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不可思議な金色
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庭を駆け抜け、門を潜り、道を横断すれば、そこが金沢家だ。
インターフォンを鳴らす。応答なし。もう一回押してみる。応答なし。
「留守かよ。間が悪いなぁ、ったく」
門扉を手で押してみると、ぎい、と音を立てて開いた。
「おお、やった。失礼しまーす――って、誰もいないか」
飛び石の小道を直進し、玄関に到達。ドアノブを回してみたところ、こちらも施錠されていない。不用心だが好都合だ。
「失礼しまーす――って、誰もいないか」
三和土に靴は一足も置かれていない。上がって正面すぐのところに階段の上り口がある。三和土と階段との間を幅の狭い廊下が横断していて、左手の突き当たりにドアがある。右手の行く先は暗がりに溶け込んでいて見通せない。
家内から物音は聞こえてこない。人の気配も感じられない。
「居留守を使っているわけじゃなさそうだな。あの人、気が強いから、在宅だったらあいつを退治してくれたかもしれないんだけど」
金の延べ棒で。小脇に抱えたアリスを見下ろす。
「金沢家に着いたけど、ここからどうすればいいの?」
「二階へ行くといいわ」
「それって、作戦としてどうなのかな。もしジャバウォックが二階まで追ってきたら、袋の鼠にならない?」
「心配はいらないわ。二階は駅になっていて、そこからどこへでも行けるから」
「はあ? 駅?」
「そう、駅」
「なんで人ん家に駅があるんだよ。比喩的表現かなにか? ていうか、何駅?」
「分かり切ったことよ。キミアキ、ここが誰の家か分かる?」
「いや、キミアキじゃないけど、ここは金沢さん家だろ」
「そう、金沢。金沢家の二階には、JR金沢駅があるの」
「なーに言ってんだ、お前。んなもん、あるわけないじゃん」
「信じないならそれでも構わないけど、タダシはジャバウォックから逃げおおせたいんでしょう? だったら、騙されたと思って二階へ行ってみるといいわ」
なーに言ってんだ、お前。んなもん、あるわけないじゃん。
リピートしそうになったが、他に行くアテもないし、そこまで言うなら試しに行ってみるか、と思い直す。
「いや、タダシじゃないからね。俺は断じてタダシなんかじゃありません」
土足で上がり、階段を上る。金沢のおばさんはもういい歳にもかかわらず手すりもなにもついていない、バリアフリー的にどうなのよ、な階段を。
階段は長かった。金沢家は二階建てだから、段数も高が知れているはずだが、上っても、上っても、一向に二階に辿り着かない。
「どうなってんだ、この家。エスカレーターが欲しいぜ」
「まだ若いのに、年寄りくさいことを言うのね」
「お前の方が若いだろ。あと八十年くらい生きられる。俺は六十年ちょっとしか残ってない。羨ましい」
「羨ましいはわたしの台詞よ。マコトはわたしよりも十年も長く生きている」
「いや、マコトじゃないし」
などと掛け合いをしつつ上り続けていると、行く手から微かな音が聞こえてきた。人声らしい。声は一段上がるごとに大きく、鮮明になっていく。人が大勢いるらしい気配も漂ってきた。
マジで駅なのか? 金沢さん家なのに?
心の中で呟くに留めたが、実際に訊ねたとしたら、アリスはきっとこう答えたに違いない。
『ええ、駅よ。金沢駅』
とうとう段差が尽きた。
目の前に展開しているのは、なにやら広々とした空間。様々な身形の老若男女が、全体的にのんびりとした足取りで、思い思いの方角へ行き来している。遠くの壁際に券売機が設置されているのが見えた。そのすぐ近くには自動改札機もある。
「……駅だ」
と俺。
「駅よ」
とアリス。
「駅は駅なんだろうけど、本当にJR金沢駅か? JR金沢駅に行ったことないから、分かんないんだけど」
「駅員に訊いてみればいいと思うわ」
「それもそうだな」
周囲を見回す。遥か前方、緑の窓口の近くに、駅員の制服を着た男性が突っ立っているのを見つけた。
直ちにそちらへと向かったが、違和感を覚えた。駅員の男性の体のサイズが小さいのだ。具体的には、周りの人間の半分くらいしかない。これはどういうことだろう? 目の錯覚か、男性がいる空間に歪みが生じているのか。
駅員の男性のもとに辿り着くに至って、錯視説と、空間の歪み説、ともに誤りであることが明らかになった。駅員の男性は、身長が一メートル弱しかないのだ。それでいて顔にはくっきりと皺が刻まれていて、還暦を過ぎているように見える。ギネス級の老け顔の子供が駅員のコスプレをしているというよりは、小人だと解釈した方が自然だ。
「すみません」
声をかけると、小人の駅員は顔をぐいっと持ち上げた。サービス業に従事しているとはとても思えない、陰気な顔。その顔でまず俺を見て、次にアリスを見て、いかにも面倒くさげに眉根を寄せた。甚だ感じが悪い。
「ここはJR金沢駅ですか?」
「妙な質問をするんだね、あんた。……ああ、首がいてぇ」
