僕は君を殺さない

阿波野治

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 九条さんと共に過ごす日々が流れていく。

 少ないなりに回数を重ねても、僕のチョイスはよくも悪くも面白味に欠ける、定番のスポットばかり。しかし九条さんは、この町に引っ越してきてからまだ間もないし、外出も殆どしない人だから、一つの一つの場所を新鮮な気持ちで受け止めてくれているようだ。

 帰途に就く頃合いになると、九条さんの方から次回の予定を尋ねてくることも珍しくなくなった。本人に自覚があるのかは定かではないが、彼女の性格は確実に少しずつ変化していた。無表情、平板な声、時に冷たく感じる素っ気ない態度。それらは全くの不変ではあるのだが。

 変わったのは僕も同じだ。
 次に遊びに行く場所をネットでリサーチする。場合によっては、下見のために現地へと足を運ぶ。貯金を下ろして服を新調する。体型を気にして、ささやかなダイエットに励んでみる。
 一言で言えば、生きることに前向きになった。
 両親の不仲は相変わらずだ。ひとたび諍いを始めると、気分が沈むのは避けられない。しかし、以前と比べれば立ち直るのは格段に早くなったし、受けるダメージも少なくなった気がする。

 僕だって変われたのだから、九条さんはもっと大きく変われるはずだ。
 その予感は、九条さんと出会って以来覚えてきた、日々を消費していく高揚感や充実感といった感情を加速させた。
 つまらない小細工を弄する必要はない。この調子で大切に育んでいけば、いつか必ず、望んでいる場所に辿り着ける。

 そう思う一方、最後のひと押しは僕の手で押す必要があるのかもしれない、という思いもある。仮にそうなのだとしたら、鍵を握っているのは、九条さんが抱えている秘密なのは間違いない。
 九条さんはなぜ、人前で感情を表にせずに、限られた場面でしかしゃべらない人になったのだろう?


* * *


 あっという間に、夏休み期間も折り返し地点を過ぎた。

「どちらかの家に遊びに行く、というのはどうかな」

 経験の積み重ねが技術を向上させ、九条さんが文章を打つスピードも大分早くなってきた。その影響もあってか、アプリを通じてテキストメッセージをやりとりする機会が、最近になって右肩上がりに増加していた。
 そのアプリを通じての会話で、次回の行き先について意見を出し合っている最中の、九条さんからの提案だった。

「いいね、それ。その選択肢、九条さんに言われるまで、完全に頭から抜け落ちていたよ」

 僕の返信は速やかだった。異性が自宅に来る。異性の自宅へ行く。どちらのケースも、僕にとっては初めての経験となる。冷静に考えれば大変な事態なのだが、なぜか心の揺らぎは殆どなかった。

「九条さんの家に行くのは、厳しい感じかな?」

 九条さんの家では、家族が帰宅後は電話での会話は難しい、という事実を踏まえての確認だ。案の定、彼女は指摘を認めた。

「じゃあ、僕の家まで九条さんが来る形だね。クラスメイトを家に呼ぶのは初めてだから、緊張するなぁ」
「本当に緊張している? 文章だけだと全然伝わってこない」
「電話越しでも対面でも感情が分かりにくい人が、よく言うよ」

 提案が唐突で、内容が衝撃的だった割に、すんなりと約束が交わされた感があった。

 自室で九条さんと二人きりになることの意味は、僕の中で、時間が経つにつれて重要度を増していった。
 二人の関係の転機になる予感に、期待と不安、相反する感情を同時に覚えた。自分勝手な妄想もした。様々なことを空想し、思案するうちに、この機会を、僕たちの関係を一歩も二歩も深める契機にしたい、という思いは確固たるものになった。

 では、具体的にどう動けばいいのか。
 幸か不幸か、そのビジョンが見えるよりも早く、九条さんが訪問する当日を迎えた。
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