赤と夜と過去

阿波野治

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赤い花 一

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 参観日が実施されたその日、そのクラスでは「命の授業」と題された授業が行われていた。

「その小学生の女の子は、毎日のように、外で見つけた昆虫を捕まえては殺したり、学校の友だちにささいなことで暴力を振るったりしていました。そのたびに女の子は、先生や両親から叱られ、弱いものいじめをしてはいけないと教えられてきましたが、女の子が暴力的な行為をやめることはありませんでした。なぜなら女の子は、弱い生き物を殺したり、友だちを痛めつけたりすることの、なにが悪いのかがわからなかったのです」

 真っ赤なフレームの眼鏡をかけた四十代の女性教師は、児童一人一人の顔を見つめながら、普段よりもいくぶん穏やかな口調で語りかける。
 教室の後方壁際では、横並びになった十数名の保護者が、廊下ではあぶれた数名が、みな同じような顔をして授業の進行を見守っている。

「みんなは、この女の子になんと言えば、あるいはなにをすれば、女の子が命の大切さに気がつき、むやみに暴力を振るわなくなると思いますか。女の子のお父さんやお母さんになったつもりで、班のみんなと話し合ってみてください」
 児童たちは教師の指示に従い、自席と机を向かい合わせた四・五人の班員を相手に、議題について討論をはじめた。

 五分ほどが経った。教師がみなの注目を呼び戻し、議論によって出された意見の発表を求めた。二名の児童が挙手した。
 一人目の長髪の女子児童は、女の子に将来、恋人、あるいは子どもができるなどして、自分よりも弱い人間が自分にとって大切な存在となったときに、命の大切さに自然と気がつくのではないか、という意見を述べた。
 二人目のスポーツ刈りの男子児童は、女の子が誰かから暴力を振るわれれば、暴力を受けた人間の気持ちがわかって、他人に暴力を振るわなくなるかもしれない、という持論を展開した。

 二人の意見に対する感想や指摘を教師が述べてからは、自主的に挙手する者は現れない。教師は再度、児童一同に発言を促した。すると、教室中央の列の後ろから二番目の席から、細く白い腕が真っ直ぐに上げられた。
 挙手したのは、肩までの長さの髪の毛を赤紫色に染めた、小柄な女子児童。彼女の右胸の名札には『逸見ダリア』と記されている。

 少女が挙手したのを受けて、教室に身を置くすべての児童と教師の顔に緊張が走った。
 ダリアは唇を結び、抜け目のない光の宿ったつぶらな瞳を教師に向けている。
 教師が発言を許可すると、少女は着席したまま口を開いた。

「一つ質問なんですけど、女の子は、自分の親のことが好きなんですか」
 教師は一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに参観日用の笑顔に戻って答えた。
「ええ、大好きよ。女の子は両親のことが大好きで、両親もそれに負けないくらいに、女の子のことを大切に思っているわ」

「それだったら簡単です。女の子の親は、女の子の前で、夫婦仲よく飛び降り自殺をしたらいいと思います」
 表情一つ変えずにダリアは言った。その発言に、教師はあからさまに表情を歪めた。保護者一同がざわつきはじめた。児童たちは重苦しい沈黙に口を閉ざしている。

「でも、その女の子の家が一階建てだったら、飛び降りても死ねないか。先生、その女の子の家って何階建てなんですか」
 無邪気な微笑みを満面に浮かべ、はしゃいだように言葉を追加する。彼女に同調して笑みを見せた者は、教室内には誰もいない。唯一、廊下にたたずんでいた、全身黒ずくめの若い母親だけが、満足そうに何度もうなずいている。

「家が何階建てなのかはわかりませんが、誰かが自分の意思で死ぬことと引き替えに、女の子に命の大切さを教えるというやりかたは、ちょっとどうなのかな、と先生は思います。ただ、女の子にとって大切な人が死んでしまったことがきっかけで、命がかけ替えのないものなのだと気がつく、という可能性はあるかもしれませんね」
 一つ一つ言葉を選ぶようにそう述べて、教師はその場を取り繕った。

 それから授業が終わるまでのあいだ、ダリアは一言もしゃべらなかった。
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