顔を下ろし、制服の胸ポケットから黒っぽい棒状の物体を掴み出す。小さな口が一口かじると、チョコレートの甘やかな香りが仄かに漂った。ぼりぼり、という咀嚼音。
「ここはJR金沢駅ですか?」
ぼりぼり、という咀嚼音。
「ここはJR金沢駅ですか?」
「うるさいなぁ!」
小人の駅員は声を荒らげた。小柄なので、あまり威圧感はない。
「僕ちゃんはなぁ! 今なぁ! チョコレートタイムなんだよぉおおお!」
食べながらだったので、口の中のチョコレートの欠片数片が飛び出した。それらは床にへばりつき、駆け足に走り抜けたサラリーマン風の男性の靴底に踏み潰された。
「ここはJR金沢駅だよ。天下のJR金沢駅様ですよ。分かり切ったことを訊くんじゃないよ。全く、これだから最近のヤングメンは……」
もう一口かじってからチョコレートバーを胸ポケットに仕舞い、ぼりぼりと音を響かせながら去った。
「くそっ、訊きそびれた」
「なにを?」
「ツッコんでくれてどうも。いやね、そのチョコレートバーは金沢名物かなにかですかって」
返事なし。無表情なりに俺を馬鹿にしたような顔をしている。失礼なやつだ。
「それはともかく、さっきと同じ質問をさせてくれ。ここからどうすればいいんだ?」
「金沢家とJR金沢駅が直通しているということは、ジャバウォックもここに来る可能性があるということよ。逃げ切る確率を高めたいなら、速やかにこの場所を離れるべきね」
「そっか、分かった。……しかし、どこへ行きましょうかね」
意見を求めたつもりだったのだが、アリスはなにも答えない。幼女の分際で、年上の人間の自主性を尊重するとは。食えないお嬢ちゃんだ。
「んー、どうしようかな。金沢に来るのは初めてだし、市内を観光するのも悪くないけど、あいつとばったり再会したりしたら最悪だしなぁ。いっそのこと、どこか遠くへ行くという手も――」
俺は不意に、北陸新幹線が開業し、金沢から東京まで乗り替えなしで行けるようになったことを思い出した。
TOKYO。極東クレイジーシティ。魅惑の大都会。
行き先が決定した瞬間だった。
インターフォンを鳴らす。応答なし。もう一回押してみる。応答なし。
「留守かよ。間が悪いなぁ、ったく」
門扉を手で押してみると、ぎい、と音を立てて開いた。
「おお、やった。失礼しまーす――って、誰もいないか」
飛び石の小道を直進し、玄関に到達。ドアノブを回してみたところ、こちらも施錠されていない。不用心だが好都合だ。
「失礼しまーす――って、誰もいないか」
三和土に靴は一足も置かれていない。上がって正面すぐのところに階段の上り口がある。三和土と階段との間を幅の狭い廊下が横断していて、左手の突き当たりにドアがある。右手の行く先は暗がりに溶け込んでいて見通せない。
家内から物音は聞こえてこない。人の気配も感じられない。
「居留守を使っているわけじゃなさそうだな。あの人、気が強いから、在宅だったらあいつを退治してくれたかもしれないんだけど」
金の延べ棒で。小脇に抱えたアリスを見下ろす。
「金沢家に着いたけど、ここからどうすればいいの?」
「二階へ行くといいわ」
「それって、作戦としてどうなのかな。もしジャバウォックが二階まで追ってきたら、袋の鼠にならない?」
「心配はいらないわ。二階は駅になっていて、そこからどこへでも行けるから」
「はあ? 駅?」
「そう、駅」
「なんで人ん家に駅があるんだよ。比喩的表現かなにか? ていうか、何駅?」
「分かり切ったことよ。キミアキ、ここが誰の家か分かる?」
「いや、キミアキじゃないけど、ここは金沢さん家だろ」
「そう、金沢。金沢家の二階には、JR金沢駅があるの」
「なーに言ってんだ、お前。んなもん、あるわけないじゃん」
「信じないならそれでも構わないけど、タダシはジャバウォックから逃げおおせたいんでしょう? だったら、騙されたと思って二階へ行ってみるといいわ」
なーに言ってんだ、お前。んなもん、あるわけないじゃん。
リピートしそうになったが、他に行くアテもないし、そこまで言うなら試しに行ってみるか、と思い直す。
「いや、タダシじゃないからね。俺は断じてタダシなんかじゃありません」
土足で上がり、階段を上る。金沢のおばさんはもういい歳にもかかわらず手すりもなにもついていない、バリアフリー的にどうなのよ、な階段を。
階段は長かった。金沢家は二階建てだから、段数も高が知れているはずだが、上っても、上っても、一向に二階に辿り着かない。
「どうなってんだ、この家。エスカレーターが欲しいぜ」
「まだ若いのに、年寄りくさいことを言うのね」
「お前の方が若いだろ。あと八十年くらい生きられる。俺は六十年ちょっとしか残ってない。羨ましい」
「羨ましいはわたしの台詞よ。マコトはわたしよりも十年も長く生きている」
「いや、マコトじゃないし」
などと掛け合いをしつつ上り続けていると、行く手から微かな音が聞こえてきた。人声らしい。声は一段上がるごとに大きく、鮮明になっていく。人が大勢いるらしい気配も漂ってきた。
マジで駅なのか? 金沢さん家なのに?
