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全ての終わり 前編
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がくり、とシルヴァーの首が垂れた。
「陛下? 陛下!」
最初は怖々と、途中からは首がもげそうにくらい激しく、女王の体を揺さぶった。
反応はない。
左胸に手を宛がってみる。
鼓動は感じられない。
シルヴァーは、死んだ。
僕の頬を涙が伝う。とても、とても、静かな涙だ。
僕はシルヴァーが死んで、悲しい。悲しんでいる。
「……いや」
違う。悲しみ、だけではない。
喜んでもいる。
というよりも、悲しいことに喜んでいるというべきか。
泣きながら、悲しみながら、喜びながら、僕は理解する。
僕はシルヴァーと同じ性癖の持ち主だ。つ
らくて・苦しくて・悲しいとき、嬉しくて・楽しくて・喜ばしいと思う、そんな歪んだ人間だったのだ。
シルヴァーが危険な人物であることは、早い段階で分かっていた。
モノに頼んで舟にのせてもらい、島から脱出するという方法も、モノの存在を知った時点で思い浮かんでいた気がする。
なにも逃げなくても、シルヴァーよりも僕のほうが体格に勝っているのだから、殺そうと思えばすぐにでも殺せたはずだ。
署名した奴隷契約書だって、なんの効力もないただの紙切れだと理解していた。
それにもかかわらず、島で暮らし続けた。
シルヴァーを殺さなかった。
奴隷であり続けた。
なぜなのか?
奴隷でいたかったからだ。
虐待される日常を送りたかったからだ。
つらさ・苦しさ・悲しさ――すなわち、僕にとっての楽しさ・喜び・嬉しさを味わいたいがために。
この性癖を獲得したのは、記憶を失った副作用なのか。それとも、もともと持ち合わせていたのか。
僕には知る由もないが、真相なんてどうでもいい。
シルヴァーは死んだ。死んでしまった。
僕は女王の亡骸を抱きしめ、しばし両義的な感情に浸った。
* * *
一睡もできないまま、この島に何十回目かの朝がやってきた。
すっかり冷たくなったシルヴァーを肩に担いで、僕は「地獄の穴」へと向かう。
墓穴を掘るための道具は持参しなかった。女王の遺体を運ばなければならないから、道具まで持ち運ぶとなると重たくて大変だ、などというちっぽけな理由からではない。あえて手で掘ることで、完成までの長い時間、シルヴァーとの思い出や今後の僕の人生についてなど、様々な事柄について考えを巡らせたかったのだ。
「地獄の穴」には大量の蠅が飛び交っている。シルヴァーにたかろうとする一匹一匹を手で払いながら、柔らかな大地を地道に掘っていく。
体が、手が、泥まみれになったとしても、僕を叱り飛ばす人間はもはやこの島にはいない。
そう思うと、悲しいというよりも寂しかった。ほのかに甘美な寂しさだった。
当初の予定どおり、様々なことを考えたが、どれもちぎれ雲のようにこま切れで、まとまりに欠ける。
それでも埋葬を完了し、死者に冥福を祈り終えたときには、方針は定まっていた。
島から出よう。
「陛下? 陛下!」
最初は怖々と、途中からは首がもげそうにくらい激しく、女王の体を揺さぶった。
反応はない。
左胸に手を宛がってみる。
鼓動は感じられない。
シルヴァーは、死んだ。
僕の頬を涙が伝う。とても、とても、静かな涙だ。
僕はシルヴァーが死んで、悲しい。悲しんでいる。
「……いや」
違う。悲しみ、だけではない。
喜んでもいる。
というよりも、悲しいことに喜んでいるというべきか。
泣きながら、悲しみながら、喜びながら、僕は理解する。
僕はシルヴァーと同じ性癖の持ち主だ。つ
らくて・苦しくて・悲しいとき、嬉しくて・楽しくて・喜ばしいと思う、そんな歪んだ人間だったのだ。
シルヴァーが危険な人物であることは、早い段階で分かっていた。
モノに頼んで舟にのせてもらい、島から脱出するという方法も、モノの存在を知った時点で思い浮かんでいた気がする。
なにも逃げなくても、シルヴァーよりも僕のほうが体格に勝っているのだから、殺そうと思えばすぐにでも殺せたはずだ。
署名した奴隷契約書だって、なんの効力もないただの紙切れだと理解していた。
それにもかかわらず、島で暮らし続けた。
シルヴァーを殺さなかった。
奴隷であり続けた。
なぜなのか?
奴隷でいたかったからだ。
虐待される日常を送りたかったからだ。
つらさ・苦しさ・悲しさ――すなわち、僕にとっての楽しさ・喜び・嬉しさを味わいたいがために。
この性癖を獲得したのは、記憶を失った副作用なのか。それとも、もともと持ち合わせていたのか。
僕には知る由もないが、真相なんてどうでもいい。
シルヴァーは死んだ。死んでしまった。
僕は女王の亡骸を抱きしめ、しばし両義的な感情に浸った。
* * *
一睡もできないまま、この島に何十回目かの朝がやってきた。
すっかり冷たくなったシルヴァーを肩に担いで、僕は「地獄の穴」へと向かう。
墓穴を掘るための道具は持参しなかった。女王の遺体を運ばなければならないから、道具まで持ち運ぶとなると重たくて大変だ、などというちっぽけな理由からではない。あえて手で掘ることで、完成までの長い時間、シルヴァーとの思い出や今後の僕の人生についてなど、様々な事柄について考えを巡らせたかったのだ。
「地獄の穴」には大量の蠅が飛び交っている。シルヴァーにたかろうとする一匹一匹を手で払いながら、柔らかな大地を地道に掘っていく。
体が、手が、泥まみれになったとしても、僕を叱り飛ばす人間はもはやこの島にはいない。
そう思うと、悲しいというよりも寂しかった。ほのかに甘美な寂しさだった。
当初の予定どおり、様々なことを考えたが、どれもちぎれ雲のようにこま切れで、まとまりに欠ける。
それでも埋葬を完了し、死者に冥福を祈り終えたときには、方針は定まっていた。
島から出よう。
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