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「きみは可愛い顔して恐ろしいな」
帰りの馬車でアデミル様がそうため息を吐いた。ちなみにお互いにもうラフな格好である。
「こんな私は嫌いですか?」
少し不安になってそう問えば、彼は苦笑して私の手を取った。
「それでもきみをなにより愛しているし誰にも渡すつもりはないよ」
そう言って私の手の甲に口付けを落としてくれる。私は嬉しくて微笑んだ。
私はもう、吹っ切れていた。彼のためならこの手を汚すことも厭わない。
それほどに、このひとを愛しているのだと。
だからもう、迷わない。
「アデミル様」
「なんだ」
「お屋敷に帰ったら、抱いてくださいね」
「!」
目を見開くアデミル様に、私はしてやったりと笑ったのだった。
来たときと同じく十日かけて領地に戻って、その日は疲れていたのでただ寄り添って眠った。
翌朝、朝食を食べたあとは私は早速お菓子作りを初めてイチゴたっぷりのショートケーキを作った。
もちろん二つ作って一つはこの後の午後のお茶のときにいただくのだ。
アデミル様はお仕事なので私とミミアの二人で馬車に乗って教会へ向かう。今日から二週間ほど神様にお供えをしなくてはならないのだ。
個室の祈祷室に入ると祭壇にケーキを供える。
祈りの姿勢を取るとケーキがぽうっと輝いて消えた。
「イチゴ、いいね。私好きだよ」
耳元で軽い声が聞こえた。
じゃあ明日はイチゴジャムを使ったレアチーズケーキにしますね。
「それもいいね。楽しみにしているよ」
王城はどんな感じですか?
「まだ混乱しているけれど生き残った者たちでなんとか持ちこたえているよ。まあそのうち君たちを頼ってくるだろうね」
頼られても困ります。
「なにせ君たちは神に愛された夫婦だからねえ」
その節はどうもありがとうございます。ついでに祝福でも授けてくださってかまわないんですよ?
「はいはい、イチゴたっぷりだったからサービスしておくよ。君らの運をぐんとアップだ」
え、本当に?言ってみるもんですね。
「私は美味しいものに弱いんだ」
チョロ……。
「なにか言ったかね」
なんでもございません。感謝の余り涙が出そうです。
「君のそういうところ、結構好きだよ」
あら、私にはアデミル様という方がいますので。
「わかってるよそんなこと。私は地球の神みたいに人間に恋はしないからね」
あ、地球の神様。どんな方なんですか?
「あの神はちょっと変わっていてね。恋人を殺されたから神の座を奪って恋人の生まれ変わりが現れるのを待つために地球を作ったんだ」
え、地球ってたったひとりのために作られたんですか?
「そうだよ。無事生まれ変わってきて今は一緒に暮らしてるって聞いたけどね。余り交流はないから詳しくは知らないなあ」
でも、いいなあ。たった一人のためだけに世界を創れるって。
「私の神の座は渡さないよ」
私にはアデミル様がいるからいいです。
「アデンミリヤムになにかあったら?」
そうならないように神様、お願いします。
「調子がいいなあ。明日のレアチーズケーキは大きめで頼むよ」
そんなことでいいなら任せてください!
「君の作るお菓子は本当に美味しい。やはり地球の知識も加わっているからだろうな」
これでいいなら毎日でも作ってきますからその代わりお願いを聞いてください。
「なんだ?」
私とアデミル様が幸せでありますように。そしてできることならこの領地のひとびとも幸せでありますように!
「貪欲だねえ。まあ強欲であれと言ったのは私だからいいんだけどね。君の欲は清々しいから好きだよ」
ありがとうございます!
