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ニート②
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その一件の後、母親はかなり強く父親を諌めたらしく、息子に対する父親の態度はいくらか軟化した。しかし、その代替として、彼に嫌味を言うようになった。攻撃の矛先は、慎也が年齢相応の義務を果たさないことに向いた。早い話が、自らの意思を口頭で他者に伝えようとしないこと。成人に達し、学校へ行っていないにもかかわらず、働かないこと。以上の二点に。
父親は主に、家族三人が一堂に会する夕食時に行動を起こした。
深見家ではニュース番組を視聴しながら夕食をしたためる。その中で、例えば、若者が街頭でインタビューを受けている模様が流れる。世間を賑わせている事件に対する自らの見解を、その若者ははきはきと述べる。父親はそれを見て、若いのに自分の意見をちゃんと言えて立派だ、という意味の感想を口にする。例えば、失業率が先月よりも悪化したというデータが紹介される。父親はそれを見て、同じ無職でも、働いていたが失業した人間の方が、最初から働いていない人間よりもよっぽど偉い、と私見を述べる。
父親は普段、食事中は口数が多い方ではない。食べ始めた直後、本日の仕事中に起こった出来事を簡潔に報告し、以降は食べるのに専念する場合が殆どだ。従って、父親が嫌味を言っているか否かは容易に判別できた。
卑劣で幼稚なやり口だ、と思う。だから我慢できる、ではなく、だからこそ腹に据えかねる。不要なストレス。殴り合いの大喧嘩に発展する事態。それら二つを避けるために、慎也は一人で食事を摂ろうとするのだが、父親はそれを決して許さない。家族と同居している以上、家族と一緒に食事をするのが当たり前だ。そんな非常識な真似はするな。声を大にして息子を叱りつける。そう言うからには、僕が不愉快に思わない配慮をしてくれるのだろう。そう信じて父親と同じテーブルに着くと、待っていましたとばかりに、ニュースを題材に息子を遠回しに責める。怒りは努めて押し殺すようにしているが、我慢にも限界がある。父親の卑劣さと幼稚さを口頭で指摘し、非難できない彼は、テーブルを掌で叩いたり、食器を卓上に乱暴に置いたりして不快感を表明する。その振る舞いに父親は激昂する。激昂されたことで慎也の堪忍袋の緒は切れる。かくして深見家の二人の男は、今宵も殴り合いの喧嘩を繰り広げる。
罪悪感がないわけではない。親の脛をかじる生活を続けたいわけでは決してない。慎也は常識人の血を引いた人間だ。常識的な人間でありたいという欲求は人並み以上に持っている。
しかし、その欲求を満たすために必要なものを、慎也は何一つ持ち合わせていない。自らの意思を口頭で他者に伝える能力は生まれつき著しく不足しているし、二十余年に及ぶ歩みの中で、あまりにも多くの挫折を重ねてきたがために、勇気も、自信も、気力も、何もかも失ってしまった。
ストレスフルな日常を生き抜くために、慎也は様々なものに救いを求めた。ゲーム、漫画、アニメ、インターネット、過食、自慰行為。そのどれもが彼を満足させるには至らず、中途半端なまま投げ出された。唯一の趣味の小説執筆でさえも、彼の心を満たすには力不足だった。内面を文章化したい欲求はあった。試みもした。しかし、文章のイロハを、小説のABCを学ばなかった彼は、脳に貯蓄した「書きたいこと」を思い通りに文章に変換することができなかった。それにストレスを感じ、彼はいつしか小説を一文字も書かなくなった。
閉塞感に覆われた現状を打破したいという思いを抱きながらも、どうすることもできないまま、有限の人生が消費されていく。
