緘黙記

阿波野治

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高校

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 未成熟な人間は、自らが所属する集団内に異質な存在を見つけると、未成熟な者同士で徒党を組んで異質な存在を攻撃する。
 人前で喋らないという明白な異質性を有する慎也が攻撃の矛先を向けられ、一切反撃を行わないが故に継続的な攻撃の対象となる。その構図は、彼が高校に入学してからも変わらなかった。
 未熟なりに成熟し、幼さから卒業した彼らは、嗜虐心を満たすために暴力を行使することは滅多にない。しかし、慎也が病的に無口な人間だという情報を把握していない生徒の割合が増加したのに伴い、彼に精神的苦痛を与える生徒の総数が増加したため、彼が受ける精神的苦痛の総量は、中学一年生の時と大同小異だった。
 大差がないならば、中学一年生の時と同様、苦しみながらも学校に通い続けられたはずだ。しかし中学一年生の時とは異なり、通学には自転車で二十分を要した。世間一般の高校生からすれば取るに足らない距離なのだろうが、およそ一年半の間、引きこもりと呼んでも差し支えない生活を送り、すっかり体力が低下した慎也からすれば、苦行以外のなにものでもなかった。
 ただ単に体力に欠けるだけだったならば、耐えられなくはなかっただろう。しかし彼の場合、その苦行を終えた後には、学校生活という別の苦行が待ち受けている。二つの苦行をこなしながら毎日登校し続けることは、精神的に打たれ強いわけではなく、不登校を経験したことで「逃げる」という選択肢の存在を知ってしまった彼にとって、至難の業だった。
 慎也は秋頃より学校へ行かなくなった。
 家族の対応は三者三様だった。同居する祖父母は、登校するよう、やんわりと彼を促した。週末になるたびに祖父母宅を訪れる母親は、下手な干渉は逆効果だと考えているらしく、義母と義父と小一時間ばかり世間話をしただけで帰った。父親は、週五日の仕事をこなし、週二日の休暇を自身の休息に充てるのに忙しいらしく、息子のために行動を起こすことはない。
 出席日数が不足し、留年が確定するその日は着実に近づいていた。祖父母は次第に孫への働きかけを強めた。祖母は登校を促す言葉をかけるだけだったが、祖父は強硬な手段を取った。毎朝、嫌がる慎也をなだめすかして車に乗せ、高校の駐車場まで行ってそこに駐車し、授業に出席するよう、車内で彼の説得に当たったのだ。
 心から孫のためを思っての行動だと理解できたからこそ、慎也は祖父の車に乗った。説得に耳を傾けた。しかし、どうしても教室へ向かうことができない。やがて授業開始を告げるチャイムが鳴り、重苦しい沈黙の中、我が家に引き返す。昼になれば自室で祖母の手作り弁当を食べ、就寝するまでの長い時間を過ごす。朝を迎えれば、制服に着替え、祖母が作った弁当を鞄に入れて祖父の車に乗り込み、学校へ向かう。そして車中で心苦しいひとときを過ごし、始業のチャイムが鳴ったのを潮に帰宅する。
 祖父ちゃんと祖母ちゃんはこんなにも僕のことを想ってくれているのに、それに応えることができない。僕はなんて情けない人間なんだろう。慎也が惨めな思いを噛み締め、自責の念に苛まれない日はなかった。
 この日も登校しなければ留年が確定、という日がとうとう訪れた。その日の朝も、慎也は祖父と共に、学校の駐車場に駐車した祖父の車の中にいた。後がないだけあって、祖父は普段以上の熱意をもって孫に登校を促した。しかし慎也は、普段同様、それに応えることができない。
 しばらくして、複数の声と足音が聞こえてきた。慎也と祖父が乗っている車の方に近づいてくる。窓越しに見覚えのある姿が見えた。慎也のクラスメイトたちだ。彼らは二・三名を除いて、全員体操着に着替えている。体育の授業が行われる体育館への近道として、駐車場を横切っているのだ。
 車窓を介して数日ぶりに眺めた彼らは、取るに足らない少年少女という印象を受けた。畏怖の念も嫌悪の念も湧かない。不登校に陥る以前、学校生活を共にしていた時の彼らと本日の彼らは、慎也の目には殆ど別人に見えた。
 さり気なく車を降りて、さり気なくみんなの中に加わって、みんなと一緒に体育館へ向かえばいいのではないか。今後、みんなが僕をからかうことはないのではないか。からかわれたとしても、耐えられるのではないか。
 慎也の臀部は座席から僅かばかり浮いた。しかし彼は、ドアを開けて車から降りるのではなく、座り直すという動作を行った。
 出よう。出たい。確かにそう思った。しかし思いとは裏腹に、車外に出ることはできなかった。そして無情なチャイムの音が鳴り響いた。
 帰宅後、その日一日付き纏った惨めな思いは、慎也の語彙と表現力では到底言い表せない。
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