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しかし、その状態も長続きしなかった。
「彼女」が正門を潜ったのだ。
歩み寄ろうとすると、「彼女」がこちらを向いた。一拍遅れて歩みが止まる。僕がクラスメイトの遠藤裕也だと認識したのだ。
「彼女」の周囲の景色が、いつの間にか不鮮明になっている。全ての音がどこか遠い。昨日も似たような現象が生じたことを思い出す。
期待していた表情の変化は、認められない。ただ、あちらから歩み寄ってきてくれた。女子にしては短すぎるようにも思える髪の毛を、先端が耳に触れて鬱陶しいらしく、二度三度とこめかみに撫でつける。
九条翡翠。
僕の光になった人。
「遠藤くん。こんなところでどうしたの?」
「ああ、よかった。思った通りだ」
「……どういうこと?」
「教室だと九条さん、全然しゃべらないよね。井内さんが親切心から声をかけても、高木さんから冷やかされても。だから、学校の中ではあるけど教室の外ではあるここなら、例外的にしゃべってくれるかな、と思って」
「だって、彼女たちと話す必要はないから。教師と話しているところ、遠藤くんは見たことない?」
「もちろんあるよ。でも、驚いている。僕だけが特別扱いをされた理由が分からないから」
「伝えなければいけない気がしたから」
感情が読み取れない、透き通るような声。最小限の言葉での返答が、内に秘められた思いの強さを暗に表明しているかのようだ。
「遠藤裕也が九条翡翠を殺すって、伝えなければいけない気がしたから、伝えた。それだけだから」
「でも多分、そうはならないと思うよ。僕に九条さんを殺す理由はないし、殺したいとも思わないし。九条さんはどう思っているの? 僕に殺されそうだから怖いっていう気持ち、強い?」
返事はない。軽く困惑してしまったが、無言を返したのも当然だ、とすぐに考えが変わった。昨日、九条さんは自らの予知能力について語ったが、自分が殺される場面が映像として脳内に流れた、という説明はしなかった。予感が漠然としたものなのであれば、いくら被害者が自分といえども、真摯に向き合うのは難しいのだろう。
「未来予知とか、予言とか、その手のオカルトを僕は信じない。だから、昨日の『君は私を殺すよ』っていう発言、どういう意味なのかなって、ない知恵を振り絞って考えてみたんだ。その結果、もしかしたらこういうことなのかな、というものを一つ見つけたんだけど」
「どう解釈したの?」
「……ああ、でも、時と場所を変えた方がいいかもしれない。もうそろそろショートホームルームの時間だし、ここは人が多いから」
現在、僕たちは僕たちだけの世界にいるが、外界からの干渉を完全にシャットアウトできているわけではない。不鮮明になっても景色を景色と認識できるように、蝉の声が遠のいても聞こえ続けているように、校舎へ向かう生徒たちの視線を断続的に感じていた。
「話、長くなりそうなんだ」
「まだきちんと整理しきれていないから、多分そうなると思う。でも一番の理由は、静かな環境で九条さんと話がしたいからだよ。なにせ話題が、生きるとか死ぬとか、殺すとか殺されるとかだから」
「分かった。じゃあ、昼休みに屋上で」
九条さんは僕に背を向け、校舎へ向かって歩き出した。僕から遠ざかる第一歩を踏み出した途端、にわかに蝉の鳴き声が復活し、二人を世界から隔絶していたものが消え去ったのを悟る。
あんなにも存在感を放っている人なのに、九条さんの後ろ姿は呆気なく人波に紛れた。
「彼女」が正門を潜ったのだ。
歩み寄ろうとすると、「彼女」がこちらを向いた。一拍遅れて歩みが止まる。僕がクラスメイトの遠藤裕也だと認識したのだ。
「彼女」の周囲の景色が、いつの間にか不鮮明になっている。全ての音がどこか遠い。昨日も似たような現象が生じたことを思い出す。
期待していた表情の変化は、認められない。ただ、あちらから歩み寄ってきてくれた。女子にしては短すぎるようにも思える髪の毛を、先端が耳に触れて鬱陶しいらしく、二度三度とこめかみに撫でつける。
九条翡翠。
僕の光になった人。
「遠藤くん。こんなところでどうしたの?」
「ああ、よかった。思った通りだ」
「……どういうこと?」
「教室だと九条さん、全然しゃべらないよね。井内さんが親切心から声をかけても、高木さんから冷やかされても。だから、学校の中ではあるけど教室の外ではあるここなら、例外的にしゃべってくれるかな、と思って」
「だって、彼女たちと話す必要はないから。教師と話しているところ、遠藤くんは見たことない?」
「もちろんあるよ。でも、驚いている。僕だけが特別扱いをされた理由が分からないから」
「伝えなければいけない気がしたから」
感情が読み取れない、透き通るような声。最小限の言葉での返答が、内に秘められた思いの強さを暗に表明しているかのようだ。
「遠藤裕也が九条翡翠を殺すって、伝えなければいけない気がしたから、伝えた。それだけだから」
「でも多分、そうはならないと思うよ。僕に九条さんを殺す理由はないし、殺したいとも思わないし。九条さんはどう思っているの? 僕に殺されそうだから怖いっていう気持ち、強い?」
返事はない。軽く困惑してしまったが、無言を返したのも当然だ、とすぐに考えが変わった。昨日、九条さんは自らの予知能力について語ったが、自分が殺される場面が映像として脳内に流れた、という説明はしなかった。予感が漠然としたものなのであれば、いくら被害者が自分といえども、真摯に向き合うのは難しいのだろう。
「未来予知とか、予言とか、その手のオカルトを僕は信じない。だから、昨日の『君は私を殺すよ』っていう発言、どういう意味なのかなって、ない知恵を振り絞って考えてみたんだ。その結果、もしかしたらこういうことなのかな、というものを一つ見つけたんだけど」
「どう解釈したの?」
「……ああ、でも、時と場所を変えた方がいいかもしれない。もうそろそろショートホームルームの時間だし、ここは人が多いから」
現在、僕たちは僕たちだけの世界にいるが、外界からの干渉を完全にシャットアウトできているわけではない。不鮮明になっても景色を景色と認識できるように、蝉の声が遠のいても聞こえ続けているように、校舎へ向かう生徒たちの視線を断続的に感じていた。
「話、長くなりそうなんだ」
「まだきちんと整理しきれていないから、多分そうなると思う。でも一番の理由は、静かな環境で九条さんと話がしたいからだよ。なにせ話題が、生きるとか死ぬとか、殺すとか殺されるとかだから」
「分かった。じゃあ、昼休みに屋上で」
九条さんは僕に背を向け、校舎へ向かって歩き出した。僕から遠ざかる第一歩を踏み出した途端、にわかに蝉の鳴き声が復活し、二人を世界から隔絶していたものが消え去ったのを悟る。
あんなにも存在感を放っている人なのに、九条さんの後ろ姿は呆気なく人波に紛れた。
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