心の中で呟くに留めたが、実際に訊ねたとしたら、アリスはきっとこう答えたに違いない。
『ええ、駅よ。金沢駅』
とうとう段差が尽きた。
目の前に展開しているのは、なにやら広々とした空間。様々な身形の老若男女が、全体的にのんびりとした足取りで、思い思いの方角へ行き来している。遠くの壁際に券売機が設置されているのが見えた。そのすぐ近くには自動改札機もある。
「……駅だ」
と俺。
「駅よ」
とアリス。
「駅は駅なんだろうけど、本当にJR金沢駅か? JR金沢駅に行ったことないから、分かんないんだけど」
「駅員に訊いてみればいいと思うわ」
「それもそうだな」
周囲を見回す。遥か前方、緑の窓口の近くに、駅員の制服を着た男性が突っ立っているのを見つけた。
直ちにそちらへと向かったが、違和感を覚えた。駅員の男性の体のサイズが小さいのだ。具体的には、周りの人間の半分くらいしかない。これはどういうことだろう? 目の錯覚か、男性がいる空間に歪みが生じているのか。
駅員の男性のもとに辿り着くに至って、錯視説と、空間の歪み説、ともに誤りであることが明らかになった。駅員の男性は、身長が一メートル弱しかないのだ。それでいて顔にはくっきりと皺が刻まれていて、還暦を過ぎているように見える。ギネス級の老け顔の子供が駅員のコスプレをしているというよりは、小人だと解釈した方が自然だ。
「すみません」
声をかけると、小人の駅員は顔をぐいっと持ち上げた。サービス業に従事しているとはとても思えない、陰気な顔。その顔でまず俺を見て、次にアリスを見て、いかにも面倒くさげに眉根を寄せた。甚だ感じが悪い。
「ここはJR金沢駅ですか?」
「妙な質問をするんだね、あんた。……ああ、首がいてぇ」
顔を下ろし、制服の胸ポケットから黒っぽい棒状の物体を掴み出す。小さな口が一口かじると、チョコレートの甘やかな香りが仄かに漂った。ぼりぼり、という咀嚼音。
「ここはJR金沢駅ですか?」
ぼりぼり、という咀嚼音。
「ここはJR金沢駅ですか?」
「うるさいなぁ!」
小人の駅員は声を荒らげた。小柄なので、あまり威圧感はない。
「僕ちゃんはなぁ! 今なぁ! チョコレートタイムなんだよぉおおお!」
食べながらだったので、口の中のチョコレートの欠片数片が飛び出した。それらは床にへばりつき、駆け足に走り抜けたサラリーマン風の男性の靴底に踏み潰された。
「ここはJR金沢駅だよ。天下のJR金沢駅様ですよ。分かり切ったことを訊くんじゃないよ。全く、これだから最近のヤングメンは……」
もう一口かじってからチョコレートバーを胸ポケットに仕舞い、ぼりぼりと音を響かせながら去った。
「くそっ、訊きそびれた」
「なにを?」
「ツッコんでくれてどうも。いやね、そのチョコレートバーは金沢名物かなにかですかって」
返事なし。無表情なりに俺を馬鹿にしたような顔をしている。失礼なやつだ。
「それはともかく、さっきと同じ質問をさせてくれ。ここからどうすればいいんだ?」
「金沢家とJR金沢駅が直通しているということは、ジャバウォックもここに来る可能性があるということよ。逃げ切る確率を高めたいなら、速やかにこの場所を離れるべきね」
「そっか、分かった。……しかし、どこへ行きましょうかね」
意見を求めたつもりだったのだが、アリスはなにも答えない。幼女の分際で、年上の人間の自主性を尊重するとは。食えないお嬢ちゃんだ。
「んー、どうしようかな。金沢に来るのは初めてだし、市内を観光するのも悪くないけど、あいつとばったり再会したりしたら最悪だしなぁ。いっそのこと、どこか遠くへ行くという手も――」
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