めに強いのか。
近藤がもっとも警戒するこの流派と、土方も一度立会ってみたいと思っていた。
戦況報告もしていないのに、眼下の伏見奉行所会津陣から使者が急行してきた。
「要件を問う!」と言うと使者は、ただ全軍即時撤退されよ!としか告げない。
土方は激怒した。土方隊はたったいま、薩摩軍を駆逐したばかりである。
使者は急ぎ天保山沖の開陽丸に乗船されたしと答え、
最後に小声でとんでもないことを口にした。
「薩摩は京にアームストロング砲を有しております!」
その一言に、土方はすべての状況を察した。
ここはアームストロング砲の有効射程三里(約十二キロ)内にある。
「了解した!」と答えざるを得なかった。
それを確認せずに戦闘状態に入った、こちらの失策である。
事情を知らぬ永倉、原田、斎藤らが、顔色を変えて使者に詰め寄った。
「どう言うことか!我が隊は大勝利なのに、賞賛の言葉一つなく退去せよとは何事か!」
土方は使者を返して三人に言った。
「命令どおり、すぐに撤退する!」
「いや、京へ上るべきだ!」
「即刻引き上げなければ全滅する!」
「納得できん!理由を聞こう、理由だ!!」
永倉も斎藤も本気で怒っている。
「このまま我が隊が京へ攻め込んだら、京へ行く着く前に全滅だ!」
三人は分からん!と言うように顔を見合わせた。
会津もアームストロング砲情報を今知ったのだ!
「薩摩軍の死傷者四百以上!我が隊の死傷者なし!いや、墓石で肘を擦りむいた若いのが一人いたか」
仕方なく土方は、撤退の理由を告げた。
「アームストロング砲と言うエゲレスの大砲を、薩摩は京の南端に数門持っている」
流石に斎藤も絶句した。
アームストロングを知っているのだ。
「アームストロング砲か!!」
怒りが消えていた。
「次はアームストロング砲で来る!我々にそれを避ける手がない!急がなければ全滅あるのみ」
まだ境内に残されている薩軍の砲を指す永倉。
「あれではないのか!」
苦笑する土方。
「あれは会津も持っているただの山砲。アームストロング砲の射程は三里(十二キロ)以上。京から直接ここを優に狙える。破壊力も脅威的だ!」
斎藤、うなづく。
「かつてアームストロング砲の恐ろしさを長州で見た!一発で数百人の大隊を吹き飛ばした」
「だからって、この勝ち戦さを捨てて逃げ出すのか!」
「アームストロング砲の存在を教えてくれたのは、会津の好意だ!あと数刻したら手遅れになる!」
無念そうに永倉がつぶやく。
「土方さんの初の隊長としての手柄が台無しだ!」
「慶喜公はすでに会津、桑名、彦根の藩主らとともに、昨夜富士山丸で三宝山沖を出航されたそうだ」
永倉の顔色が変わる。
「何ィ!!一万数千の将兵を置き去りにして、慶喜公はさっさと大阪を逃げ出したと言うのか!なんたる体たらく!なんたる恥知らず!!」
唇を噛む土方。
「重傷の近藤さんと危篤の総司も乗ってるそうだ」
永倉、怒りが収まらない。
「くそッ!薩長より先に死に物狂いで戦う将兵を置き去りにする慶喜公をぶった斬ってやりたい!」
「錦の御旗を立てられたら、俺たちは逆賊だ!慶喜公の気持ちもわかる」
「公家から渡された錦の切れ端を、竿の先につけただけだ!」
「それでも錦は錦だ!」
土方の命令一下、新選組は龍雲寺からの退去を開始する。
「このまま一気に三宝山沖まで走り、開陽丸に乗り込む」
土方と並んで走りながら斎藤が言う。
「薩摩が京にアームストロング砲を持ち込んでいるとは意外でしたね!」
「なら、この作戦はやるべきではなかった!こっちもアームストロングを持つのが先だ!」
「佐賀藩がアームストロング砲を作ったと言う噂がありますが、あり得ない!」
「うむ、エゲレス以外のフランス、アメレカ、ドイツ、オロシアの列強も総力をあげたが作れなかった!小手先の技ではなく、その国の基礎工業力の水準が問われる」
「かつて幕府はエゲレスに十基のアームストロング砲購入を依頼したが、にべもなく断られた」
「アームストロング砲はエゲレス工業技術力の最高峰なのだ!」
呻く土方。
「いずれ俺たちも、必ずアームストロング砲を持つ!!」
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紙一重で龍雲寺を撤収する土方たち。
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