アリス・イン・東京ドーム

阿波野治

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本当にそれでいいの?

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 だからこそ、俺は異議を唱えずにはいられない。この人には話が通じない、という思いを頭の片隅で意識しながらも、言葉で突っかかっていかずにはいられない。

「野球が好きだから野球人気の低下に歯止めをかけたい。その気持ちは分かります。田舎者は時間の流れを遅くさせる能力を持っている。にわかには信じられないですけど、話が進まないので事実だと認めることにしましょう。でも、だからといって、球場から排除するというのはやり過ぎなんじゃないですか。試合時間が多少長くなるだけのことじゃないですか。それだけのことなのに、問答無用に連行して、拘束して、挙げ句の果てに球場から追い出す……。そんなの、絶対に間違ってますって。野球人気の低下を食い止める、それは大いに結構だと思います。大いに結構だと思いますけど、なにか他の、もっと穏便な解決策を模索するべきなんじゃないですか」
「間違っている? そうかしら」

 込み上げてくる笑いを押し留めるように口元を掌で覆い、すぐさまゆっくりと外す。

「田舎者の観戦は試合が長引く原因となりますので、できるだけ速やかにドームの外に出てください。また、ドーム内に田舎者がいるのを見かけた方は、直ちに警備員に報せるようお願い申し上げます。そんな場内放送が流れたことは覚えているわよね。そんな内容の場内放送が流れた、それはつまり――」
「つまり……?」
「私たちの活動はNPBから公認されている、ということよ。田舎者を球場から排除したとしても、私たちは誰からも罰せられないの。そういう意味で、私たちがやっていることは間違いではないの」

 返す言葉が見つからない。古謝さんは微笑みを崩さない。

「というわけで、あなたにはドームから出て行ってもらうわけだけど、その前に罰を受けてもらいます」
「は? 罰……?」
「そう、罰。時間の流れを遅くさせる能力を持っているにもかかわらず、球場を訪れ、試合時間を長引かせた罪。それを償ってもらわない限り、あなたは東京ドームからは出られない。そういう決まりになっているの」
「はあ? なんだよ、それ」

 黙っていられるはずがなかった。話が通じない。だからといって、抗議しないわけにはいかなかった。

「追い出されるだけじゃなくて、罰を受けなければならない? 試合時間を少々長引かせただけで? おかしいだろ、そんなの」
「仕方ないわ、決まりなんだもの」
「それが決まりなのだとしても、俺はそもそも、自分がそんな能力を持っているなんて全く知らなかった。故意に罪を犯したわけじゃないんだから、無罪だろ。誰がどう考えても無罪だ」
「決まりなんだもの、仕方ないわ」
「仕方なくないだろ! なんで従わなきゃいけないんだよ、そんなアホらしい決まりに。俺は罰なんか絶対に受けないぞ。償いなんか死んでもするもんか。俺は拒否するぞ。断固拒否する!」
「――本当にそれでいいの?」

 古謝さんは右手を顔の高さに上げ、人差し指を軽く動かした。ドアの前に控えていた警備員のうち二人が進み出、俺の両サイドについた。四つの手が椅子を軽々と持ち上げ、向きを百八十度転換させ、静かに床に下ろす。視線の先、事務机の上のテレビの画面に映像が映る。
 東京ドームの中だ。一塁側の内野席から、バックスクリーン付近の様子を撮影した映像。フェンス手前のグラウンドに、フェンスよりも少しばかり背が高い、銀色の物体が突き刺さっている。十字架だ。
 中央にピンク色の物体が縛りつけられている。ピンク色の物体が徐々に拡大される。
 アリスだった。

「これを見ても、断固拒否するって言える?」

 ええ、言えます。どうぞどうぞ、俺の代わりに罰してやってださい。煮るなり焼くなり揚げるなり、お好きな調理法で。良心の呵責? そんなもの、感じるわけがないじゃないですか。だって、あいつは昨日知り合ったばかりの赤の他人。友達でもなんでもないんですから。

 ――そんな台詞、口が裂けても言えない。言えるはずがない。
 だって、画面に映ったアリスの顔が、あまりにも悲しげだったから。



「昨日の夜」

 俺、古謝さん、警備員三名、以上五名は通路を移動していた。

「ホテルで古謝さんを野球観戦に誘ったとき」

 警備員の一人が先頭を務め、その後ろを、パイプ椅子に縛りつけられた俺を御輿のように担いだ警備員二名が続き、しんがりが古謝さん、という隊形だ。

「野球を観に行くのはやめようって、なんで言ってくれなかったんですか」

 涙声だった。涙を交渉に利用するつもりは毛頭なかったのだが、喋り出した途端、胸を込み上げてくるものがあって、不本意ながらそうなってしまったのだ。

「古謝さんたちにとっては、田舎者が球場に来ない方がいいんでしょう。田舎者が球場にいると、試合が長引いてしまうから、迷惑なんでしょう。だったら」

 声が詰まった。何度か洟をすすり上げてから、

「だったら、なんでそう言ってくれなかったんですか。理由をちゃんと説明して、だから野球を観に行くのはやめようって、なんで言ってくれなかったんですか」

 返事はない。酷く惨めな気分だ。

「言ってくれていたら、きっと今ごろはどこか別の場所で、三人で楽しく過ごしていたのに」

 古謝さんは無言を貫いている。目頭が熱い。一行は黙々と歩き続ける。
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