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翌日、私は台所を借りてお菓子作りをすることにした。
何にしようか考えて、とりあえずアップルパイを作ることにした。
パイ生地は魔法で作るのが普通らしくてその魔法の使い方からまずメイドさんに教えてもらった。
こういう魔法は生活魔法と呼ばれているそうだ。
私にも魔法が使えるんだなぁと感動しながらパイ生地を作ってりんごを煮てカスタードクリームを型に敷いたパイ生地の上に敷いて煮詰めたりんごを並べてレーズンを散らしてパイ生地で蓋をした。それをふたつ作る。
そしてオーブンに入れてここの火加減も魔法だ。これは私が魔法を使っているのではなくオーブンに火の魔法石が仕込んであってそれで焼くのだそうだ。
そうして焼き上がったアップルパイをひとつは清潔な布で包んで籠に入れて準備しておいて、もうひとつは切り分けて出来を見る。
見た感じは大丈夫そう。フォークを手にひとくち食べてみる。うん、大丈夫、美味しい。
メイドさんにも味を見てもらって太鼓判を貰ったので執務室に持っていく。
「アデミル様、入りますね」
中に入ると書類と睨めっこしていたアデミル様が視線をあげた。
「アップルパイを焼いたので食べてもらえませんか?」
「良い匂いだな。いただこう」
執務机を離れてカウチに座ったアデミル様が早速アップルパイを食べてくれた。
「うむ、美味い」
「良かったです」
「きみは食べないのか」
「私は先に味見させてもらいましたから」
「そうか」
そう視線を皿に落とした姿にピンと来る。
「……次からは一緒に食べましょうね」
そういうことだろうか、と声をかけると彼は嬉しそうに笑ってくれた。合っていたようだ。
本当にこの人はかわいいひとだなと思う。よくもまあ世の中の女性が放っておいたものだ。
「これから教会に届けに行こうと思うのですが……」
「なら私も行こう。ちょうど仕事も一区切りついたところだ」
「良いんですか?ありがとうございます」
私は紅茶だけ貰って二人でティータイムを楽しんだあと馬車に乗って教会へと向かった。
教会に着くと昨日と同じ司祭の人が出迎えてくれて個室の祈祷室に通された。
祭壇にアップルパイを供えて膝をついて祈りを捧げる。
神様、お供えを持ってきました。お応えください。
「よく来たね。待っていたよ」
男の人の声が耳元で響いてまた分かっていてもびくっとする。
こ、こんにちは。約束通りお菓子を持ってきました。アップルパイです。お口に合えば良いのですが。
すると供えたアップルパイがぱああっと光って消えた。
「うん、美味しいね。合格だ」
ありがとうございます!
「約束の件だけど、この街で獣人に臆せずものを教えられる人間は五人」
五人。思っていたより少ないがいないよりはマシだ。
きっとこの人数だからアップルパイひとつが対価になり得たのだろう。
「名前などの細かいことはお前の頭に直接送っておこう」
ずずっと頭の中に何かが入ってくる不快感。と同時に五人分の名前や顔、住所や細かいプロフィールが流れ込んでくる。
「このデータはお前が忘れようと強く念じない限り消えないから安心しなさい」
ありがとうございます。必ず役立てて見せます。
「健闘を祈るよ」
ふっと気配が消える。ふう、とため息をついて立ち上がった。
「帰りましょう、アデミル様。教えていただいた人たちについてまとめたいです」
振り返ってそう告げると彼は内容は何も聞かず頷いた。
屋敷に帰ってきて羊皮紙に神様から教えてもらった情報をまとめていく。
まとめ終わったそれをアデミル様に見せると彼らか、とアデミル様は訳知り顔で頷いた。
「以前依頼をして断られた者たちだ」
「では少しは考えが変わったということでしょうか」
「それなら良いが……」
「大丈夫ですよ、神様が大丈夫って言ってくれた人たちです。誠心誠意お願いすれば引き受けてくれますよ!」
私が拳を握って言えばアデミル様はそうだな、と笑ってくれた。
「そうだ、きみの家庭教師だが明日から来られそうだがいいか?午前に二時間と午後に二時間だが」
「はい!大丈夫です!」
「教師の件は任せてほしい。きみは自分のことに専念してくれ」
「わかりました。何かあれば言ってくださいね」
ありがとう、とアデミル様は頷いたのだった。
翌日から私の家庭教師が来てくれるようになった。
一般教養を教えてくれるのがアローナ先生。五十代後半の女性だ。私が異世界人ということもアデミル様から聞いているらしく本当に基礎の基礎から教えてくれた。
