50 / 109
50
しおりを挟む
まだ二日目、その場所で書生が番をしている光景を見慣れていないから、無意識に注目したのか。それとも、廊下に出たことで、あるいは書斎の中で仕事に励んでいたときから、書生の油断を察知していて、弛まずに仕事に励んでくれよ、という警告と激励の意味だったのか。
真相は定かではないが、とにもかくにも居住まいを正した。
ほどなく先生が厠から出てきた。事務机へと歩み寄ってくる。
「今日は私のいとこが来るかもしれない」
振り向いた栄田くんに単刀直入に告げた。ふと思い出した些事を報告するような口振りだ。
「もし来たら、一応話を聞いてから追い払ってくれ。手に余るようなら私を呼ぶように」
「その方と会う約束は交わされていないのですか?」
「ああ。私はあいつに用はないが、あいつは用があるから勝手に来るのだよ」
淡々とした受け答えだが、声には苦いものが混じっている。
「くだらない用だから、あいつがどんなに切実に訴えたとしても追い返すように。choleraがあいつに化けることはないだろうが、会話に気を取られている隙に侵入するかもしれないから、くれぐれも気をつけること。頼んだよ」
先生は去った。二人の関係性を詳しく知りたい気持ちはあったが、これ以上疑問を投げかけられる雰囲気ではなかった。
インターフォンが鳴ったのは、それから十分も経たないときのこと。
どこか間の抜けた呼び出し音を聞いた瞬間、すわcholeraかと、栄田くんは心も体も構えた。高い濃度で保たれていた集中力と緊張感はさらに高まり、脳髄が自転を開始する。
訪問者はcholeraなのか? だとしたら、どう対処するべきなんだ? それとも、先生が言っていたいとこ?
椅子から腰を上げ、扉へと歩を進める。なにかから急かされているように感じる。京山家で書生として働き始めて、初となる来訪者。それはcholeraかもしれない。危機感と懸念は、恐怖と不安へと形を変えた。心臓は高鳴りすぎて物理的に痛いし、手汗は大量だし、呼吸は速い。
それでも思い切って開錠し、扉を開いた。
「やっほー! でんちゃん来たよ――って、あれれ?」
調子外れにも聞こえる、甘味成分を多分に孕んだ陽性の高音。そして、どこか官能的な香水の香り。栄田くんは瞠目した。
底抜けに明るい笑みに包まれていた少女の顔は、栄田くんを目の当たりにした瞬間、驚きの色を表示した。
化粧によって巧みに隠蔽しているが、目鼻立ちの幼さは誤魔化しきれておらず、まだ十代だろう。頭髪は見るも鮮やかなピンク色。胸元が開いたトップスに、下着が見えそうなほど裾が短いスカートと、肌の露出面積が広い。
真相は定かではないが、とにもかくにも居住まいを正した。
ほどなく先生が厠から出てきた。事務机へと歩み寄ってくる。
「今日は私のいとこが来るかもしれない」
振り向いた栄田くんに単刀直入に告げた。ふと思い出した些事を報告するような口振りだ。
「もし来たら、一応話を聞いてから追い払ってくれ。手に余るようなら私を呼ぶように」
「その方と会う約束は交わされていないのですか?」
「ああ。私はあいつに用はないが、あいつは用があるから勝手に来るのだよ」
淡々とした受け答えだが、声には苦いものが混じっている。
「くだらない用だから、あいつがどんなに切実に訴えたとしても追い返すように。choleraがあいつに化けることはないだろうが、会話に気を取られている隙に侵入するかもしれないから、くれぐれも気をつけること。頼んだよ」
先生は去った。二人の関係性を詳しく知りたい気持ちはあったが、これ以上疑問を投げかけられる雰囲気ではなかった。
インターフォンが鳴ったのは、それから十分も経たないときのこと。
どこか間の抜けた呼び出し音を聞いた瞬間、すわcholeraかと、栄田くんは心も体も構えた。高い濃度で保たれていた集中力と緊張感はさらに高まり、脳髄が自転を開始する。
訪問者はcholeraなのか? だとしたら、どう対処するべきなんだ? それとも、先生が言っていたいとこ?
椅子から腰を上げ、扉へと歩を進める。なにかから急かされているように感じる。京山家で書生として働き始めて、初となる来訪者。それはcholeraかもしれない。危機感と懸念は、恐怖と不安へと形を変えた。心臓は高鳴りすぎて物理的に痛いし、手汗は大量だし、呼吸は速い。
それでも思い切って開錠し、扉を開いた。
「やっほー! でんちゃん来たよ――って、あれれ?」
調子外れにも聞こえる、甘味成分を多分に孕んだ陽性の高音。そして、どこか官能的な香水の香り。栄田くんは瞠目した。
底抜けに明るい笑みに包まれていた少女の顔は、栄田くんを目の当たりにした瞬間、驚きの色を表示した。
化粧によって巧みに隠蔽しているが、目鼻立ちの幼さは誤魔化しきれておらず、まだ十代だろう。頭髪は見るも鮮やかなピンク色。胸元が開いたトップスに、下着が見えそうなほど裾が短いスカートと、肌の露出面積が広い。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
見上げた空は、今日もアオハルなり
木立 花音
青春
──私の想いは届かない。私には、気持ちを伝えるための”声”がないから。
幼馴染だった三人の少年少女。広瀬慎吾(ひろせしんご)。渡辺美也(わたなべみや)。阿久津斗哉(あくつとおや)。そして、重度の聴覚障害を抱え他人と上手くうち解けられない少女、桐原悠里(きりはらゆうり)。
四人の恋心が激しく交錯するなか、文化祭の出し物として決まったのは、演劇ロミオとジュリエット。
ところが、文化祭の準備が滞りなく進んでいたある日。突然、ジュリエット役の桐原悠里が学校を休んでしまう。それは、言葉を発しない彼女が出した、初めてのSOSだった。閉ざされた悠里の心の扉をひらくため、今、三人が立ち上がる!
これは──時にはぶつかり時には涙しながらも、卒業までを駆け抜けた四人の青春群像劇。
※バレンタイン・デイ(ズ)の姉妹作品です。相互にネタバレ要素を含むので、了承願います。
※表紙画像は、ミカスケ様にリクエストして描いて頂いたフリーイラスト。イメージは、主人公の一人悠里です。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる