アリス・イン・東京ドーム

阿波野治

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真夜中のアリス

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 尿意を催して目が覚めた。
 部屋の中は真っ暗だ。
 恐らく、風呂上りにジュースを飲み過ぎたせいだ。子供のころからそうだったが、外泊した際の風呂上りには、なぜか水分を多めに摂取してしまう。多分、温泉に入るせいだと思うのだが、ここは普通のホテルで、風呂も普通だった。……あ、カレーライスが辛くて水を飲みすぎたかな? まあ、そういうことにしておこう。

 とにもかくにもトイレに行こうと、上体を起こした瞬間、ベッドの縁に女が腰掛けているのが目に入った。

「あぼらぁっ!?」

 素っ頓狂な声が口から飛び出し、吉本新喜劇的なずっこけ方でベッドから落下する。見上げて、見つめて、正体が判明した。

「お前、もしかしてアリスか?」
「ええ、そうよ」

 女――アリスは抑揚のない声で答えた。
 ベッドに腰掛けたアリスは、アリスの特徴を残しながらもアリスとは別人だった。髪型、肌、瞳、服装。全てが同じで、顔立ちと体つきだけが違う。一言で言えば、大人になっている。顔はどう見ても二十歳前後だし、おっぱいは大きく膨らんでいる。両脚の肉づきがよくなったので、短めのスカートの裾から覗く太ももが妙に艶めかしい。

「なにかついてる?」

 アリスの声が闇にそっと放たれた。「人の体をジロジロ見るな」だとか、ストレートに不快感を示さないのはアリスっぽいなと思ったが、感心している場合ではない。

「ていうか、お前、なに大きくなってんの? 真面目にやってきたから?」
「わたしはいつだって真面目よ。体が弛緩しているから、そうは見えないかもしれないけど」
「いや、ジョークだよ。真面目云々はジョークだ」
「真面目なのにジョークなの?」
「まあね。もしかして、それが本来の姿とか?」
「ううん。眠れなかったから、大きくなれるかどうか試してみたら、できたの」
「そんな簡単にできるんだ。なんていうか、お前、凄いな」
「そうかしら」
「そうだよ。そんなに簡単に……ねえ」

 長らく顔を見ないうちに、すっかりと一人前の少女に成長した姪っ子を見るような目で、アリスの体を眺めてしまう。特に、おっぱいとか。目算したところ、最低でもFカップはある。
 でも、これはまあ、しょうがない。なんてったって、夜中に若い女性と二人きりというシチュエーション自体、モテない高校生の俺にとっては初めてなのだから。

「それ、何歳の設定なの? 十八くらい?」
「一応、二十年後の自分のつもり。つまり、二十五歳」
「大人のお姉さんなんだな。その割にロリっぽいけど。十年後アリス――俺と同年代でも通るぞ」
「そう」

 貧乏性の人間が作るカルピス並みにリアクションが薄い。普段通りといえば普段通りだが、若く見られると女性は喜ぶ、という固定観念があったので、軽く戸惑ってしまう。いや、アリスは幼女なのだから、嬉しくないのも当然か。

「思ったんだけどさ、お前、ちゃんと元の姿に戻れるの?」
「さあ、どうだろう」
「さあって。……まあ、でも」

 戻らなくてもいいかな、無理には。
 腰を上げ、大人アリスの隣に座る。横から顔とおっぱいを、上から太ももを、それぞれ見つめる。……うん、どこからどう見ても大人のそれだ。
 アリスはじっと座っている。大人しいのは幼女だったときもそうだが、大きくなったその姿でそれをやられると、いささか不気味だ。無表情だし、今は夜中だし。

「で、アリスはなにもしないの? せっかく大人の体を手に入れたのに」
「別に。大人になるのが目的だから、そのあとは別にどうでもいいわ」
「勿体ないな。大人の体でしかできないこととか、やればいいのに」
「例えば?」
「いや、大人になったことはないから分からないけど」

 顔が漸くこちらを向いた。無表情なりに俺を軽蔑している気がしないでもない。

「分かったよ。考えればいいんだろ、考えれば」
「無理に考える必要はないわ」
「寝るまで心の中で馬鹿にされそうだから、やっぱり考えるよ」
「寝るまでで済むかしら」
「質悪いな、お前。……それはともかく、なにがあるかな」

 真剣に思案するのも馬鹿らしい議題かもしれないが、大人アリスと一緒だとそれもあまり苦にならない。

「あ、分かった。幼女のときはなくて、大人のときはあるものを活用すればいいんだ。例えば――」
「例えば?」
「身長とか、おっぱいとか」
「おっぱい」

 アリスは胸部の膨らみに目を落とし、再び俺の方を向く。

「わたしは思いつかないけど、キョウヘイはなにかいい案があるの?」
「えっ? いや、俺は、おっぱいはないから分からないけど。キョウヘイでもないし」

 大きなおっぱいの活用法。二・三候補は思いつくが――。

「悪い。ちょっとトイレ行ってくる。その間に考えておいて」

 大人アリスがもたらした衝撃のせいですっかり失念していたが、俺が夜中に目を覚ましたのは尿意を催したからだった。
 小用を済ませ、ベッドまで戻ってくると、

「あれっ?」

 アリスが消えていた。
 目線とか、発言とか、セクハラ紛いのことをしたから、怒ってどこかへ行ってしまったのだろうか?
 軽く焦って周囲を見回すと――いた。ベッドだの上だ。ちゃんと掛け布団を胸まで被って、仰向けに寝ている。……元の幼女の姿で。

「……戻るんだ」

 残念に思ったが、なんとなく安堵もした。戻り方とか、訊きたいことはいくつかあったが、アリスは寝ているし、出すものを出したせいか俺も眠たくなってきたので、やれやれと思いながら隣に潜り込む。

 ベッドは一台しかなく、アリスも嫌がらなかったので、俺たちはベッドを共有している。その決定を下した当初はなんとも思わなかったが、大人アリスを見たあとだと、やはり落ち着かない。
 我慢強く目を瞑っているうちに、深みに落ち込んだように急に眠気が強くなったので、身を委ねた。
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