なぜならこの世界は

阿波野治

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 律儀にインターフォンを鳴らしたのだから人間のはずだ。自分に言い聞かせるように心の中で呟き、椅子から立つ。扉の鍵を開けた直後、そういう安直な決めつけが命取りになるぞ、という自戒の念が追いかけてきた。
 葛藤が生じたが、戦いは二秒で幕を下ろした。栄田くんの右手は見えない力に操られるかのように、なかば無意識にノブを回した。
 扉は外側から開かれた。

「やっほー! でんちゃん来たよ――って、あれれ?」
 栄田くんは瞠目した。訪問者は、派手で、華やかで、肌の露出が多い洋服に身を包んだ、ハイカラな少女。
 顔の造作には幼さが残っていて、二十歳に達していないだろう。巧みな化粧により、目鼻立ちの幼さは辛うじて痕跡を留める程度に塗り潰され、妖艶な色香がほのかに立ち昇っている。十代の少女にしては背が高く、髪の毛を赤みがかった茶色に染めているため、一見西洋人のようだ。

 庇髪? 海老茶袴? おととい来やがれ。
 そんなメッセージをひしひしと感じる。

 華やかな容色と、舶来品と思われる香水のエキゾチックな芳香の合わせ技に、栄田くんはどぎまぎしてしまう。先生の評判を落とすような言動は慎まなければ、という意識が作用しなければ、目も合わせるのも難しかったかもしれない。

「えっと、どちら様でしょうか」
「でんちゃんのいとこだよ。心愛っていうんだけど」
 無意識に媚びるような甘ったるい声。「でんちゃん」とは誰なのか尋ねようとして、先生のファーストネームである「東伝」に由来する綽名だと気がつく。

「君こそ誰? 見かけない顔だけど。でんちゃんの友達? 隠し子?」
「書生として雇われた者です。昨日から働き始めたばかりなんです」
「そうだったんだ。そりゃ知らないはずだよね。えっと、今でんちゃんは在宅?」
「はい。先生は昼食を召し上がったあと、ずっと書斎にこもられています」
「堅苦しいしゃべり方するんだね。敬語とか使って、疲れない? そういうの、わたしは絶対無理。真面目くんなんだね、君って。そういえば、名前は?」
「栄田件、ですが」
「へー、変わった名前! くーちゃんって呼んでもいいかな?」
「はい。お好きに呼んでいただければ」

 心愛から目を逸らし、こめかみを掻く。
 苦手だ、と思う。初対面なのに、この人はどうしてこうも馴れ馴れしいのだろう。

 臆することなく目を見つめてくるので、心が安息できない。心愛の言動からは奇妙な自信が満ち溢れていて、堂々としているから、気後れしてしまう。やましいことなどなにもないのに視線を逸らしそうになる。
 しかし、下方に逃がそうものなら、大胆に開いた胸元から覗く白い膨らみが目に飛び込んでくる。若い女性の間ではありふれたファッションだという知識は持っているが、堕落していると感じる。流行を批判的に見るのは保守的で、褒められたものではないと認識しているが、拒絶感は拭えない。
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