秘密

阿波野治

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 近くからではないと見えないものがこの世界にはたくさんある。
 たとえば、クラスメイトの住友みのりさん。
 僕の席は住友さんの席のすぐ後ろだ。だから、他のクラスメイトはきっと知らない、彼女のささやかな秘密をいくつも知っている。

 たとえば、プリントを僕に回す手つきの優しさ。
 たとえば、クラス一の美人と目されている竹澤さんに引けをとらない、端正な横顔。
 たとえば、ゴールデンウィーク明けから、憂うつそうな表情をよく見せていること。

 後ろから眺めるから、視界に映る時間の大半を占めるのは、住友さんの後頭部と背中。顔が見えるチャンスはあまりないけど、それでも距離が近いというのは、その人を知るにあたっての大きなアドバンテージになる。

 住友さんが何気なく右や左を向くことで、僕の視界には一瞬、彼女の横顔が映る。
 一瞬というと短すぎるようだけど、何十回、下手したら何百回とその一瞬を目の当たりにしてきた僕にとっては、状態を見極めるには充分な時間だ。今日は寝不足なのかな、とか、機嫌がいいみたいだ、といったふうに、大まかな体調や精神状態が瞬時に把握できる。

「連休明けから憂うつそうな顔をしている」というのも、一瞬の積み重ねから導き出した事実だ。


*


 僕以外にも、住友さんの異変に気づいている人がいたことが、連休が明けて三日目となる水曜日に明らかになった。

「みのり、どうしたの? なんかちょっと元気なさそうだけど」
 住友さんの席に集まっていた彼女の友だちの一人・羽生田さんが、おもむろにそう尋ねたのだ。

 羽生田さんは、住友さんが所属するグループのリーダー的存在だ。明るくて面倒見がよくて、笑ったときの顔が魅力的、という印象がある。
 僕自身は、羽生田さんと私的な会話を交わしたことはない。ただ、彼女のグループに所属する女子たちは、教室の中央にある住友さんの机――ようするに僕の席の前の席で休み時間を過ごすことが多い。だから、直接コミュニケーションをとらなくとも、性格や特徴がなんとなく把握できてしまうのだ。

「ゴールデンウィーク明けからかな。ずっとテンション低めっていうか、憂うつそうっていうか、そんな感じだけど、どうしたの? 休み中になにかあったとか?」
「そうかな。そんなふうに見える?」

 住友さんは肩にかかる長さの黒髪を軽く撫でて、半円を作るように立ち並ぶ四人の顔を、時計回りに一人ずつ順番に見た。そのさいに見えた横顔は、無表情に近かった。

「うん、見える。なんか悩みあるんだったら、わたしたちに相談して。協力するから」
 羽生田さんの言葉に、他の女子たちは首の動きで同意を示す。

「ありがとう。心配してくれたのはうれしいけど、でも、悩みごととか困りごとととか、そういうのは全然ないから。昨日はちょっと寝る時間が遅かったから、寝不足のせいで、なんとなく暗い表情に見えたのかも」
「今日だけじゃないでしょ。みのり、月曜からずっとそんな感じだった。暗いっていうか、浮かないっていうか。いかにも『悩みを抱えてます』って顔だったよ」

 住友さんがはっと息を呑んだ気配が伝わってきた。それを境に、彼女がまとっている雰囲気が少し変わった。言葉で表すのは難しいけど、とにかくなにかが。
 胸騒ぎがする。
 しかし、羽生田さんは顔色一つ変えずにしゃべりつづけるし、他の三人は彼女を止めようとはしない。
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