このつまらない世界に風穴を

阿波野治

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 どこか気がかりな物音を聞きとって、ミクは我に返りました。
 ミクは教室の自分の席に座っていて、教室内は森閑としています。周りを見ると、クラスメイトたちはノートに顔を寄せて黙々とペンを動かしています。黒板の前では算数の田中先生がパイプ椅子に腰掛け、腕組みをして目を瞑っています。
 どうやら現在は算数の授業中で、教科書に記載されている設問を解いている最中のようです。

 田中先生は押し黙り、無駄口を叩く生徒はいません。聞こえてくるのは、ペンがノートの上を滑る音くらいのものです。
 目を覚ますきっかけとなったのは、その音ではないようにミクには思われました。では、なにが要因なのでしょう? ミクは耳を澄ませました。

 廊下から微かな足音が聞こえます。歩いている人物は、どうやら一人のようです。急いでいるのでも勿体をつけているのでもなく、乱暴でもないし優しくもない、至って普通の歩調です。足音はミクがいる教室の方へ近づいてきています。
 この時間に受け持っている授業がない教師が、なんらかの正当な理由があって校舎内を見回っている、と解釈するのが妥当なのでしょう。ですがミクには、その足音の人物は、この学校の関係者ではない気がしました。根拠は特にありません。いわゆる直感というやつです。

 廊下を、右から左に、足音の人物が移動するのが磨りガラス越しに見えました。その人物は、教室の前側の戸の前で足を止めました。ミクは唾をごくりと飲み込みました。

 そのとき、ミクの目の端に、田中先生が椅子から腰を上げるのが映りました。授業中にもかかわらず、ミクが余所見をしているのを認めたのです。
 田中先生が声を発しようとした瞬間、あたかもそれを制するかのように、教室の前側の戸が勢いよく開きました。ミクを含めた教室にいる全ての人間が、一斉に戸に注目しました。

 戸を開けたのは、額に「安全第一」と書いた真っ白なヘルメットを目深に被り、迷彩柄の衣服に身を包んだ男でした。両手にはそれぞれ、銃身の長い銃が握られています。
 男は、右手に持った銃を持ち上げ、銃口を田中先生の左胸へと定めました。先生の表情が強張りました。
 次の瞬間、銃声が轟き、先生の左胸に小さな円状の窪みが穿たれました。そこから鮮血が吹き出したかと思うと、先生は後方へ吹き飛びました。ベランダに通じる掃き出し窓に激しく背中をぶつけ、背中でガラスを擦るようにしながら床に座り込みました。

 投げ出した両脚に上体を被せるようにして項垂れている田中先生は、身動き一つしません。先生の真下から血が滲み出し、見る見る床の上を広がっていきます。
 教室は死のように静かです。

 男は右手の銃を構えたまま、体の向きを九十度回転させ、窓際の最前列の席の芦田さんと岩瀬くんに向き直りました。銃口が芦田さんの額に押し当てられます。
 芦田さんは目を丸くしています。岩瀬くんは魂を抜き取られたように口をだらしなく開けています。
 男は左手の銃も構え、岩瀬くんの額に銃口を押しつけました。

 男の両手の人差し指が同時に動き、銃声の二重奏が教室に響き渡りました。岩瀬くんと芦田さんの額が同時に抉れ、鮮血と肉片が虚空に弾けました。岩瀬くんの上半身はゆっくりと真横に傾き、下半身とともに椅子から滑り落ちました。芦田さんの上体は真後ろに倒れ、肩から後頭部にかけての領域を、内倉さんの机の天板に密着させました。

 額の銃創からおびただしい血を垂れ流し、目を丸く見開いた表情で絶命している芦田さんを見た内倉さんは、金切り声を張り上げました。
 その限界まで開かれた口を目がけて、男の右手の銃から発せられた銃弾が真っ直ぐに飛び込んでいき、喉をぶち抜きました。貫通した銃弾は、内倉さんの後ろの席の川田さんの胸にのめり込み、川田さんが床に崩れ落ちたあとも外には出てきませんでした。

 内倉さんの絶叫が引き金となり、生徒たちは叫び声を上げながら逃げ惑い始めました。
 その生徒たちを、男は冷静沈着に狙撃していきます。
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