緘黙記

阿波野治

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元の中学校

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 僅か半年で元の学校に戻ってきた慎也を、同級生たちは好奇の目で眺めた。当然の成り行きとして、事情を探ろうとした。親の都合で。そう曖昧かつ簡単に説明しておけば、彼らとしても納得せざるを得なかっただろう。しかし彼は、転校する以前、彼らと一言も言葉を交わしたことがなかった。周囲がいくら問い質しても、彼は一言も答えることができなかった。
 人前で喋らないという不可解はそのままに、新たな不可解を携えて帰還した慎也に、転校前に彼をからかっていた生徒、からかわなかった生徒、共に距離を置いた。腫れ物扱いをするというより、ある種の掴みどころのなさにとっつきにくさを感じ、積極的に関わることに意義を見出せずにいる、といった様子だった。
 幼稚園に入園して以来、初めてとなる理由から、学校へ行きづらいと慎也は感じた。幸か不幸か、一か月近くに及ぶ不登校を経験したことで、彼は「逃げる」という選択肢の存在を知ってしまった。登校しづらい気持ちを殺して登校する困難から、彼は逃げた。二度目の転校から僅か一か月後のことだった。

 父方の祖父母宅での居候生活において、慎也は祖父母から大いに甘やかされた。好きな時間に好きなことができたし、表明したささやかな要求が叶えられないことはまずなかった。説教や小言は、祖父が時たま遠回しに、配慮の行き届いた台詞回しで口にする程度。自らの心身に一定以上の負担がかかる一仕事を慎也が欲したとしても、彼らは断乎として提供しなかっただろう。
 慎也が学校へ行かなくなってからも、孫に対する祖父母の態度に変化は表れなかった。そのため、一日中自宅で無為に過ごしても、本来果たすべき義務を怠っている罪悪感に苛まれずに済んだ。学校でも家でも辛苦に満ちた時間を過ごしてきたのだから、少々楽をしても許されるはずだ。このままだと僕は堕落してしまう。相反する思いを抱きながらも、祖父母に甘やかされる生活に身を委ね続けた。
 息子が復帰先の中学校でも不登校になったことに対して、両親は責任を感じていたらしい。一週間に一度、母親が様子を見に来る以外の機会に、彼らは慎也と顔を合わせようとしなかった。それが彼らなりの責任の取り方であり、責任を感じている意を表明する方法だった。母親は祖父母宅を訪問した際、息子と言葉を交わすことはあっても、彼が学校へ行っていないことには一切言及しなかった。そのお陰で、彼は心を乱されずに済み、彼らに対する感情が今以上に悪化することはなかった。慎也は安定した精神状態で日々を消費した。
 平穏を打ち破る出来事は、出し抜けに、慎也が想像もしていなかった形で到来した。慎也のクラスの担任教師が、彼の不登校について祖父母と意見を交わすため、祖父母宅を訪問することになったのだ。
 慎也は激しく動揺した。転校する以前に通っていた中学校の応接室で、校長と担任教師と慎也親子の計五人により行われた、五者会談のことが思い出された。当人を置き去りにして大人たちが交わす、何もかもが曖昧な会話。その一部始終を聞かなければならないのかと思うと、嫌悪感と拒絶感が押し寄せた。招くのではなく出向くという形を取ったのは、何らかの厳しい意見をぶつける用意があるからではないか、という邪推に起因する恐怖もあった。
 担任教師と相対する状況を回避するべく、慎也は自宅を抜け出した。しかしあえなく、庭先で担任教師の到着を待っていた祖母に見つかり、引き留められた。押し問答を繰り広げているうちに、見覚えのない黒色の自動車が門前に停まった。降り立ったのは、肥満した、四十代半ばの男性担任教師。
 善くも悪くも邪心を持たない祖母は、孫が担任教師と顔を合わせることを嫌がり、それを理由に外出しようとしていた事実を包み隠さずに話した。聞き終えた担任教師は、不登校の教え子に向かって、厳しい表情と口調で断言した。
「逃げるのは卑怯者がすることだ」
 会談に参加することこそ免れたものの、この日以降、慎也は後ろめたさを感じながら日々を送ることを余儀なくされた。
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