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第二部

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 魔法というものは不思議だといつも思っている。
 呪文一つで火が起こせたり、魔石に力を宿して冷蔵庫にしたりして。
 そして私の産褥期を五日で終わらせたのも魔法だった。
 これは産む前の体に戻すのではなく、治癒力を高めて正常な状態に戻すのだそうだ。だから治った後も母乳が出る。
 私はまあ辺境伯の妻なのでお屋敷には使用人がたくさんいて今回のことで乳母も雇った。
 なので私がやることといえばたまに母乳を与えて遊んであげることくらい。いまだにオムツのひとつも変えたことがない。夜も朝まですやすやと寝ている。
 良いのだろうか、母親としてそれは。と思わないでもないのだけれど私がやってしまうと乳母が雇われている意味がなくなってしまう。
 なので割り切って任せることにしている。お金と地位があるということはそういうことなのだ。
 せめてたくさん遊んであげよう。そう思っているのだが今はまだアインスは右も左も上と下すら分からぬ乳児だ。私譲りの漆黒の瞳できょとんと見上げてくるばかりだ。
 髪の色は黒混じりの銀髪で、アデミル様譲りだ。顔立ちはまだどっちがどうとかいうのはよくわからない。アデミル様はきみによく似ていると言うけれど私にはそうなのかなあという感じだ。
 せっかくならアデミル様に似て欲しかったんだけどなあ。
 でもまあ、元気に育ってくれるならいいか。
 私はすやすやと眠るアインスのほっぺをふにふにとつついてくすりと笑ったのだった。


 私は花びらの浮いた浴槽でぼけーっと足を伸ばして天井を見上げていた。
 体は元に戻った。医者ももうセックスしていいと言っていた。
 そっかあ、私、アデミル様とセックスして良いのかあ。
 この約十ヶ月の間しなかったから毎日のようにしていた日々が夢のように感じるというか。
 妊娠がわかったばかりの頃はアデミル様だけでも満足してもらえないかと思っていたのだがアデミル様の方からしなくていいと言われてしまって遠のいていたのだが。
 なんだか久しぶりすぎて恥ずかしい。
 ……子供産むと締め付けがゆるくなるって言うし、満足してもらえなかったらどうしよう。
 アデミル様、まだ覚えていてくれるかな。私がくっついて喉をくすぐるのはもっとして良いんですよっていう合図だって。忘れられていたらちょっと寂しいな。
 そもそも、今夜呼ばれなかったらどうしよう。気合い入れた下着にしてお部屋に呼ばれなかったら馬鹿みたいだ。
 でも、ここで私がひとりで心配しても仕方ないんだよなあ。
 お湯の中でうんと伸びをしてよし、と立ち上がる。
 湯船を出るとお付きのメイドであるミミアがバスタオルを広げて立っていた。
「なにか考え事をなさってたんですか?」
「うん、今日アデミル様は寝室に呼んでくれるかなって」
 ミミアは私の体を拭きながら呼ばれますよ、と笑った。
「奥様が待ちわびたように旦那様だって奥様と触れ合うことを待ちわびているはずですから」
「そうだと良いなあ」
「でしたら今夜は旦那様を悩殺するような下着にしましょう!」
 そう言ってミミアは下着入れから黒地に白の花がらが刺繍されたものを準備してきた。
 下着業界はこの一年半でものすごく変わった。
 私がこの世界に来た頃はズロースのような下着が当たり前だった。面積の広いブラジャーにショーツ。ワイヤーも一般人のものは入らないのが当たり前。
 そこに物申したのが私だ。可愛くない。ダサい。つまんない。そう言ってテーラーを呼びつけて日本にあるような下着の提案をした。
 その結果、それが爆発的に売れて今では日本風の下着が一般化している。
 ちなみに売り上げの三割は私の取り分なのだが今では結構なひと財産となっている。
 冗談で一人でも生きていけそうです、と言ったらアデミル様は悲壮な顔をして二度とそんな悲しいことは言わないでくれと言われた。かわいい。
 ミミアが私の髪を魔法で乾かして整えてくれる。そしてミミアの用意してくれた黒の下着を身にまとい、その上に夜着をまとって浴室を出る。
 二階に上がってアデミル様の私室に入る。
 アデミル様は既に夜着姿でカットフルーツをつまみにワインを飲んでいた。
 私の前には搾りたてのオレンジジュースが用意される。
 ちょっとだけどきどきしながらひとくち飲んで、ちろりと唇を舐める。
「?」
 ふと視線を感じてアデミル様を見ると、彼はグラスをゆらゆらと揺らしながらじっと私を見ていた。
 ゆらりと揺れる金色に、私は見覚えがあった。もう何度も見てきた。
 私に欲情している目だ。
「……」
 私はなぜだかそれが怖くなって視線をそらしてしまった。
 右へ左へと視線をさまよわせてどうして自分がこんなに動揺しているのか、それ自体に動揺して挙動不審になる。
「……シオリ」
「は、はい」
 ぎゅっとオレンジジュースの殆ど減っていないグラスを握りしめる。そこにしか寄る辺ないようなそんな頼りない心持ちになる。
「何故視線を逸らす」
「な、なんででしょう、私もわかりません」
 俯いて右を見たり左を見たりと挙動不審になる。
「……私が嫌か?」
「そんなこと!」
 ばっと視線を上げてその金の瞳と視線が絡まるとびくっと体が硬直する。今度は視線をそらすことができなくなる。
「っ」
「私は今夜、きみを抱きたいと思っている。嫌か」
「……抱きたいと、思ってくれますか?」
 すると彼は意外そうな顔をした。
「当たり前だ。この日を待ち望んでいたんだ。なぜきみを抱かないという選択肢が出るんだ?」
「私、子供を生む前と今ではなにか変わってるかもしれません。前と同じように気持ちよくさせてあげられないかもしれません」
 ようやく視線を伏せてそう言うと彼はくくっと何故か可笑しそうに笑った。
「きみは心配性だな。そんな心配しなくてもいつだってきみは素敵だ」
 彼はグラスをテーブルの上に置くと立ち上がり、私の前に立って手を差し伸べた。
「行こう、私の最愛よ」
 その手を取ったら、すうっと憑き物が落ちたように気が楽になった。
 毎日触れているその手が、私の緊張を解してくれたのだ。



(続く)
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