塵埃抄

阿波野治

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カレーかウンコか

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 近所にある『インド』という名のカレー屋は、一週間前にオープンしたばかりにもかかわらず、閑古鳥が鳴いていた。
 どれほど酷い味のカレーが出てくるのだろう?
 好奇心に駆られた私は、休日の昼時、勇み立って『インド』に乗り込んだ。
 入口のドアを潜ると、店主らしき黒人の青年が片言の日本語で出迎えた。柔和な微笑みを満面に湛えて、見るからに人がよさそうだ。
 水を持ってきた店主におススメを尋ねると、「特製スパイスカレー」とやらがこの店の看板メニューとのことだったので、それを注文した。店主は「かしこまりました」と恭しく応じ、厨房に姿を消した。
 ほどなくして、店主が注文の品をテーブルまで持ってきた。思わず顔をしかめた。皿に盛られた、一見なんの変哲もないカレーライスから、強烈な悪臭が漂ってくるのだ。その臭いは、排泄物が発するそれに酷似していた。
 困惑する私に向かって、店主はにこやかな表情でお辞儀し、店の奥に引っ込んだ。
 常識的に考えて、客に大便を提供する飲食店など、あるはずがない。店主は「特製」だと言っていた。臭いは強烈だが、味はちゃんとカレー、という一品なのだろう。とはいえ、排泄物の臭いを発する料理を口に入れるのには躊躇いを覚えるのもまた事実。
 ふと厨房の方を向くと、店主が物陰からこちらを覗っていた。その顔から微笑みは消えている。草食動物を思わせる潤んだ瞳で、哀願するように私を見つめる。
 料理を一口も食べずに帰ったら、彼はきっと酷く落胆するに違いない。
 私は「ええい、ままよ」とばかりに、スプーンでルウとライスを一まとめにすくって口の中に放り込み、奥歯で噛み締めた。
 瞬間、私は未知の刺激的な味を知覚し、飛び出さんばかりに両の眼を見開いた。
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