小学校高学年の当時、慎也の異常性に慣れ、飽きたことで、クラスメイトたちが次第に彼に構わなくなったように、父親が息子に言葉をかける頻度は次第に低下した。それに伴い、慎也は精神の安定を取り戻していった。両親に対する不満や、常識的な生活を手に入れなければという焦りはあったが、それらを封印し、平穏な日常に身を任せることを彼は選んだ。彼は傷つき、疲れていた。休みたかった。休養明けに何をするか、などといったことは一切考えずに。
父親は主に、家族三人が一堂に会する夕食時に行動を起こした。
深見家ではニュース番組を視聴しながら夕食をしたためる。その中で、例えば、若者が街頭でインタビューを受けている模様が流れる。世間を賑わせている事件に対する自らの見解を、その若者ははきはきと述べる。父親はそれを見て、若いのに自分の意見をちゃんと言えて立派だ、という意味の感想を口にする。例えば、失業率が先月よりも悪化したというデータが紹介される。父親はそれを見て、同じ無職でも、働いていたが失業した人間の方が、最初から働いていない人間よりもよっぽど偉い、と私見を述べる。
父親は普段、食事中は口数が多い方ではない。食べ始めた直後、本日の仕事中に起こった出来事を簡潔に報告し、以降は食べるのに専念する場合が殆どだ。従って、父親が嫌味を言っているか否かは容易に判別できた。
卑劣で幼稚なやり口だ、と思う。だから我慢できる、ではなく、だからこそ腹に据えかねる。不要なストレス。殴り合いの大喧嘩に発展する事態。それら二つを避けるために、慎也は一人で食事を摂ろうとするのだが、父親はそれを決して許さない。家族と同居している以上、家族と一緒に食事をするのが当たり前だ。そんな非常識な真似はするな。声を大にして息子を叱りつける。そう言うからには、僕が不愉快に思わない配慮をしてくれるのだろう。そう信じて父親と同じテーブルに着くと、待っていましたとばかりに、ニュースを題材に息子を遠回しに責める。怒りは努めて押し殺すようにしているが、我慢にも限界がある。父親の卑劣さと幼稚さを口頭で指摘し、非難できない彼は、テーブルを掌で叩いたり、食器を卓上に乱暴に置いたりして不快感を表明する。その振る舞いに父親は激昂する。激昂されたことで慎也の堪忍袋の緒は切れる。かくして深見家の二人の男は、今宵も殴り合いの喧嘩を繰り広げる。
罪悪感がないわけではない。親の脛をかじる生活を続けたいわけでは決してない。慎也は常識人の血を引いた人間だ。常識的な人間でありたいという欲求は人並み以上に持っている。
しかし、その欲求を満たすために必要なものを、慎也は何一つ持ち合わせていない。自らの意思を口頭で他者に伝える能力は生まれつき著しく不足しているし、二十余年に及ぶ歩みの中で、あまりにも多くの挫折を重ねてきたがために、勇気も、自信も、気力も、何もかも失ってしまった。
ストレスフルな日常を生き抜くために、慎也は様々なものに救いを求めた。ゲーム、漫画、アニメ、インターネット、過食、自慰行為。そのどれもが彼を満足させるには至らず、中途半端なまま投げ出された。唯一の趣味の小説執筆でさえも、彼の心を満たすには力不足だった。内面を文章化したい欲求はあった。試みもした。しかし、文章のイロハを、小説のABCを学ばなかった彼は、脳に貯蓄した「書きたいこと」を思い通りに文章に変換することができなかった。それにストレスを感じ、彼はいつしか小説を一文字も書かなくなった。
閉塞感に覆われた現状を打破したいという思いを抱きながらも、どうすることもできないまま、有限の人生が消費されていく。
小学校高学年の当時、慎也の異常性に慣れ、飽きたことで、クラスメイトたちが次第に彼に構わなくなったように、父親が息子に言葉をかける頻度は次第に低下した。それに伴い、慎也は精神の安定を取り戻していった。両親に対する不満や、常識的な生活を手に入れなければという焦りはあったが、それらを封印し、平穏な日常に身を任せることを彼は選んだ。彼は傷つき、疲れていた。休みたかった。休養明けに何をするか、などといったことは一切考えずに。
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