「その代わり毎日だよ。約束だ」
はい、毎日持ってきますね。
「同じものは一週間以内はだめだ」
わかりました。できるだけアレンジを加えたりして違うものを持ってきますね。
「うむ。頼んだぞ」
ふっと何かが消えた気配がする。神様が帰ったのだ。
私は立ち上がると控えてみたミミアに毎日お菓子を献上することになったことを報告した。
「ルーイングから聞いたが今後毎日教会に供え物を持っていくことになったそうだな」
早速ミミアからルーイングさん、ルーイングさんからアデミル様へと伝わったらしい。ティータイムにそう聞かれた。
「はい、この地の平穏を願ったらそう要求されました。お菓子一つで私たちやこの地が平穏で暮らせるなら安いものです」
「だが負担にならないか?」
「お菓子作りは好きなので大丈夫です!」
ただ、と私は小首をかしげる。
「いろんなお菓子を所望されたので引き続き協力お願いしますね」
にこりと笑うと彼も笑ってわかった、と私お手製のイチゴたっぷりのショートケーキを食べた。
「どうですか?」
「うん、美味い。大粒の酸味の強いイチゴを間にスライスして挟んで上には小粒の甘いイチゴを盛っているな。バランスが良くできている。甘すぎず酸味も強すぎずクリームもくどくない。ちょうどいいバランスだ。相変わらずシオリの菓子は美味い」
「ありがとうございます」
私が教会で聞いた地球の神様の話をするとアデミル様は地球に興味を惹かれたようだった。
「シオリという名前はこちらでは珍しいがきみのいた世界では普通なのか?」
「そうですね、比較的使われている名前です」
「どういう意味があるんだ?」
「そうですね……詩を織る……歌を紡ぐ、みたいな意味です」
「歌を紡ぐ……いい名前だな」
「ありがとうございます。アデミル様はなにか意味はあるんですか?」
「宵に沈む金の星という意味だ。あまり良い意味ではない」
「どうしてですか?」
「名前に沈む、とつけるのはあまり良くないとされている。だが私は獣人だったからこういう名前がつけられたんだろう。早く死ぬようにと」
「そんな……。でも、私はアデンミリヤムという名前、好きです。響きがとてもいいし私の名前のようです」
「きみの?」
私はそう、と微笑む。
「歌うような、紡ぐような。そんな響きすら感じるお名前だと思います」
すると彼は視線を伏せて、歌うような、紡ぐような、と呟いて微笑んだ。
「ならば、良い。きみにとって私の名前が善きものであるのならそれで良い」
私はにっこりと笑うとイチゴをフォークに一つ刺すとどうぞ、と差し出した。
「あーん」
「ん。うまい」
もごもごとイチゴを食べるアデミル様を私はうふふと笑いながらかわいいなあと思っていた。
(続く)
帰りの馬車でアデミル様がそうため息を吐いた。ちなみにお互いにもうラフな格好である。
「こんな私は嫌いですか?」
少し不安になってそう問えば、彼は苦笑して私の手を取った。
「それでもきみをなにより愛しているし誰にも渡すつもりはないよ」
そう言って私の手の甲に口付けを落としてくれる。私は嬉しくて微笑んだ。
私はもう、吹っ切れていた。彼のためならこの手を汚すことも厭わない。
それほどに、このひとを愛しているのだと。
だからもう、迷わない。
「アデミル様」
「なんだ」
「お屋敷に帰ったら、抱いてくださいね」
「!」
目を見開くアデミル様に、私はしてやったりと笑ったのだった。
来たときと同じく十日かけて領地に戻って、その日は疲れていたのでただ寄り添って眠った。
翌朝、朝食を食べたあとは私は早速お菓子作りを初めてイチゴたっぷりのショートケーキを作った。
もちろん二つ作って一つはこの後の午後のお茶のときにいただくのだ。
アデミル様はお仕事なので私とミミアの二人で馬車に乗って教会へ向かう。今日から二週間ほど神様にお供えをしなくてはならないのだ。
個室の祈祷室に入ると祭壇にケーキを供える。
祈りの姿勢を取るとケーキがぽうっと輝いて消えた。
「イチゴ、いいね。私好きだよ」
耳元で軽い声が聞こえた。
じゃあ明日はイチゴジャムを使ったレアチーズケーキにしますね。
「それもいいね。楽しみにしているよ」
王城はどんな感じですか?
「まだ混乱しているけれど生き残った者たちでなんとか持ちこたえているよ。まあそのうち君たちを頼ってくるだろうね」
頼られても困ります。
「なにせ君たちは神に愛された夫婦だからねえ」
その節はどうもありがとうございます。ついでに祝福でも授けてくださってかまわないんですよ?
