アリス・イン・東京ドーム

阿波野治

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ジャバウォック退治

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「シノブ、カーペットをめくって」

 突然、ビキニ少女のものではない声が聞こえた。音源は、戸棚の中。発言者は、カップラーメンタワーAとBの奥でぐったりしている、アリスだ。

「いや、シノブじゃないけど」

 律儀にツッコミを入れながらも、命じられるままにカーペットをめくると、下からA4サイズのコピー用紙が出てきた。「木製バット」と黒のサインペンで綴られている。中々の達筆だが、紙の質がよろしくない。百均こと百八円均一ショップにて百枚ワンセットで売られている代物だろうか。一枚あたり一円少々。そりゃ悪いわ、質。

「その紙に掌をかざして。そして、紙に書いてある武器を心から欲して。そうすれば、紙から武器が出現するから、それを使うといいわ」

 言われた通りにすると、掌と紙の間に木製バットが忽然と現れた。重力を無視して虚空に浮かぶそれのグリップを握り締める。重量感のある見た目とは裏腹に、マッチ棒のごとく軽い。
 ビキニ少女は相変わらず般若心経を唱えている。完全に己の世界に入ってしまっている。鈍器で脳天を殴りつけてください、と言わんばかりの無防備さだ。

「よし」

 握り締めた木製バットを両手に頭上にかざし、剣道っぽいステップで間合いを詰める。ビキニ少女は読経をやめない。
 いいのかな? 女の子を殴っちゃっていいのかな? 頭を殴るんじゃなくて紙風船を割るだけだから、ま、いっか。うるさいし。
 両手に力を込め、紙風船を目がけてバットを振り下ろす……!

 べちょん、という音がした。手応えはまるでなかった。
 紙風船は、割れるどころか傷一つついていない。

「うおーい! こらこらこらアリスぅ!」

 バットを放り出して戸棚までダッシュ、

「全然駄目じゃないか!」

 アリスを引っ掴んで引っ張り出す。食パンみたいに体重が軽い。震度三程度の激しさで揺さぶりをかける。いかれた人形のように頭が前後に揺れ動く。

「おかしいと思ったんだよ、バットにしては軽いから。ポンコツじゃないか。どうなっているんだ。お前、嘘をついたのか?」
「心から欲して、と言ったでしょう。武器を欲する気持ちが不充分だったから、紛い物の木製バットが出てきたの」

 実にさばさばとした受け答えだ。その上に無表情で、全身が弛緩しているから、率直に言って腹が立つ。子供じゃなかったら一発しばいていたかもしれない。

「じゃあ、欲しいと強く願いながら手をかざせば、ちゃんとしたバットが出てくるんだな」
「出てこないわ。紙は一枚につき一回しか武器を出せないから」
「……マジすか」
「ええ、本当よ」
「どうするんだよ、アリスさんよぉ。……いや、マジで。ビキニ少女をこのまま野放しにしておいたら、芥子色の家から怒り狂った金沢のおばさんが――」

 金の延べ棒を手に怒鳴り込んでくるぞ。
 そう言いかけて、読経がいつの間にかやんでいることに気がつく。

 殺気。

 恐る恐る首を九十度回すと、ビキニ少女とがっつり目が合った。憤怒の形相だった。体は小刻みに震えている。連動して、自称Jカップのおっぱいもぷるぷると揺れる。

「お前、紙風船を割ろうとしたな」

 ドスが利いた声が俺に突き刺さる。

「ジャバウォックにとって命よりも大事な紙風船を、割ろうとしたな」

 いやいやいやいやいや。命より大事ということはないでしょ、流石に。ていうか、ジャバウォックってなに? さっきも言ってたけど、君の名前なの? 横文字は覚えにくいし、河童とかでいいんじゃないかな。割られたくないものを頭頂に載せているし、全体的に緑色だし、全身がぬるぬる・てかてかしているし。いや、河童が実際に緑色の体をしていて、ぬるぬる・てかてかしているかどうかは知らないけど、ほら、イメージ的に。

 などとツッコミを入れられる雰囲気ではない。到底ない。それほどに、それほどまでに恐ろしい、ビキニ少女――ジャバウォックの面持ち。

「絶対に許さない! お前の頭蓋骨を叩き割ってやる!」

 マイクを床に叩きつけ、ジャバウォックが襲いかかってきた。

「なんなんだよ、くそっ……!」

 俺はアリスを小脇に抱えてリビングを飛び出した。

 廊下をあっと言う間に駆け抜け、三和土に降り立ったとき、軽いような鈍いような物音が後方から聞こえた。
 振り返ると、リビングと廊下の境目で、ジャバウォックが仰向けにひっくり返っていた。余命半時間の虫のように四肢をじたばたさせている。転んだらしい。
 アホだなあ、と思ったが、思いを口にした途端、苦しげにもがいていたのが嘘のようにすっくと立ち上がり、短距離走者のように力強く腕を振って距離を詰めてきそうな気がして、予定通り玄関から外に出る。

「――いや、ちょっと待て」

 転んで起き上がれないでいるわけだから、その隙を衝いてやっつければいいんじゃね? やつは今、マイクを手放している。反撃される心配はないんだから、素手で紙風船、叩き割っちまえばいいんじゃね?
 引き返そうと、体の向きを変えようとした瞬間、

「無駄よ」

 ジャバウォックとは別の女の声。小脇に抱えたアリスだ。

「ヴォーパルソードを使わない限り、ジャバウォックの紙風船は割ることはできないから」
「なんだよ、その無駄にかっこいい名前の武器は。てか、バットじゃ割れねぇのかよ。じゃあ、さっきのはなんだったんだ」
「気絶させようと思ったの。ヴォーパルソードでなければ紙風船は割れないけど、肉体にダメージを負わせることはできるから。でもあなたは、ちゃんとした木製バットを出すのに失敗した」
「いや、そんなもん、仕方ないだろ。心から欲しなかったらポンコツが出るとか、武器が出るのは一回限りとか、そういうのは先に言ってよ」
「仕方ないかどうかはともかく、結果として、ジャバウォックを怒らせてしまった。怒り狂ったジャバウォックは凶暴で、手に負えない。だから逃げるしかない」
「マジかよ。……やだなぁ、もう。ていうか、逃げるって、どこへ?」
「どこへって、金沢さんの家しかないでしょう」
「金沢さん家? 金沢さん家へ行けば、あの露出狂から逃げ切れるのか?」
「逃げ切れる保証はないけど、この家に留まり続けるよりは可能性があると思うわ」
「そうなのか。じゃあそうしよう」
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