文字の読み書きはほぼカタカナで問題なかったし計算の仕方も問題なかった。ここも月曜から土曜日の一週間で約三十日で一ヶ月、十二ヶ月で一年という進み方でそれも馴染み深くて助かった。
この世界の通貨はシエリアと呼ばれる金貨、銀貨、銅貨らしい。
百シエリア銅貨で一シエリア銀貨、百シエリア銀貨で一シエリア金貨。
それぞれに十シエリアと五十シエリアがあり、金貨にのみ百シエリア金貨が存在する。
目安としては三シエリア金貨があれば平均的な家族三人がある程度の余裕を持って一年を過ごせるだけの金額に相当するそうだ。つまり、一人暮らしなら年に一シエリア金貨というところか。
だから市場ではほとんどが銀貨と銅貨でやり取りが行われ、金貨を持ち歩く人は殆どいないそうだ。なにせ一日一人あたりの食材が五シエリア銅貨もあれば十分な世界だ。金貨など出されても店側も両替に困るだろう。
そんな基礎的な知識を仕入れながら午前中の授業は終わった。
そしてお昼ごはんを頂いてから午後の授業だ。魔法学は曜日によって先生が違う。
月曜日と木曜日が火、雷専門の先生は六十歳くらいの優しいおじいちゃんという感じだ。
火曜日と金曜日が土と風専門の先生は四十歳くらいの女性。
水曜日と土曜日が水と闇専門の先生は四十代後半の筋骨隆々な男性。
光属性は使えるのが聖女だけなので教えられる者がいなくてまあこれは他の属性の魔法が使えるようになってから追々やっていこうということになった。
あと、魔法学の先生には他の先生にも教えてもらっていることは話さないように、とアデミル様から言われた。この世界では人間は使える属性が二つくらいがせいぜいなので全属性が使えると知られたら聖女ですと言っているようなものだからである。
そして日曜日は一日お休みの日で、アデミル様からよかったら一緒に過ごそうと誘われている。もちろんオッケーである。
こうして私の毎日のリズムが出来上がっていったのだった。
(続く)
何にしようか考えて、とりあえずアップルパイを作ることにした。
パイ生地は魔法で作るのが普通らしくてその魔法の使い方からまずメイドさんに教えてもらった。
こういう魔法は生活魔法と呼ばれているそうだ。
私にも魔法が使えるんだなぁと感動しながらパイ生地を作ってりんごを煮てカスタードクリームを型に敷いたパイ生地の上に敷いて煮詰めたりんごを並べてレーズンを散らしてパイ生地で蓋をした。それをふたつ作る。
そしてオーブンに入れてここの火加減も魔法だ。これは私が魔法を使っているのではなくオーブンに火の魔法石が仕込んであってそれで焼くのだそうだ。
そうして焼き上がったアップルパイをひとつは清潔な布で包んで籠に入れて準備しておいて、もうひとつは切り分けて出来を見る。
見た感じは大丈夫そう。フォークを手にひとくち食べてみる。うん、大丈夫、美味しい。
メイドさんにも味を見てもらって太鼓判を貰ったので執務室に持っていく。
「アデミル様、入りますね」
中に入ると書類と睨めっこしていたアデミル様が視線をあげた。
「アップルパイを焼いたので食べてもらえませんか?」
「良い匂いだな。いただこう」
執務机を離れてカウチに座ったアデミル様が早速アップルパイを食べてくれた。
「うむ、美味い」
「良かったです」
「きみは食べないのか」
「私は先に味見させてもらいましたから」
「そうか」
そう視線を皿に落とした姿にピンと来る。
「……次からは一緒に食べましょうね」
そういうことだろうか、と声をかけると彼は嬉しそうに笑ってくれた。合っていたようだ。
本当にこの人はかわいいひとだなと思う。よくもまあ世の中の女性が放っておいたものだ。
「これから教会に届けに行こうと思うのですが……」
「なら私も行こう。ちょうど仕事も一区切りついたところだ」
「良いんですか?ありがとうございます」
私は紅茶だけ貰って二人でティータイムを楽しんだあと馬車に乗って教会へと向かった。
教会に着くと昨日と同じ司祭の人が出迎えてくれて個室の祈祷室に通された。
祭壇にアップルパイを供えて膝をついて祈りを捧げる。
神様、お供えを持ってきました。お応えください。
「よく来たね。待っていたよ」
男の人の声が耳元で響いてまた分かっていてもびくっとする。
こ、こんにちは。約束通りお菓子を持ってきました。アップルパイです。お口に合えば良いのですが。
すると供えたアップルパイがぱああっと光って消えた。
「うん、美味しいね。合格だ」
ありがとうございます!
