僕は君を殺さない

阿波野治

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「お土産を持っていくね。本当にちょっとしたものだけど」

 約束の時間の半時間前に九条さんから連絡が来たと思ったら、そんなことが書いてあった。事前に約束をしていない行為を独断で実践する。僕が知る中では初めてとなる行動パターンだ。
「ちょっとしたものだから」とわざわざ断っているので、ハードルを上げるのもどうかと思い、「了解」とだけ返しておく。いつもとは違う九条さんに会えるかもしれない。緊張を凌駕する勢いで期待が高まっていく。

 部屋の掃除は完璧にした。服は、背伸びはしないがきちんとしたものを。茶と茶菓子の用意はできている。見られたら失望されかねないものは、全て厳重に引き出しに幽閉した。
 いつでも来い。


* * *


「こんにちは」

 インターフォンの音色に呼ばれて玄関ドアを開けると、いつものように黒衣に身を包んだ九条さんが立っていた。シチュエーションが今までとは少し違っても、「君は私を殺すよ」発言から一か月近くが経っても、彼女はなに一つ変わらない。彼女を象徴する特徴である、感情が表れない顔も、起伏に乏しい声も。
 ただ、今日はいつもとは違う点が一つ。

「そのレジ袋……。もしかして、それがお土産?」
「そう。コンビニで買ったから、大したものじゃないけど」
「そんなことないよ」
「中身を見ていないのに、どうして言い切れるの?」
「僕のために買ってきてくれたんでしょ? だったら、それがなにがあっても大したものだよ。僕の場合、誰かからプレゼントを貰う機会が全然ないから、それが嬉しいっていうのもあるし」
「上がってもいい?」
「もちろん。僕の部屋、二階だから」

 先に九条さんを部屋に案内して、キッチンで冷たい茶の用意をする。お土産は、なんとなく菓子のような気もしたが、予定通り茶菓子も準備する。スーパーで買った普通のバタークッキーを、百円均一ショップで売っているようなガラス製の器に盛っただけ。友達が家に遊びに来たことがそもそもないから、こんな種類の茶請けを出せばいい、というのが正直よく分からない。食に対する興味がないという九条さんの特性を、僕は歓迎するべきなのだろう。

「お待たせ」
 グラスを両手に帰室すると、九条さんは座布団の上に行儀よく正座している。それを見て、教室でも、遊びに行った先でも、座っているときの姿勢が美しかったことを思い出した。彼女の前と、僕用の座布団の間にトレイを置きながら、

「なにか気になるものはあった?」
「やばそうなものは抜かりなく隠してあるね。残念」
「隠したっていうか、最初から置いてないから」

 答え合わせに等しい苦笑をこぼしながら、九条さんの対面に腰を下ろす。緊張は、現時点ではあまり感じない。というよりも、想定していたよりも感じていない。茶を勧め、彼女が一口飲んだのを確認してから、グラスに口をつける。

「不在の間に観察させてもらったけど。マンガ、たくさんあるね」
「うん。数少ない趣味みたいなものだから。親にスマホを買い与えられる前から集めている影響だと思うんだけど、電子書籍じゃなくて紙の書籍が多いんだよね。こだわりがあるわけじゃないんだけど、なんとなくそうなって」
「私は引っ越しが多いから、物は持てない。そういう意味では羨ましい、かもしれない」

 引っ越しが多い。
 既に告げられていたが、告げられた当初は過小評価し、早々に失念していたその事実は、暗い予感を運んできた。楽しい時間が始まったばかりという状況においては、水を差す邪魔者でしかない。

「マンガ自体に興味はない、ということ? 好きな作品について熱く語れると思ったんだけど」
 そこで、即座に軌道修正を計ったのだが、

「現実がそれどころじゃないから、フィクションに現を抜かしている余裕はないの。ノンフィクションのマンガもあるとか、野暮な揚げ足取りはやめてね」

 呆気なく、陰鬱な暗がりへと引き戻されてしまう。明らかに、意識的なものだ。今日の九条さんは、自身が抱える闇の存在を意識的に仄めかしている。……話したがっている?
 九条さんが望んでいる展開は、僕が望んでいる展開ではない。さて、どうすればいい?
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