塵埃抄

昨夜の椿事

　昨日、野暮用があって深夜零時過ぎに外を歩いていたら、道端に大きな白い塊が落ちていたんです。
　足を止めて繁々と観察したところ、一糸纏わぬ姿の女性が蹲っているのだと分かりました。
　夜道に人が座り込んでいただけでも気がかりのに、その上に裸の女性となれば、捨て置くわけにはいきません。
「どうされましたか」と声をかけると、女性はこちらを向きました。私は思わず叫び声を上げてしまいました。女性の顔面は、痣やら涙やら鼻血やらで、それはもう酷い有り様だったのです。
　女性は歪んだ顔をさらに歪め、奇声を発しながら私にむしゃぶりついてきました。身の危険を感じた私は、その場から逃げ出しました。女性は走って追いかけてきます。振り切ろうと、私は走る速度を上げました。女性は死に物狂いで追いすがってきます。
　交差点に差しかかりました。眼前の信号は赤でしたが、通行する車両はなかったので、横断歩道を駆け抜けました。渡り切って振り返ると、女性が横断歩道を渡ろうとしているところでした。女性の足が横断歩道の白線を踏んだ瞬間、猛スピードで走ってきた大型トラックが彼女を撥ね飛ばしました。言うまでもなく、即死でした。
　その後、警察の方から聞いた話によると、女性は事故に遭う数十分前に、複数の男から手込めにされていたようです。その事実を知って、彼女が私に助けを求めた理由は概ね理解できました。
　そこで疑問に思うのですが、この場合、女性の死の責任は一体誰にあるのでしょう？
　煎じ詰めれば、女性を犯した男たちが悪い、ということになるのでしょうが、事故の直接の原因ではありません。撥ねたトラックの運転手も、青信号を走っていたのですから罪はないでしょう。信号を無視し、事故を誘発した私に非があるようにも思えますが、女性が信号を守っていれば事故に遭わずに済んだわけですし……。