1 / 59
1
しおりを挟む
近くからではないと見えないものがこの世界にはたくさんある。
たとえば、クラスメイトの住友みのりさん。
僕の席は住友さんの席のすぐ後ろだ。だから、他のクラスメイトはきっと知らない、彼女のささやかな秘密をいくつも知っている。
たとえば、プリントを僕に回す手つきの優しさ。
たとえば、クラス一の美人と目されている竹澤さんに引けをとらない、端正な横顔。
たとえば、ゴールデンウィーク明けから、憂うつそうな表情をよく見せていること。
後ろから眺めるから、視界に映る時間の大半を占めるのは、住友さんの後頭部と背中。顔が見えるチャンスはあまりないけど、それでも距離が近いというのは、その人を知るにあたっての大きなアドバンテージになる。
住友さんが何気なく右や左を向くことで、僕の視界には一瞬、彼女の横顔が映る。
一瞬というと短すぎるようだけど、何十回、下手したら何百回とその一瞬を目の当たりにしてきた僕にとっては、状態を見極めるには充分な時間だ。今日は寝不足なのかな、とか、機嫌がいいみたいだ、といったふうに、大まかな体調や精神状態が瞬時に把握できる。
「連休明けから憂うつそうな顔をしている」というのも、一瞬の積み重ねから導き出した事実だ。
*
僕以外にも、住友さんの異変に気づいている人がいたことが、連休が明けて三日目となる水曜日に明らかになった。
「みのり、どうしたの? なんかちょっと元気なさそうだけど」
住友さんの席に集まっていた彼女の友だちの一人・羽生田さんが、おもむろにそう尋ねたのだ。
羽生田さんは、住友さんが所属するグループのリーダー的存在だ。明るくて面倒見がよくて、笑ったときの顔が魅力的、という印象がある。
僕自身は、羽生田さんと私的な会話を交わしたことはない。ただ、彼女のグループに所属する女子たちは、教室の中央にある住友さんの机――ようするに僕の席の前の席で休み時間を過ごすことが多い。だから、直接コミュニケーションをとらなくとも、性格や特徴がなんとなく把握できてしまうのだ。
「ゴールデンウィーク明けからかな。ずっとテンション低めっていうか、憂うつそうっていうか、そんな感じだけど、どうしたの? 休み中になにかあったとか?」
「そうかな。そんなふうに見える?」
住友さんは肩にかかる長さの黒髪を軽く撫でて、半円を作るように立ち並ぶ四人の顔を、時計回りに一人ずつ順番に見た。そのさいに見えた横顔は、無表情に近かった。
「うん、見える。なんか悩みあるんだったら、わたしたちに相談して。協力するから」
羽生田さんの言葉に、他の女子たちは首の動きで同意を示す。
「ありがとう。心配してくれたのはうれしいけど、でも、悩みごととか困りごとととか、そういうのは全然ないから。昨日はちょっと寝る時間が遅かったから、寝不足のせいで、なんとなく暗い表情に見えたのかも」
「今日だけじゃないでしょ。みのり、月曜からずっとそんな感じだった。暗いっていうか、浮かないっていうか。いかにも『悩みを抱えてます』って顔だったよ」
住友さんがはっと息を呑んだ気配が伝わってきた。それを境に、彼女がまとっている雰囲気が少し変わった。言葉で表すのは難しいけど、とにかくなにかが。
胸騒ぎがする。
しかし、羽生田さんは顔色一つ変えずにしゃべりつづけるし、他の三人は彼女を止めようとはしない。
たとえば、クラスメイトの住友みのりさん。
僕の席は住友さんの席のすぐ後ろだ。だから、他のクラスメイトはきっと知らない、彼女のささやかな秘密をいくつも知っている。
たとえば、プリントを僕に回す手つきの優しさ。
たとえば、クラス一の美人と目されている竹澤さんに引けをとらない、端正な横顔。
たとえば、ゴールデンウィーク明けから、憂うつそうな表情をよく見せていること。
後ろから眺めるから、視界に映る時間の大半を占めるのは、住友さんの後頭部と背中。顔が見えるチャンスはあまりないけど、それでも距離が近いというのは、その人を知るにあたっての大きなアドバンテージになる。
住友さんが何気なく右や左を向くことで、僕の視界には一瞬、彼女の横顔が映る。
一瞬というと短すぎるようだけど、何十回、下手したら何百回とその一瞬を目の当たりにしてきた僕にとっては、状態を見極めるには充分な時間だ。今日は寝不足なのかな、とか、機嫌がいいみたいだ、といったふうに、大まかな体調や精神状態が瞬時に把握できる。
「連休明けから憂うつそうな顔をしている」というのも、一瞬の積み重ねから導き出した事実だ。
*
僕以外にも、住友さんの異変に気づいている人がいたことが、連休が明けて三日目となる水曜日に明らかになった。
「みのり、どうしたの? なんかちょっと元気なさそうだけど」
