塵埃抄

阿波野治

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家政婦マツシマ

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 資産家の三田氏が、妻に先立たれたのを機に家政婦を雇うことを決めたのは、彼の財力と家事の能力、並びに独り者の侘びしさを考えれば、至極懸命な判断と言えた。
 面談の結果、三田氏はマツシマという若い女性の採用を決定した。他の家政婦候補者たちが、三田氏に気に入られようと愛嬌を振りまく中、マツシマは一貫して無表情で、必要最低限の言葉で受け答えを行った。この淡々とした振る舞いが、三田氏は大層気に入った。彼女のような四角四面な人間の方が、家政婦としては適任だと思ったからだ。
 マツシマの働きぶりは極めて優秀だった。無謀かな、と三田氏自身が思うような命令でも、彼女は眉一つ動かさず、「承知しました」の一言で請け負い、完璧に遂行してみせた。彼女の有能さを、三田氏は心強く思う反面、度を超した人間味の欠如に些か不満を覚えないでもなかった。
「君ならば、死んだ妻を生き返らせることさえ出来る気がするよ」
 ある時、マツシマを前にして、彼女の働きぶりを賞賛していた三田氏は、そんな冗談を口にした。マツシマはこう応じた。
「いえ、それは出来ません。死んだ人間を生き返らせるなど、神でも不可能です」
 三田氏は激昂した。マツシマの、気軽な冗談さえ汲まない融通の利かなさと、愛する妻との再会を真っ向から否定する不躾さが、我慢ならなかったのだ。
「私の命令にはなんでも従うのだろう。だったら、死んでしまえ! お前はクビだ!」
 怒りに任せて三田氏が叫ぶと、マツシマは「承知しました」と答え、懐中から取り出したナイフで己の頸動脈を切り裂いた。三田氏は青ざめた。慌てて駆け寄り、脈拍を確かめたが、手遅れだった。
「冗談だということが、なぜ分からんのだ。……戻ってこんか、マツシマぁ」
 マツシマは返事をしない。三田氏は再び孤独な身の上になってしまった。
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