少女王とその奴隷

阿波野治

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変化と決意①

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 シルヴァーの一挙手一投足に怯える暮らしが始まった。
 彼女はわがままで横暴で気分屋だし、我慢ができない性格だ。ただし、怒りを自制する能力が全くないわけではない。
 殺さずにはいられないほどの怒りを抱いたモノを、「地獄の穴」まで導いてから殺すという対応をとったのを見るに、怒りが激しければ激しいほど抑え込み、環境を万端整えてから解き放つタイプなのかもしれない。

 それでも僕は、いつ矛先がこちらに向けられるのか、気が気ではなかった。顔つき、声、仕草。そのいずれにも怒りや不満や不快感が滲んでいなくても、雷が落とされるのではないかと怯えた。
 シルヴァーがモノを殺害した一件は、それほどまでに強い影響を僕にもたらしたわけだ。

「びくびくするな、みっともない。女王に仕える奴隷らしく、もっと堂々としていろ、堂々と」
 眉をひそめて苦言を呈されることもしばしばあった。
 そのたびに、その態度を改めると口頭で宣言した。実践もした。しかし少し時間が経つと、呆気なく元どおりになった。

 それほどまでに、僕はシルヴァーを恐れた。
 苦痛の種だし、恐ろしいが、生きていくうえでは頼りになるし、広い意味での楽しみを与えてくることもある存在だ。
 これまでのそのような認識は、今や根底から崩れ、純然たる恐怖の対象に成り下がっていた。

 モノが殺された翌日の夜から、何事もなかったようにセックスの習慣が再開された。
 僕は肉体的に健康な若い男だ。セックスをする以上は、相手が恐怖の対象であっても快感を覚える。しかし、どう足掻いても苦痛からは切り離せない快感だった。
 再開直後の夜は、長時間ではなかったし、暴力も伴わなかったが、それでも耐えがたい苦痛を感じた。事件の直後に予感したように、まさに地獄だった。

 シルヴァーがもたらしてくれるなにに対しても、喜びを感じられなくなった。
 遠回しで控えめな賞賛も。
 仕事に対する報酬としての、食事や休憩時間の増量も。
 そして、セックスも。
 与えられる報酬の量や頻度や種類は変わらないが、僕の受け止めかたは大きく変わった。どんな好意も素直に受け取れず、苦痛を感じてしまう。日々のどこを切り取っても喜びがない。

 暴言を浴びせられ、殴る蹴るの暴行を受け、食事抜きの罰を受け、長時間に及ぶセックスを強要される――。
 そんな奴隷生活に耐え抜いてこられたのは、希望があったからだ。頻度は少ないし、量もささやかだが、シルヴァーが与えてくれる希望があったからだ。
 しかし、モノが殺されたことで僕は、希望を希望だと感じられない心と体になってしまった。

 不幸中の幸いだったのは、寝込みを襲われる心配をしなくてもいいことだろう。
 セックスをしたあと、シルヴァーはただちに熟睡に陥り、僕が目覚めるよりも遅く眠りから覚めるのだ。
 病人を演じて僕とモノの情交の現場を押さえた、悪魔的な演技力の持ち主である女王といえども、深い眠りに陥っているのを装おうのはさすがに無理だ。だから、睡眠不足に陥る事態は免れた。
 そうはいっても、いつ殺されるかという恐怖は健在だから、気が休まる時間帯はほとんどない。最悪よりはましかもしれないが、ましの程度があまりにも小さすぎて、なんの慰めにもならない。

 こうなってしまった以上、願うことはただ一つ。
 女王のもとから逃げ出したい。
 島から脱出したい。
 奪われてしまった記憶なんて、もうどうだっていいから。
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