緘黙記

阿波野治

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転校②

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 慎也は翌日より、金髪ピアスの生徒を中心としたクラスメイトの男子数名から暴言を浴びせられるようになった。初日の惨状を受けて思い描いた悪しき未来が、順当に現実と化した恰好だった。
 彼らは慎也に障害者のレッテルを貼り、差別用語を積極的に用いながら彼を揶揄した。あらゆる侮辱に無抵抗を貫く姿勢は、彼らの嘲笑の標的となると同時に、彼らを調子づかせた。面罵に耐え切れず、目から涙がこぼれたのを認めると、彼らは贔屓のスポーツチームが零対零の均衡を破る得点を上げたかのように欣喜雀躍した。
 数日後には、転校生を虐げる手段として、新たに暴力を採用した。彼らは彼を物理的に痛めつけるだけではなく、威嚇的に拳を振りかざし、振り下ろされる瞬間を恐れさせるというやり方でも自らの嗜虐心を満たした。
 物理的な被害を受けるようになったのを境に、慎也が涙を流す頻度は爆発的に増加した。瞬く間に目縁に溜まり、呆気なく頬を伝い落ちるその塩辛い雫は、彼らを図に乗らせることはあっても抑止力にはならなかった。
 慎也のクラスを受け持つ、中肉中背で眼鏡をかけた、平凡を絵に描いたような中年の男性担任教師は、問題を根本的に解決するための手を打たなかった。慎也が涙しているのを見かければ声をかけ、慎也が被害を受けている光景を認めれば加害者を注意するという、必要最低限の対応を取ったに過ぎない。従って、虐げる側としては、担任教師が断乎たる処置を取らざるを得ないような度を越した言動を、担任教師の前で慎みさえすればよかった。
 どれほど心身に傷を負っても、慎也は学校を休まなかった。卑劣で幼稚な彼らに屈してなるものかという、意地や負けん気からではない。理由も告げずに学校を休み、両親に心配をかけたくないという気持ちからでもない。中学生は中学校に行かなければならないという義務感、偏にそれが原動力だった。
 しかし、一か月半に及ぶ夏期休暇を経験したことで、気持ちが切れた。
 二学期の朝、慎也は目も意識も冴えているにもかかわらず、ベッドから出られなかった。出ようとするたびに、登校すれば味わわされるに違いない仕打ちが鮮明に想像され、気力が萎えてしまうのだ。
 登校時間が迫っても起きてこないことを心配し、母親が慎也の自室のドアをノックした。休みたい。震える声で彼は訴えた。母親は答える。始業式なんだから、半日で終わるんだから、頑張って行ってみれば?
 もっともな意見だと思った。心は大いに揺れた。一か月半の夏休みの間に、あいつらは僕のことなんてどうでもよくなったに違いない。二学期からはきっと虐められずに済む。そう自らに言い聞かせたが、不安は消えない。肯定の言葉を母親に返せない。
 沈黙が長く続き、やがて母親は、今日は休みなさい、と穏やかに告げた。慎也は漸くベッドから出た。
 後ろめたい気持ちで半日を過ごし、夜になって父親が職場から帰宅した。息子が学校を休んだ事実を母親から聞かされ、明日はちゃんと行くように、と本人に一声かける。彼はぎこちなく頷く。しかし翌朝になると、昨日と同様、ベッドから出ることができない。昨日に引き続き学校を休むこととなり、後ろめたい半日が始まる。
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