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時刻は十二時半。電車にちょうど間に合いそうということで、帰ることになった。
急勾配の細道を上って舗装道路に出た途端、行きは見落としていたものを発見した。
「うわー、懐かしい!」
僕が指差した先にあるのは、樹木と樹木の間にひっそりと建つ、古びた木製の小屋。高さは二メートル弱。幅と奥行きはそれよりも少し長い。
「取り壊されたか、台風の直撃を食らって壊れたか、そのどちらかだと思っていたんだけど、健在だったんだね。元が古びているから、前見たときと全然変わっていないように見える。……あ、ごめん。説明が遅れたね。この小屋、六・七年前におじいちゃんとここに来たときも建っていたものなんだ」
中は空っぽだったこと、用途は不明なこと、なども併せて説明する。試しに戸を開いてみると、蜘蛛の巣がいくつもかかっていたが、なにも収納されていない。外観と同じく中身も、前回から変わりないようだ。
「存在には気がついていたけど、遠藤くんがスルーするから、スルーするべきなんだと思って」
興味あるのかないのか、判然としない目つきで小屋を見やりながらの、九条さんの発言だ。
「なんだ、気づいていたんだ。教えてくれればよかったのに」
「いかがわしいものが保管されていそうだから、妄りに話題にしない方がいいのかな、と思って」
「蜘蛛の巣が張っているだけだよ。昔も今もね。前回来たときは、秘密基地にするのによさそうだとか、そういう無邪気なことを考えた記憶がある。まだ小学生だったから」
「夢、叶える?」
「いや、やめておく。また今度来る機会があれば、利用を検討しようかな。今日はもう帰ろう」
「そうだね」
僕たちは来た道を引き返した。
* * *
帰りの電車の中ではあまりしゃべらなかった。疲れたからというよりも、静かに過ごしたい気持ちが強かったのだと思う。
僕としてはそれで構わなかった。隣り合って座席に腰を下ろし、下りるべき駅に着くまで電車に揺られる。ただそれだけで。
「九条さん、今日はありがとう。とても楽しかったよ」
九条さんと別れるときが来た。前日に交わした取り決めに従い、待ち合わせ場所と同じ駅構内でのお別れだ。
「九条さんはどうだった? 楽しかった?」
「歩かされた割には楽しかった、かな」
「よかった。じゃあ、最後にもう一つだけ訊かせて。自殺するのが馬鹿らしくなるくらい、楽しくなった?」
「さあ、どうだろう」
素っ気なく答え、僕に背を向けて歩き出す。呼び止めようとしたが、それよりも一瞬早く、彼女は語を継いだ。
「一回くらいで変わるはずない。これと同じことが何度かあれば、もしかしたらって思うけど」
その言葉は、僕にとっての光になった。眩しいほどに輝かしくはないが、折に触れて何度も眺めたい、そんな温かな光に。
九条さんの言う通りだ。一回で不充分なら、何度も、何度でも挑戦すればいい。
その挑戦権を与えてくれたことに、僕は心から感謝する。
僕はきっと大丈夫だ。親が何度醜い争いをくり広げようとも、凪を漂うよう小舟のように平穏な気持ちで、騒々しさをやり過ごせるだろう。
光。翡翠色の光。
触れられないが、すぐ近くで輝いてくれる。ただそれだけで、僕は救済されている。
急勾配の細道を上って舗装道路に出た途端、行きは見落としていたものを発見した。
「うわー、懐かしい!」
僕が指差した先にあるのは、樹木と樹木の間にひっそりと建つ、古びた木製の小屋。高さは二メートル弱。幅と奥行きはそれよりも少し長い。
「取り壊されたか、台風の直撃を食らって壊れたか、そのどちらかだと思っていたんだけど、健在だったんだね。元が古びているから、前見たときと全然変わっていないように見える。……あ、ごめん。説明が遅れたね。この小屋、六・七年前におじいちゃんとここに来たときも建っていたものなんだ」
中は空っぽだったこと、用途は不明なこと、なども併せて説明する。試しに戸を開いてみると、蜘蛛の巣がいくつもかかっていたが、なにも収納されていない。外観と同じく中身も、前回から変わりないようだ。
「存在には気がついていたけど、遠藤くんがスルーするから、スルーするべきなんだと思って」
興味あるのかないのか、判然としない目つきで小屋を見やりながらの、九条さんの発言だ。
「なんだ、気づいていたんだ。教えてくれればよかったのに」
「いかがわしいものが保管されていそうだから、妄りに話題にしない方がいいのかな、と思って」
「蜘蛛の巣が張っているだけだよ。昔も今もね。前回来たときは、秘密基地にするのによさそうだとか、そういう無邪気なことを考えた記憶がある。まだ小学生だったから」
「夢、叶える?」
「いや、やめておく。また今度来る機会があれば、利用を検討しようかな。今日はもう帰ろう」
「そうだね」
僕たちは来た道を引き返した。
* * *
帰りの電車の中ではあまりしゃべらなかった。疲れたからというよりも、静かに過ごしたい気持ちが強かったのだと思う。
僕としてはそれで構わなかった。隣り合って座席に腰を下ろし、下りるべき駅に着くまで電車に揺られる。ただそれだけで。
「九条さん、今日はありがとう。とても楽しかったよ」
九条さんと別れるときが来た。前日に交わした取り決めに従い、待ち合わせ場所と同じ駅構内でのお別れだ。
「九条さんはどうだった? 楽しかった?」
「歩かされた割には楽しかった、かな」
「よかった。じゃあ、最後にもう一つだけ訊かせて。自殺するのが馬鹿らしくなるくらい、楽しくなった?」
「さあ、どうだろう」
素っ気なく答え、僕に背を向けて歩き出す。呼び止めようとしたが、それよりも一瞬早く、彼女は語を継いだ。
「一回くらいで変わるはずない。これと同じことが何度かあれば、もしかしたらって思うけど」
その言葉は、僕にとっての光になった。眩しいほどに輝かしくはないが、折に触れて何度も眺めたい、そんな温かな光に。
九条さんの言う通りだ。一回で不充分なら、何度も、何度でも挑戦すればいい。
その挑戦権を与えてくれたことに、僕は心から感謝する。
僕はきっと大丈夫だ。親が何度醜い争いをくり広げようとも、凪を漂うよう小舟のように平穏な気持ちで、騒々しさをやり過ごせるだろう。
光。翡翠色の光。
触れられないが、すぐ近くで輝いてくれる。ただそれだけで、僕は救済されている。
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