「約束の件だけど、この街で獣人に臆せずものを教えられる人間は五人」
五人。思っていたより少ないがいないよりはマシだ。
きっとこの人数だからアップルパイひとつが対価になり得たのだろう。
「名前などの細かいことはお前の頭に直接送っておこう」
ずずっと頭の中に何かが入ってくる不快感。と同時に五人分の名前や顔、住所や細かいプロフィールが流れ込んでくる。
「このデータはお前が忘れようと強く念じない限り消えないから安心しなさい」
ありがとうございます。必ず役立てて見せます。
「健闘を祈るよ」
ふっと気配が消える。ふう、とため息をついて立ち上がった。
「帰りましょう、アデミル様。教えていただいた人たちについてまとめたいです」
振り返ってそう告げると彼は内容は何も聞かず頷いた。
屋敷に帰ってきて羊皮紙に神様から教えてもらった情報をまとめていく。
まとめ終わったそれをアデミル様に見せると彼らか、とアデミル様は訳知り顔で頷いた。
「以前依頼をして断られた者たちだ」
「では少しは考えが変わったということでしょうか」
「それなら良いが……」
「大丈夫ですよ、神様が大丈夫って言ってくれた人たちです。誠心誠意お願いすれば引き受けてくれますよ!」
私が拳を握って言えばアデミル様はそうだな、と笑ってくれた。
「そうだ、きみの家庭教師だが明日から来られそうだがいいか?午前に二時間と午後に二時間だが」
「はい!大丈夫です!」
「教師の件は任せてほしい。きみは自分のことに専念してくれ」
「わかりました。何かあれば言ってくださいね」
ありがとう、とアデミル様は頷いたのだった。
翌日から私の家庭教師が来てくれるようになった。
一般教養を教えてくれるのがアローナ先生。五十代後半の女性だ。私が異世界人ということもアデミル様から聞いているらしく本当に基礎の基礎から教えてくれた。
文字の読み書きはほぼカタカナで問題なかったし計算の仕方も問題なかった。ここも月曜から土曜日の一週間で約三十日で一ヶ月、十二ヶ月で一年という進み方でそれも馴染み深くて助かった。
この世界の通貨はシエリアと呼ばれる金貨、銀貨、銅貨らしい。
百シエリア銅貨で一シエリア銀貨、百シエリア銀貨で一シエリア金貨。
それぞれに十シエリアと五十シエリアがあり、金貨にのみ百シエリア金貨が存在する。
目安としては三シエリア金貨があれば平均的な家族三人がある程度の余裕を持って一年を過ごせるだけの金額に相当するそうだ。つまり、一人暮らしなら年に一シエリア金貨というところか。
だから市場ではほとんどが銀貨と銅貨でやり取りが行われ、金貨を持ち歩く人は殆どいないそうだ。なにせ一日一人あたりの食材が五シエリア銅貨もあれば十分な世界だ。金貨など出されても店側も両替に困るだろう。
そんな基礎的な知識を仕入れながら午前中の授業は終わった。
そしてお昼ごはんを頂いてから午後の授業だ。魔法学は曜日によって先生が違う。
月曜日と木曜日が火、雷専門の先生は六十歳くらいの優しいおじいちゃんという感じだ。
火曜日と金曜日が土と風専門の先生は四十歳くらいの女性。
水曜日と土曜日が水と闇専門の先生は四十代後半の筋骨隆々な男性。
光属性は使えるのが聖女だけなので教えられる者がいなくてまあこれは他の属性の魔法が使えるようになってから追々やっていこうということになった。
あと、魔法学の先生には他の先生にも教えてもらっていることは話さないように、とアデミル様から言われた。この世界では人間は使える属性が二つくらいがせいぜいなので全属性が使えると知られたら聖女ですと言っているようなものだからである。
そして日曜日は一日お休みの日で、アデミル様からよかったら一緒に過ごそうと誘われている。もちろんオッケーである。
こうして私の毎日のリズムが出来上がっていったのだった。
(続く)
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