住友さんの席に集まっていた彼女の友だちの一人・羽生田さんが、おもむろにそう尋ねたのだ。
羽生田さんは、住友さんが所属するグループのリーダー的存在だ。明るくて面倒見がよくて、笑ったときの顔が魅力的、という印象がある。
僕自身は、羽生田さんと私的な会話を交わしたことはない。ただ、彼女のグループに所属する女子たちは、教室の中央にある住友さんの机――ようするに僕の席の前の席で休み時間を過ごすことが多い。だから、直接コミュニケーションをとらなくとも、性格や特徴がなんとなく把握できてしまうのだ。
「ゴールデンウィーク明けからかな。ずっとテンション低めっていうか、憂うつそうっていうか、そんな感じだけど、どうしたの? 休み中になにかあったとか?」
「そうかな。そんなふうに見える?」
住友さんは肩にかかる長さの黒髪を軽く撫でて、半円を作るように立ち並ぶ四人の顔を、時計回りに一人ずつ順番に見た。そのさいに見えた横顔は、無表情に近かった。
「うん、見える。なんか悩みあるんだったら、わたしたちに相談して。協力するから」
羽生田さんの言葉に、他の女子たちは首の動きで同意を示す。
「ありがとう。心配してくれたのはうれしいけど、でも、悩みごととか困りごとととか、そういうのは全然ないから。昨日はちょっと寝る時間が遅かったから、寝不足のせいで、なんとなく暗い表情に見えたのかも」
「今日だけじゃないでしょ。みのり、月曜からずっとそんな感じだった。暗いっていうか、浮かないっていうか。いかにも『悩みを抱えてます』って顔だったよ」
住友さんがはっと息を呑んだ気配が伝わってきた。それを境に、彼女がまとっている雰囲気が少し変わった。言葉で表すのは難しいけど、とにかくなにかが。
胸騒ぎがする。
しかし、羽生田さんは顔色一つ変えずにしゃべりつづけるし、他の三人は彼女を止めようとはしない。
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
隠れ御曹司は、最強女子を溺愛したい
藤永ゆいか
児童書・童話
過去のある出来事から、空手や合気道を習うようになった私。
そして、いつしか最強女子と言われるようになり、
男子が寄りつかなくなってしまった。
中学では恋がしたいと思い、自分を偽って
学校生活を送ることにしたのだけど。
ある日、ひったくり犯を撃退するところを
クラスメイトの男子に見られてしまい……。
「お願い。このことは黙ってて」
「だったら、羽生さん。
俺のボディーガード兼カノジョになってよ」
「はい!?」
私に無茶な要求をしてきた、冴えないクラスメイトの
正体はなんと、大財閥のイケメン御曹司だった!?
* * *
「ボディーガードなんて無理です!」
普通の学校生活を送りたい女子中学生
羽生 菜乃花
×
「君に拒否権なんてないと思うけど?」
訳あって自身を偽る隠れ御曹司
三池 彗
* * *
彗くんのボディーガード兼カノジョになった
私は、学校ではいつも彼と一緒。
彗くんは、私が彼のボディーガードだからそばにいるだけ。
そう思っていたのに。
「可愛いな」
「菜乃花は、俺だけを見てて」
彗くんは、時に甘くて。
「それ以上余計なこと言ったら、口塞ぐよ?」
私にだけ、少し意地悪で。
「俺の彼女を傷つける人は、
たとえ誰であろうと許さないから」
私を守ってくれようとする。
そんな彗くんと過ごすうちに私は、
彼とずっと一緒にいたいと思うようになっていた──。
「私、何があっても彗くんのことは絶対に守るから」
最強女子と隠れ御曹司の、秘密の初恋ストーリー。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
宇宙人は恋をする!
山碕田鶴
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞/奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。】
私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。
全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの?
中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉
(表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろ」様に感謝)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる