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幼少時
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列島がバブル景気に沸く昭和末期、地方公務員の父親とパートタイマーの母親の長男として、深見慎也はこの世に生を享けた。
慎み深い人間に成長してほしいとの願いを込めて、慎也、と名付けられた少年が、慎み深いを通り越して必要なことすら口にしない子供時代を送り、大人になってもその性質が矯正されないとは、泣いて寝て乳を吸うのが仕事の慎也本人は言わずもがな、三十を過ぎて授かった子供に有頂天になっていた両親も、想像だにしなかった。
動物好きの、無口な子供。可能な限り文字数を節約し、なおかつ不足なく言い表すならば、慎也の幼少時代は以上の説明が適当といえた。
慎也は幼少時より、家族以外の他者に対して、自らの意思を口頭で伝えることに激しい恐怖と羞恥を感じていた。幼稚園に入園し、一定時間、家族以外の他者と共に過ごすようになったことで、症状はある程度改善したが、それ以前は目も当てられなかった。家族以外の者と対話する必要が生じた時、両親と一緒だった場合は、脱兎のごとくその背中に隠れた。一人だった場合は、俯き、唇を固く結び、全身を強張らせ、相手が自分に構わなくなるのをひたすら待った。待つ時間があまりにも長引くと、泣き出すことも珍しくなかった。
そのような慎也の様子を見た他者は、人見知り、と彼を評した。その際の評者の声と口元には、大抵の場合、悪意のない微笑が滲んだ。彼の両親の見解も同様だった。
慎也の両親は、人見知りという症状を辞書通りに解釈していた。即ち、人見知りは幼少期特有の病気である、齢を重ねるに従って回復し、いずれ完治する、本人の努力次第で早期の完治が可能である、と。
慎也が物心ついて以降、両親は積極的にポジティブなメッセージを彼に贈った。要約したならば、やればできる、という意味のメッセージを。
やればできる。
この言葉が、彼らが考えていたよりも遥かに長期間、慎也を苦しめることになるとは、彼らは想像もしていなかった。
慎み深い人間に成長してほしいとの願いを込めて、慎也、と名付けられた少年が、慎み深いを通り越して必要なことすら口にしない子供時代を送り、大人になってもその性質が矯正されないとは、泣いて寝て乳を吸うのが仕事の慎也本人は言わずもがな、三十を過ぎて授かった子供に有頂天になっていた両親も、想像だにしなかった。
動物好きの、無口な子供。可能な限り文字数を節約し、なおかつ不足なく言い表すならば、慎也の幼少時代は以上の説明が適当といえた。
慎也は幼少時より、家族以外の他者に対して、自らの意思を口頭で伝えることに激しい恐怖と羞恥を感じていた。幼稚園に入園し、一定時間、家族以外の他者と共に過ごすようになったことで、症状はある程度改善したが、それ以前は目も当てられなかった。家族以外の者と対話する必要が生じた時、両親と一緒だった場合は、脱兎のごとくその背中に隠れた。一人だった場合は、俯き、唇を固く結び、全身を強張らせ、相手が自分に構わなくなるのをひたすら待った。待つ時間があまりにも長引くと、泣き出すことも珍しくなかった。
そのような慎也の様子を見た他者は、人見知り、と彼を評した。その際の評者の声と口元には、大抵の場合、悪意のない微笑が滲んだ。彼の両親の見解も同様だった。
慎也の両親は、人見知りという症状を辞書通りに解釈していた。即ち、人見知りは幼少期特有の病気である、齢を重ねるに従って回復し、いずれ完治する、本人の努力次第で早期の完治が可能である、と。
慎也が物心ついて以降、両親は積極的にポジティブなメッセージを彼に贈った。要約したならば、やればできる、という意味のメッセージを。
やればできる。
この言葉が、彼らが考えていたよりも遥かに長期間、慎也を苦しめることになるとは、彼らは想像もしていなかった。
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