このつまらない世界に風穴を

阿波野治

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 この世界はつまるところ、つまらないところなのだ。
 その真理を悟ってから、ミクにはこの世界が、以前にも増してつまらなく感じられるようになりました。

「なにがつまらないのか」と問われれば、「人間がつまらない」とミクは即答するでしょう。

 学校でいえば、児童と教師がまさにそうです。彼らのやることなすこと、みんなつまりません。
 特に、児童は酷いの一言です。少なくとも、ミクにとってクラスメイトに該当する児童は。なにが面白いのか、男子はつまらない遊びばかりを、女子はつまらない会話ばかりを、毎日飽かずにくり返しています。
 ミクはその光景を目にするたびに、彼らの前頭前野の異常を疑います。つまらない親から生まれたからこんなつまらない子供なのだろうか、などと考えます。

 つまらないことをつまらない人間同士でしているだけなら、まだ許容できます。しかし、彼らは時折、ミクにつまらない干渉を及ぼしてくることがありました。
 たとえば、休み時間、頬杖をついたミクが、窓外をぼんやりと眺めながら夢想に耽っているとしましょう。すると、ミクから離れた机に集い、顔を寄せ合った女子児童の一群が、ミクのことをしきりに窺いながら、ミクがかろうじて聴き取れる声量で、ミクの悪口を言うのです。あの子は休み時間はいつも一人でいる、友だちがいない、暗いやつだ、などと。ミクはそれが嫌でたまりませんでした。

 なにが嫌って、つまらないことをされたり、言われたりすることで、彼らの「つまらない菌」がミクに移るような気がして、生理的に不愉快なのです。
 そもそも、ミクがなにをしようと、ミクの勝手です。干渉など余計なお世話です。放っておいてほしい、とつくづく思います。よくぞそんなつまらないことを、人に向かってのうのうと口走れるなと、逆に感心してしまいます。
 つまるところ、休み時間を一人で過ごすなんてつまらないことだ、と彼女たちは言いたいらしいのですが、ミクからしてみれば、友だちと無駄話をする方が、よっぽどつまらない時間の過ごし方です。なに的外れことを言っているんだろう、と思います。一回病院で脳を検査してもらったら、とすすめたくなります。

 そんなこのつまらない世界における、ミクにとっての唯一の楽しみは、空想の世界を旅することです。
 なにせ、空想の世界には際限がありません。つまらない人間も、つまらない規則も、いっさい存在しません。仮に存在したとしても、それはミクの意思一つでその世界から追放できる、取るに足らない代物でしかありません。
 そんな世界を、真の意味で自由に、純粋な意味で奔放に飛び回るのがミクは大好きです。病みつきになっている、といっても過言ではありません。そこ以上に魅力的な世界は、宇宙中どこを探しても見つからない気がします。

 空想の世界で遊ぶのは楽しいですが、夢はいつまでも見続けられない性質を持っています。いつかはつまらない世界に帰らなければなりません。
 空想の世界で遊ぶ時間はいつだって楽しいから、戻るのはいつだってつらいものです。そして、帰ってきた現実の世界は、帰る前にいた世界があまりにも楽しかったがために、途轍もなくつまらなく感じられます。大げさではなく、窓から飛び降りたくほどです。楽しかった世界に帰りたい、と心の底から思います。
 ですが、このつまらないこの世界は、ときになんらかの制約をミクに科します。空想の世界にとんぼ返りすることを、なにかしらの理由を掲げて禁止します。ミクはその禁止令を食らったときほど、現実の世界がつまらなく感じられるときはありません。

 ミクはこのごろ、空想の世界において、現実の世界を徹底的に破壊する遊びをよくするようになりました。以前は、つまらない現実の世界とは全く関係ない、空想の世界でしかできないことをして過ごしていたのですが、最近するのはもっぱら破壊の遊びです。

 ミクは最近、幼いなりに歳をとったからでしょうか、現実のつまらなさ加減がいよいよ目に余るようになっていました。ですから、そのつまらない現実世界を、空想の世界で叩きつぶさないことには、現実の世界で平常心を保てなくなったのです。空想の世界で実現したように、つまらない現実の世界が壊れてなくなってほしい。そんな願望を内に秘めていることを、ミクは否定しません。
 ですが空想は空想、現実は現実。二つの世界にはなんの繋がりもありません。現実の世界での法則が空想の世界では通用しないように、空想の世界でいくら現実を壊しても現実は現実のままです。

 それはミクも重々承知しています。憂さ晴らしをしているだけなのだ、という自覚はあります。ですから、報われない破壊行為に虚しさを感じているのも確かです。
 けれども、ミクはやめられません。空想の世界で現実の世界を破壊しないことには、もはやミクは、現実世界では生きていけないのです。それほどまでに、このつまらない現実は、ミクの精神を蝕み、狂わせ、病ませてしまったのでした。

 つまらない現実世界における今日は、つまらない学校がある日です。つまらない授業を受け、つまらない先生のつまらない話を聞かなければなりません。
 ミクは机の上にノートと教科書を形だけ広げて、頬杖をつき、すぐ左にある窓に目を向けました。窓外には、吸い込まれそうなほど青い空が一面に広がっています。左目の下に三つ横並びに並んだホクロを、半ば無意識に指でなぞりながら、空想の扉を押し開けました。
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