少女王とその奴隷

阿波野治

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二人の出会い③

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 唖然とする僕から視線を切ってその場に屈み、犬の頭を撫でる。頭頂部から肩口にかけての曲線をなぞる手つきは、いかにも手慣れていて、優しい。激しくなった尻尾の動きと、少女を一心に見上げる艶やかな黒目が、両者を繋ぐ信頼関係を端的に示している。

「この犬はシロという名なのだが、あたしが気持ちよく昼寝をしていると、やかましく吠えるのだよ。普段はあたしの邪魔なんてしない、賢い犬なのに。これはなにかあったぞと察して、シロのあとについて『外れの浜』まで足を運んでみると、倒れているお前を発見したというわけだ」

 銀髪をかき上げ、下から上へ、僕の体を舐めるように見た。

「特筆するほど屈強な体格ではないが、なにせあたしはか弱い少女だし、労働というものが死ぬほど嫌いだから、奴隷としてこき使ってやろうと思ってね。そこで記憶を奪い、あたしに依存せずにはいらないようにした直後、お前が目覚めたのだよ」
「漂着者ということは、僕はこの島の住人ではないんですね」
「そのとおりだ」
「奴隷というのは、言葉どおりの意味? というか、そもそも、記憶を奪うなどということが可能なのですか?」
「辞書で奴隷という項目を引いても、その意味しかのっておらんぞ。記憶に関しては、お前の現在の状態がなによりの証拠だ。にわかには信じがたくても、できるものはできるのだよ」

 少女は僕に背を向けて歩き出した。
 シロは僕を一瞥し、自称・島の女王の後ろに続く。

「ついてこい。お前は奴隷として、あたしの生活をより豊かにするために働いてもらう。働きぶりがよければ、いずれ記憶を返してやってもいい。……どうした? 道に迷っても助けんぞ」

 素足が砂を踏む音が遠ざかっていく。
 僕は慌てて立ち上がり、背中を追いかける。
 否も応もなかった。僕は記憶喪失で、その記憶を奪ったのは少女。彼女はこの島で最も地位が高い人物でもある。命令に従う以外の選択肢を選ぶなんて、考えられない。

「お前、名前は?」
 シロを真ん中に挟む形で横に並んだとたん、問われた。単刀直入。有無を言わさない口調。
 僕の名前。僕の名前は……。

「覚えて、いません」
「あたしの力はしっかり効いたというわけだな。それでは命名しよう。今日からお前の名前はクロだ。肌が焼けていて、犬のように素っ裸だから、クロ。どうだ、気に入ったか」

 自分が一糸まとわぬ姿であることに、その発言で初めて気がついた。羞恥の念が込み上げてきたが、指摘した張本人は何食わぬ顔をして歩いている。「気に入りました」と答える。

「それはなによりだ。あたしの名はシルヴァー。お前は奴隷だから、あたしのことは女王陛下と呼べ。分かったな」
「はい、陛下」

 呼応するかのように、シロが元気よくひと声鳴いた。少女――シルヴァーが満足そうに頷いたので、胸を撫で下ろす。
 砂浜からは遠いようにも見えたジャングルは、気がつけば目の前にあった。
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