「はいはい、イチゴたっぷりだったからサービスしておくよ。君らの運をぐんとアップだ」
え、本当に?言ってみるもんですね。
「私は美味しいものに弱いんだ」
チョロ……。
「なにか言ったかね」
なんでもございません。感謝の余り涙が出そうです。
「君のそういうところ、結構好きだよ」
あら、私にはアデミル様という方がいますので。
「わかってるよそんなこと。私は地球の神みたいに人間に恋はしないからね」
あ、地球の神様。どんな方なんですか?
「あの神はちょっと変わっていてね。恋人を殺されたから神の座を奪って恋人の生まれ変わりが現れるのを待つために地球を作ったんだ」
え、地球ってたったひとりのために作られたんですか?
「そうだよ。無事生まれ変わってきて今は一緒に暮らしてるって聞いたけどね。余り交流はないから詳しくは知らないなあ」
でも、いいなあ。たった一人のためだけに世界を創れるって。
「私の神の座は渡さないよ」
私にはアデミル様がいるからいいです。
「アデンミリヤムになにかあったら?」
そうならないように神様、お願いします。
「調子がいいなあ。明日のレアチーズケーキは大きめで頼むよ」
そんなことでいいなら任せてください!
「君の作るお菓子は本当に美味しい。やはり地球の知識も加わっているからだろうな」
これでいいなら毎日でも作ってきますからその代わりお願いを聞いてください。
「なんだ?」
私とアデミル様が幸せでありますように。そしてできることならこの領地のひとびとも幸せでありますように!
「貪欲だねえ。まあ強欲であれと言ったのは私だからいいんだけどね。君の欲は清々しいから好きだよ」
ありがとうございます!
「その代わり毎日だよ。約束だ」
はい、毎日持ってきますね。
「同じものは一週間以内はだめだ」
わかりました。できるだけアレンジを加えたりして違うものを持ってきますね。
「うむ。頼んだぞ」
ふっと何かが消えた気配がする。神様が帰ったのだ。
私は立ち上がると控えてみたミミアに毎日お菓子を献上することになったことを報告した。
「ルーイングから聞いたが今後毎日教会に供え物を持っていくことになったそうだな」
早速ミミアからルーイングさん、ルーイングさんからアデミル様へと伝わったらしい。ティータイムにそう聞かれた。
「はい、この地の平穏を願ったらそう要求されました。お菓子一つで私たちやこの地が平穏で暮らせるなら安いものです」
「だが負担にならないか?」
「お菓子作りは好きなので大丈夫です!」
ただ、と私は小首をかしげる。
「いろんなお菓子を所望されたので引き続き協力お願いしますね」
にこりと笑うと彼も笑ってわかった、と私お手製のイチゴたっぷりのショートケーキを食べた。
「どうですか?」
「うん、美味い。大粒の酸味の強いイチゴを間にスライスして挟んで上には小粒の甘いイチゴを盛っているな。バランスが良くできている。甘すぎず酸味も強すぎずクリームもくどくない。ちょうどいいバランスだ。相変わらずシオリの菓子は美味い」
「ありがとうございます」
私が教会で聞いた地球の神様の話をするとアデミル様は地球に興味を惹かれたようだった。
「シオリという名前はこちらでは珍しいがきみのいた世界では普通なのか?」
「そうですね、比較的使われている名前です」
「どういう意味があるんだ?」
「そうですね……詩を織る……歌を紡ぐ、みたいな意味です」
「歌を紡ぐ……いい名前だな」
「ありがとうございます。アデミル様はなにか意味はあるんですか?」
「宵に沈む金の星という意味だ。あまり良い意味ではない」
「どうしてですか?」
「名前に沈む、とつけるのはあまり良くないとされている。だが私は獣人だったからこういう名前がつけられたんだろう。早く死ぬようにと」
「そんな……。でも、私はアデンミリヤムという名前、好きです。響きがとてもいいし私の名前のようです」
「きみの?」
私はそう、と微笑む。
「歌うような、紡ぐような。そんな響きすら感じるお名前だと思います」
すると彼は視線を伏せて、歌うような、紡ぐような、と呟いて微笑んだ。
「ならば、良い。きみにとって私の名前が善きものであるのならそれで良い」
私はにっこりと笑うとイチゴをフォークに一つ刺すとどうぞ、と差し出した。
「あーん」
「ん。うまい」
もごもごとイチゴを食べるアデミル様を私はうふふと笑いながらかわいいなあと思っていた。
(続く)
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