1 / 11
赤い花 一
しおりを挟む
参観日が実施されたその日、そのクラスでは「命の授業」と題された授業が行われていた。
「その小学生の女の子は、毎日のように、外で見つけた昆虫を捕まえては殺したり、学校の友だちにささいなことで暴力を振るったりしていました。そのたびに女の子は、先生や両親から叱られ、弱いものいじめをしてはいけないと教えられてきましたが、女の子が暴力的な行為をやめることはありませんでした。なぜなら女の子は、弱い生き物を殺したり、友だちを痛めつけたりすることの、なにが悪いのかがわからなかったのです」
真っ赤なフレームの眼鏡をかけた四十代の女性教師は、児童一人一人の顔を見つめながら、普段よりもいくぶん穏やかな口調で語りかける。
教室の後方壁際では、横並びになった十数名の保護者が、廊下ではあぶれた数名が、みな同じような顔をして授業の進行を見守っている。
「みんなは、この女の子になんと言えば、あるいはなにをすれば、女の子が命の大切さに気がつき、むやみに暴力を振るわなくなると思いますか。女の子のお父さんやお母さんになったつもりで、班のみんなと話し合ってみてください」
児童たちは教師の指示に従い、自席と机を向かい合わせた四・五人の班員を相手に、議題について討論をはじめた。
五分ほどが経った。教師がみなの注目を呼び戻し、議論によって出された意見の発表を求めた。二名の児童が挙手した。
一人目の長髪の女子児童は、女の子に将来、恋人、あるいは子どもができるなどして、自分よりも弱い人間が自分にとって大切な存在となったときに、命の大切さに自然と気がつくのではないか、という意見を述べた。
二人目のスポーツ刈りの男子児童は、女の子が誰かから暴力を振るわれれば、暴力を受けた人間の気持ちがわかって、他人に暴力を振るわなくなるかもしれない、という持論を展開した。
二人の意見に対する感想や指摘を教師が述べてからは、自主的に挙手する者は現れない。教師は再度、児童一同に発言を促した。すると、教室中央の列の後ろから二番目の席から、細く白い腕が真っ直ぐに上げられた。
挙手したのは、肩までの長さの髪の毛を赤紫色に染めた、小柄な女子児童。彼女の右胸の名札には『逸見ダリア』と記されている。
少女が挙手したのを受けて、教室に身を置くすべての児童と教師の顔に緊張が走った。
ダリアは唇を結び、抜け目のない光の宿ったつぶらな瞳を教師に向けている。
教師が発言を許可すると、少女は着席したまま口を開いた。
「一つ質問なんですけど、女の子は、自分の親のことが好きなんですか」
教師は一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに参観日用の笑顔に戻って答えた。
「ええ、大好きよ。女の子は両親のことが大好きで、両親もそれに負けないくらいに、女の子のことを大切に思っているわ」
「それだったら簡単です。女の子の親は、女の子の前で、夫婦仲よく飛び降り自殺をしたらいいと思います」
表情一つ変えずにダリアは言った。その発言に、教師はあからさまに表情を歪めた。保護者一同がざわつきはじめた。児童たちは重苦しい沈黙に口を閉ざしている。
「でも、その女の子の家が一階建てだったら、飛び降りても死ねないか。先生、その女の子の家って何階建てなんですか」
無邪気な微笑みを満面に浮かべ、はしゃいだように言葉を追加する。彼女に同調して笑みを見せた者は、教室内には誰もいない。唯一、廊下にたたずんでいた、全身黒ずくめの若い母親だけが、満足そうに何度もうなずいている。
「家が何階建てなのかはわかりませんが、誰かが自分の意思で死ぬことと引き替えに、女の子に命の大切さを教えるというやりかたは、ちょっとどうなのかな、と先生は思います。ただ、女の子にとって大切な人が死んでしまったことがきっかけで、命がかけ替えのないものなのだと気がつく、という可能性はあるかもしれませんね」
一つ一つ言葉を選ぶようにそう述べて、教師はその場を取り繕った。
それから授業が終わるまでのあいだ、ダリアは一言もしゃべらなかった。
