土方歳三の戦さースペンサーカービン銃戦記ー

工藤かずや

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12 「新選組」残党狩り

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翌朝、開陽丸が品川沖に着いた。
隊士たちが次々と伝馬船に乗り移り、上陸する。
近藤と総司はすで富士山丸で到着していて、
松本良順の治療を受けるため神田泉橋の療養施設にいる。

意外なことに山岡鉄舟が土方たちを出迎えた。
江戸から浪士隊で上洛した時に顔なじみになっている。
その後の新選組の動きを聞き、あまり良い印象は持っていまいが。

鉄舟は土方に聞きずてならぬことを告げた。
「新選組の「残党狩り」と称する浪士どもがうろついている。
長州の奴らが主な顔ぶれだが、京で人斬りをやっていた物騒なのもいる。
気をつけられよ!」

「すでに誰かやられたのかな」
「姓名はわからぬが、数人やられているらしい」
「池田屋の恨みか」

「今は江戸も薩長が顔を効かせている。
奉行所も手を出せんのが現状だ」
「江戸は俺の庭だ。そんな奴らは片端から斬り捨てる」

「勝安房殿と薩摩の西郷が江戸明け渡しの交渉中だ。
状況をわきまえられよ」
「交渉が成った暁には、薩長の新政府ができるんですね」

「政治向きのことは分かり申さぬ。
ただ、人斬りには十分に注意召されよ」
「心遣い、痛み入る!」

土方は丁重に頭を下げた。
江戸でこのようなことに心を配ってくれるのは、
鉄舟だけだろう。

それにしても、局長だった近藤と体の効かぬ総司が心配だ。
急いで神田泉橋の療養所へ行って見よう。
隊士たちは大名小路にある若年寄秋月種勝の屋敷を江戸の新選組屯所と指定され、
そこへ入るよう命じられていた。

永倉、斎藤、原田たちは百五十名の平隊士を率いて新しい屯所へ向かった。
新選組が京大坂から退去したのを知り、
長州は池田屋の仇討ちに江戸まで追いかけてきたわけか。

何人来ているか知らぬが、
長州人が中枢を占める新政府ともなれば事態は容易ならざるものになる。
新選組隊士は全てが反逆者とみなされる。

土方は江戸の地理に明るい。
十年前の上野松坂屋の小僧時代には、散々使いをさせられたものだ。
ただ、神田泉橋の療養所と言うのは知らない。最近できたのだろう。

あとを二人の浪人者がつけて来る。
もう現れたか!
療養所へ着くまでに始末する。

近藤さんと総司の居場所も、もう突き止めているのか。
もう昔の近藤さんと総司ではない。
近藤さんは刀を握れぬし、総司は刀を持つ体力すらすでにない。

よし、療養所へ行くのはやめよう!
「新選組」の残党狩りを始末するのは、俺しかいない。
俺がやる!!

わざと人気のない路地へ入る。
ここで始末してやる!
人目のないのを確認して、素早くまた路地を引き返す。

二人が並んで来る。
狭くてすれ違えない。
それを承知で二人は来る。

やるつもりだ。
間合いを切った瞬間、二人が同時に抜刀した。
土方はそのまま進む。

右が鋭い気合いで斬りかかって来た。
踏み込みざま土方は、腰を落として低い位置から斬り上げる。
相手の白刃が耳元をかすめる。

狙い通り土方の刀は相手の右腕を斬っていた。
そのまま上段の刀を、振り向きざま振り下ろして左の男の面を割る。
一歩退がって見ると、路地の入り口にさらに二人が出現している。

何人でも来い!こんな斬り合いは、京で飽きるほどして来た。
血振りをして一旦兼定を納刀する。
前方の二人が走り出した。

あっと言う間に、間合いを切る。
上段から振り下ろす一刀を紙一重で外し、下段から逆胴を抜く。
真剣勝負は見切りが全てだ。

見切りを誤ると確実に手痛い目に合う。
大体は命を落とす。
見切りとは、相手の太刀筋と自分の間合いを測ることだ。

慣れると、紙一重で相手の太刀筋を外すことができるようになる。
太刀筋を外せると、相手の刀と自分の刀が触れ合うことなく相手を斬れる。
これまで立ち会った中で見切りができなかったのは、薩摩の中村半次郎だけだった。


やつは信じられぬほど剣尖が早かった!
見切りをしたと思った瞬間、すでに剣の尖は目前にあった。
軒から落ちる水滴が地に着くまで、
半次郎は三度斬ったと伝わるがさもありなん。

残る一人を斜め横からの突きで仕留め、路地を出る。
刀身が相手の胴を突き抜けたらしい。
鍔元と指に相手の血脂がある。

歩きながら懐紙で丁寧に刀身と手を拭う。
路地に四つの死体が転がる。
こっちの正体を見抜かれてはいまいが、今この深川周辺にいてはまずい。

今や故郷の江戸、が土方に取って敵地だ。
江戸中の長州浪士が、十重二十重と殺到して来る。
十人二十人斬るのは造作もない。

だが、ひとまず大名小路の新屯所へ行こう。
いずれこの新選組残党狩りと称するものに、
俺が決着を付けてやる。

残党も何も、現役隊士はまだ局長、副長含め百五十名も健在なままなのだ。
戦さの趨勢は新しい銃器で決まるが、こうした個人の戦いはまだ刀が生きる。
ピストルを常に懐にしていた竜馬が斬られた。

銃の限界と刀の限界を知らねば、生き残ることが難しい時代が来ていた。



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