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「力を抜いていろ」
 ぐぐっと私を貫くその杭は熱くて硬くて太くて私が何より待ち望んだもので。
「あああっ……!」
 私はアデミル様の腕にしがみつきながらそれを受け入れた。
「すまない、動きたい」
 熱を私の中に収めると同時にアデミル様はそう謝って腰を振り始めた。いつもは私が落ち着くまで待ってくれる人がどうしたのだろう。
「あっ、あっ、ああっ!」
 息も整わぬ間に突き上げられて私ははあはあと口で息をしながら喘ぎ声を漏らした。
「アデ、ミル、さま、待って……!」
 急に動き出したのも彼らしくないがそのペースが速い。いつもならゆっくりとした抜き差しから次第に速くなっていくのにそれすらすっ飛ばして彼の突き上げは激しい。
 それでも激しくされればそれだけ簡単に高みに持っていかれるもので。
「あ、あ、あんんんっ!」
「っく!」
 びくびくと震えて達すると、彼もまた私の最奥で熱を放った。
 最短記録ではなかろうか。
 私が肩口で荒く息をしているアデミル様の頭を撫でながらどうしたんですか、と問うと彼はすまない、と謝ってきた。
「きみがあまりに色っぽい格好をしていたから我慢が効かなかった」
 つまり、余裕の見られなかったこの一連の行動はあの下着に誘発されてのことだと。
 私は嬉しくなってその頭を抱え込んで撫でた。
「作戦成功、ですね」
「してやられたよ」
 苦笑するアデミル様だったけれど、ねえアデミル様、と私がその喉元をくすぐると腹の中のアデミル様がぴくりと震えた。
「まだ、出来ますよね?」
 喉をくすぐりながら額にキスを落とすとみる間にアデミル様のペニスは硬さを取り戻していく。
「きみが望むなら」
「アデミル様を満足させるのが私の幸せです」
 私たちは笑い合って再び口付けを交わしたのだった。


 私の専属のメイドはミミアだ。服を選んだり顔を洗えばサッとタオルを差し出してくれたり身の回りのことは大抵彼女がやってくれる。
 その他にも私付きの従者は二人いる。
 フットマンのマグリッドとベアノアだ。マグリッドが二十代後半でベアノアが二十歳になったばかりだ。
 マグリッドが真面目一徹って感じならベアノアは無邪気なまだまだ子どもらしさを残した青年だ。
 フットマンとは私が馬車で移動する時並走して走る役職の人だ。そして私が目的地に着いた時などに扉を開けたり階段を設置してくれたりする。とても体力仕事なのだが彼らはそれを厭わずこなしている。
 この世界では普通に働くよりもこういう貴族のお屋敷でフットマンとして働いた方が楽だしお給料も格段に良いそうなのだ。
 ただし先述した通りの仕事なので体力に自信ががあれば、の話であるが。
 なので二人ともアデミル様ほどではないにしても体格がいい。そして見た目もいい。
 フットマンには体力の他にも外見の良さも求められるのだ。馬車の外を並走する彼らは屋敷の顔なのだそうだ。
 マグリッドは鹿爪らしい顔をいつもしているしベアノアはそんなマグリッドにいつもにこにこと物おじせず話しかけている。
 マグリッドはちょっと鬱陶しそうにしているけれどそれでも振り払ったりはしない。いつもなんだかんだと話を聞いてやっている。いいコンビなのだ。
 だから私はたまにわざとお菓子を余らせては包んでミミアや彼らに振舞っていた。
 勿論、ルーイングさんにも貢ぎ物は忘れない。彼には一番お世話になっているのだから。
 けれどミミアや彼らだって頑張ってくれている。だから私はいつもお菓子を包んでは差し入れをしていた。
 そんなある日、私はマグリットとベアノアが話しているのをたまたま聞いてしまった。
「お前、相変わらずなのか」
 マグリッドの問いかけにベアノアはそっすねーと笑う。
「相変わらず味覚障害は治らないです」
 え、と思った。ベアノアが味覚障害だなんてアデミル様からも聞いたことがない。
「何食べても味気ないっす。砂でも食べてるみたい」
 でも、と彼は笑う。
「奥様の手作りのお菓子だけは違うんです。ちゃんと甘くて、イチゴはイチゴの味がして、オレンジはオレンジの味がするんです。俺、生まれて初めてイチゴやオレンジの味を知りました。ああ、こんなに美味しいものだったんだなあって」
「お前、それは」
「わかってます。旦那様は奥様を愛していて、奥様も旦那様を愛していらっしゃる。俺の入る余地も資格もないって。でもいいじゃないですか。お菓子を貰うくらい。それくらい許されたって良いでしょう?」
「弁えているならそれで良い」
「わかってますよ。俺もいつまでこの仕事続けられるかわからないけれど、最終的にはヴァレットにまで上り詰めて奥様をお守りしたいなあ」
 私はそっとその場を離れてキッチンへと向かった。
「どうなさいました、奥様」
 厨房担当のキッチンメイドが近づいてくる。
「今日はラズベリーが入っていたと思うのだけれど」
「はい、質の良いものが届いております」
「今日はパイにしようと思うの」
「かしこまりました」
 私にはベアノアの気持ちには応えられないし彼もそれは望んでいないだろう。
 だから私にできるのは、美味しいお菓子を作って彼の味覚を豊かにしていくこと。
 全てのものには味があって、それは美味しいものもあれば美味しくないものもある。
 できることなら彼が美味しいものだけを感じていられるように。
 私は大量のラズベリーをボウルに入れた。


 神様神様、私のフットマンに味覚障害の子がいるんですが治りませんか。
「あのねえ、きみ最近私を何でも屋かなんかと勘違いしてないかい。本来なら年に一度宣託を下すくらいしか下界と関わりを持たないはずの存在なんだよ私は」
 でも使えるものは使えって言葉がありますし。
 神様は呆れたようにため息をついた。けれど続いた言葉は仕方ないなあだった。
「レモンソースのパンナコッタで手を打とう」
 お安いご用です!明日、お供えの分と一緒に持ってきますね。
「本当に神使いの荒い聖女だなあ」
 でも嫌いじゃないでしょう?
 すると神様はちょっとだけ鼻白んだように黙っていた。
「……そういうところは嫌いだよ」
 私は思わず笑ってしまった。



(続く)
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