僕は君を殺さない

阿波野治

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 繋がりを欲しない者は、誰かを待つ機会も生まれない。
 そんな自明のロジックに、待つ立場になってみて初めて気がついた。

 誰かを待つのはいつ以来だろう? 機会が全くないわけではないが、学校にせよそれ以外の場所にせよ、なんらかの義務にもとづくもの。期待感も高揚感もなかった。
 しかし、今回は違う。

 高校の敷地内、木陰になった目立たない場所に僕は佇み、正門の人の出入りに目を凝らしている。朝ということで、流れはほぼ外から内。朝のショートホームルームが始まるまで間があるので、流入してくる生徒の総数はそう多くはない。
 ただ、木陰といっても姿は完全には隠せていない。正門から入ってくる生徒を見逃さない位置は、見方を変えれば、正門から入ってくる生徒から視認可能な位置でもある。流れから孤立して一点に留まっているという意味では、却って目立っているともいえる。実際、歩きスマホに現を抜かしたり、友達との無駄話に夢中になったりしている生徒以外は、ことごとく僕に注目した。

 僕は学校では空気として生きている人間だ。その手の人種の御多分に漏れず、平凡な平穏をこよなく愛している。必要があるか否かを問わず、他人の目に留まるような振る舞いをするなど、もっての外。
 そんな思いとは裏腹に、見られているけどまあいいやと、ふてぶてしく構えている僕がいる。苦痛なのは確かだが、あくまでも我慢できる範囲内。その人に会いたい気持ちがそれだけ強い、ということなのだろう。なにかを渇望しているとき、人の神経は太くなるものらしい。

 時間が進むにつれて、人の流れは着実に肥えていく。比例して、僕に注目する生徒も増えて居心地の悪さが増す――と思いきや、そうはならない。僕に近い側を歩く生徒の体が、遠い側を歩く生徒の視線を遮る壁になるためだ。そのおかげで、居たたまれない気持ちに襲われる事態は免れた。

 僕は人目よりもむしろ、その人を見逃してしまわないかを懸念していた。
 仮にそうなったとしても、彼女はクラスメイトなのだから、教室に行きさえすれば顔が見られる。ただ僕は、会えることが約束された場所に辿り着く前に会うこと、それが小さくない意味を持つ気がしている。
 もしかすると、自分勝手な思い込みに過ぎないのかもしれない。だとしても、その考えと心中したかった。

 願いを果たせないでいるうちに、僕が待っている人は今日は登校しないような気がしてきた。なにせ未来を予言する言葉を口にした人だ。僕が待ち構えているのを事前に察知して、あえて来ないという選択をした可能性も――。

「遠藤くん」

 思わず身を竦めてしまった。突然のその声は、正門から校舎へ向かう人波の中から発信されたにしては、あまりにも近い。声の発生源を振り向くと、

「……井内さん」

 緑の黒髪を白い夏服の肩に垂らした少女が、僕の間近に立っていた。満面を占めているのは、彼女の性格を体現するかのような、微笑に限りなく近い柔和な表情。視線が重なると、柔和さがナチュラルに深化した。
 井内彩音さん。僕のクラスメイトで、学級委員長を務めている。

 僕にしては珍しく、下の名前まで記憶しているのは、クラスの女子の大半からもっぱら「彩音」と呼ばれているからだ。役職に就いているのだから、役柄で呼ばれてもよさそうなのに、下の名前を呼び捨て。裏表がなく、分け隔てなく他者と接する、善良で親しみやすい性格の賜だろう。

「遠藤くん、おはよう」
「あ……おはよう」

 返信を受け取ると、井内さんはほんの浅く頷いた。僕に背を向けて人の流れに復帰し、校舎の方角へと遠ざかっていく。僕は彼女の背中が見えなくなるまで見送った。

 井内さんは典型的な普通の人だ。それでいて、孤立する九条さんにも積極的に話しかけるなど、正常と異常の境界を越える行動をとるのを厭わない。その両義性は承知の事実だったが、それでも彼女の行動には驚かされた。大それた思惑を胸に秘めているわけではないのは、なんとなく分かる。それでも、なにか裏があるのでは、という一抹の懸念を消すことができず、気持ちが落ち着かない。
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