「その小学生の女の子は、毎日のように、外で見つけた昆虫を捕まえては殺したり、学校の友だちにささいなことで暴力を振るったりしていました。そのたびに女の子は、先生や両親から叱られ、弱いものいじめをしてはいけないと教えられてきましたが、女の子が暴力的な行為をやめることはありませんでした。なぜなら女の子は、弱い生き物を殺したり、友だちを痛めつけたりすることの、なにが悪いのかがわからなかったのです」
真っ赤なフレームの眼鏡をかけた四十代の女性教師は、児童一人一人の顔を見つめながら、普段よりもいくぶん穏やかな口調で語りかける。
教室の後方壁際では、横並びになった十数名の保護者が、廊下ではあぶれた数名が、みな同じような顔をして授業の進行を見守っている。
「みんなは、この女の子になんと言えば、あるいはなにをすれば、女の子が命の大切さに気がつき、むやみに暴力を振るわなくなると思いますか。女の子のお父さんやお母さんになったつもりで、班のみんなと話し合ってみてください」
児童たちは教師の指示に従い、自席と机を向かい合わせた四・五人の班員を相手に、議題について討論をはじめた。
五分ほどが経った。教師がみなの注目を呼び戻し、議論によって出された意見の発表を求めた。二名の児童が挙手した。
一人目の長髪の女子児童は、女の子に将来、恋人、あるいは子どもができるなどして、自分よりも弱い人間が自分にとって大切な存在となったときに、命の大切さに自然と気がつくのではないか、という意見を述べた。
二人目のスポーツ刈りの男子児童は、女の子が誰かから暴力を振るわれれば、暴力を受けた人間の気持ちがわかって、他人に暴力を振るわなくなるかもしれない、という持論を展開した。
二人の意見に対する感想や指摘を教師が述べてからは、自主的に挙手する者は現れない。教師は再度、児童一同に発言を促した。すると、教室中央の列の後ろから二番目の席から、細く白い腕が真っ直ぐに上げられた。
挙手したのは、肩までの長さの髪の毛を赤紫色に染めた、小柄な女子児童。彼女の右胸の名札には『逸見ダリア』と記されている。
少女が挙手したのを受けて、教室に身を置くすべての児童と教師の顔に緊張が走った。
ダリアは唇を結び、抜け目のない光の宿ったつぶらな瞳を教師に向けている。
教師が発言を許可すると、少女は着席したまま口を開いた。
「一つ質問なんですけど、女の子は、自分の親のことが好きなんですか」
教師は一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに参観日用の笑顔に戻って答えた。
「ええ、大好きよ。女の子は両親のことが大好きで、両親もそれに負けないくらいに、女の子のことを大切に思っているわ」
「それだったら簡単です。女の子の親は、女の子の前で、夫婦仲よく飛び降り自殺をしたらいいと思います」
表情一つ変えずにダリアは言った。その発言に、教師はあからさまに表情を歪めた。保護者一同がざわつきはじめた。児童たちは重苦しい沈黙に口を閉ざしている。
「でも、その女の子の家が一階建てだったら、飛び降りても死ねないか。先生、その女の子の家って何階建てなんですか」
無邪気な微笑みを満面に浮かべ、はしゃいだように言葉を追加する。彼女に同調して笑みを見せた者は、教室内には誰もいない。唯一、廊下にたたずんでいた、全身黒ずくめの若い母親だけが、満足そうに何度もうなずいている。
「家が何階建てなのかはわかりませんが、誰かが自分の意思で死ぬことと引き替えに、女の子に命の大切さを教えるというやりかたは、ちょっとどうなのかな、と先生は思います。ただ、女の子にとって大切な人が死んでしまったことがきっかけで、命がかけ替えのないものなのだと気がつく、という可能性はあるかもしれませんね」
一つ一つ言葉を選ぶようにそう述べて、教師はその場を取り繕った。
それから授業が終わるまでのあいだ、ダリアは一言もしゃべらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる